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神隠しと幻(2)




 「一ヶ月前に神隠しに遭ったって言ってた。」
 啓は布団に寝そべり、天井を見上げて考えた。窓から星の光が差し込んでいる。
 ―――一ヶ月前って言ったら…ピースが飛び散る前かな。微妙な所だ。
 しかし一つだけ確実なことがある。
 啓がレヴィオスの所でツェツィーリヤのピンを見たときには既に彼女は行方不明だった、ということだ。
 「ツェツィーリヤの居場所は巫覡の里だ。それに変わりはない。」
 だったら、巫覡が人を攫っているのだろうか?
 「金を請求するわけでもないし、何のために攫うんだろう…?」
 というか『神隠し』って言っているってことは、それなりに捜索したけど見つからなかったってことなんだろうな。
 「…巫覡の能力を使ったら一発なんじゃないの?」
   ―――アカシャ記録とやらを読めばすぐにわかる事なんじゃないだろうか。どうして協力を依頼しないんだろう。
 明日、モニカさんに聞いてみよう。
 啓は瞼を閉じた。

 □□□

 「巫覡ってさー、もしかしてあんまり知られてないんじゃないかな?」
 「あぁ、そう言えば空間師ほど人数は居ないって聞いたぞ。」
 「少数民族ってさ、ひっそり生活してる所けっこう有るよね。自分をガンガン主張して生活してるってのはあんまり聞かない。それと一緒なんじゃないの?」
 驚いたな。
 啓の見聞きしていることはメシャル達にも伝わるらしい。今日の彼らの話題はもっぱら巫覡のことだ。
 「群れてるって言ってたし。」
 「考えてみればそうだよな。トリジュも一族でまとまって地下に暮らしてるし。人間の中には俺たちの存在知らない奴も居るって聞くぜ?」
 「それより今はあれだろ。人攫いする理由だ。」
 「まだ巫覡が犯人って決まったわけじゃないだろ。」
 「他に誰が居るんだよ。」
 「ドラキュラみたいに血でも吸ってんじゃないの?」
 あはは、と笑い声が聞こえる。
 ―――興味深い話ではあるが、ここまで放っておかれると少し腹が立つ。
 というか、私だって話し合いに参加したいのに!
 様子を窺ったが、自分たちの話に夢中なようだ。いつもならばすぐに傍に来てくれるのにそんな気配は無い。
 …もういい。私は私で勝手にやる。
 どうやら夢の中で目を覚ますのにはコツがいるようだし、メシャルの話を聞きながら地道にそれを探そう。
 私7人に分身する方法も全然知らないし。分身できたらもっと効率的に情報を集められるかも。
 起きたら練習だ。
 ―――さて、私は目を開くぞ。

 □□□

 「…まただ。」
 目に飛び込んできた天井を見て啓は溜め息を吐く。
 「んー…前までに比べると夢の中のことは覚えていられるようになってるんだけどなぁ…。」
 進歩は無くも無い。
 しばらくぼんやりと横になっていた啓だが、夢のことを思い返してムカムカとしてきた。
 「だいたい、なんなのよ!あの徹底した無視っぷりは!」
 傍の枕を引っつかむと力任せに投げつけた。固めの枕は鈍い音をたてて地面に転がる。
 ―――私は、メシャルに会いたくて夢の中で頑張ってるのに。
 …見返りを求めるわけじゃないけれど、
 「挨拶ぐらい、してくれたって良いじゃない…!」
 ポタッと滴が地面に落ちて音を立てた。頭ががんがんとひどく痛む。
 ―――そりゃあ、私はいつまでたっても起きられないけど。
 「うー…アッタマ痛い。」
 チーンと思い切り鼻をかみ、袖で涙を拭った。
 「なんか、頭痛多いなぁ。風邪でもひいてんのかな…。」
 ズズッと鼻をすする。すすった傍からまた流れてくるのが不快だ。
 まだ外は薄暗い。窓から外を眺めるとポツポツと明かりが見える。ほとんどの人はまだ眠っているようだった。
 「怒鳴っちゃった。モニカさんとか起こしてないと良いけど。」
 ―――今日はとりあえず、ツェツィーリヤが泊まってた宿に行ってみるか。
 店主さんから何か聞けるかもしれない。
 依然としてくすぶる気持ちを押さえ込み、深い呼吸をして手で髪をすいた。
 「顔の特長とか、棒の特徴とか、やっぱり知ってるのと知らないのじゃ全然違うしねー…。」
 そう呟いて溜め息を吐く。
 ―――何もすること無いな。
 だからと言って二度寝するような心境ではなかった。
 「…分身か。どうやるんだろ。」
 クライドは手をかざしたり、指を鳴らしたり、実に様々な方法で他のメシャルを呼び出していた。
 「あれってたぶんその場の気分だと思うのよね。」
 つまり、コレという呼び出し方は決まっていないのだと思う。
 試しに啓は指を鳴らしてみた。
 「…全然鳴らない。私、指パッチン苦手だし。」
 念のために周りの様子をうかがった。少しの期待、そして不安。やがて、安堵。
 分身は出てきていない。
 安心している自分を自覚して、取り繕うように呟いた。
 「これからのこと考えると、やっぱり分身はマスターしてないとと思うんだけど。」
 本心ではある。けれど、今すぐに習得しようという意気込みは、残念なことに、無かった。
 やる気はないのに、口に出してみるとその習得が本当に大切だと改めて感じた。
 気付きたくない、見てみぬフリをしたい。誰にも教えてもらえないことを習得するなんて、こんな大変な状況下でどうやれば良いのか、見当も付かない。どこから手をつけたら良いのかわからない。何をしたら良いのかもわからない。
 「…なんかすごいイライラする。」



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