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ずらりと服が並んでいる。ここは街中の衣料品店。啓は入り口にたたずんで店内をぐるりと眺めた。
どれもセパレートで、やはりワンピースみたいな服は無いようだ。
「別に何色でもいいんだけど…あ、これかわいいな。」
手に取った瞬間ずきりと額が疼いた。思わず手を当てる。
「青はダメ!黄色だ!」
耳に怒鳴り声が響いた。
「き…黄色?」
振り返ったが誰も居ない。周りの客も怒声には気付いていないようだ。
―――空耳?
にしてはやたらと鮮明だったような…。
首を傾げたが深く考えずに服選びに再び没頭し、たびたび訪れる偏頭痛に苛立ちを覚えながらも買い物を終えた。
急いで家に帰ってきた啓は風呂に飛び込んだ。
「…ふぅ。」
瞼が落ちそうになってくる。ぐっと堪えて、丹念に体を洗った。
―――ラクダの匂いもさすがに消えたでしょ。
髪も洗ってサッパリした所で新しい服を着る。そして布団に潜り込むとあっという間に熟睡した。
□□□
まただ。
「ケイ来た!ったくさぁ、黄色じゃないとダメだって言ったのに!なんで青なんだよ!」
黄色派手だったんだよ、ってあの声は君だったの?
尋ねることはできない。
―――そもそも今の私はどういう状況なんだ?
これは夢だろう。
しかし、毎回毎回同じ人物が出てくる夢というのはかなり変だ。
「ケイ、青を選んでくれてありがとう。とてもよく似合っていると思う。」
…よくよく聞けば、どの声も聞き覚えがある。
それにこの前の夢の時、アンブローズって言った。間違いなく言った。
「まだ目ぇ覚めねーの?」
「クライドー。だってどうやったら良いかわかんないんだもん。」
…あぁ、良かった。意識、消えなかったんだ。
「メシャル。」
「え?」
次の瞬間懐かしい声が雨あられと降ってきた。
「今、しゃべったよね?」
「あぁ、空耳ではないと思うぞ。」
「よし、良いぞ。」
「ケーイー、起きなよ。」
起きたいのは山々なんだけど、どうやって起きる?
夢の中だろう。
夢の中って制御できないこと多いじゃないか。それと同じ状況だ。
□□□
「よっしゃ起きた!」
啓はガバッと起き上がった。暗くなった室内がが目に飛び込んでくる。
「…ちっがーう!こっちの起きるじゃなくて!」
現実に起きてしまっていた。啓は頭を抱える。
夢の中で起きる方法って、そんなのわかるわけ無いじゃない。
「でも、元気そうで良かった…。」
ほっと一息をつく。
体の疲れはかなり引いていた。窓の外を見るとすっかり夜も更けている。
「昼夜逆転しちゃったな。」
立ち上がるとぐるぐるとお腹が鳴る。
―――お腹すいた…。そう言えば昼ご飯食べてない。
その時コンコンとノックされる。扉を開き、視線を下にスライドさせるとちょこんと二コラが立っていた。香ばしい匂いが漂っている。
「夜ご飯、そろそろ始まるよ。お姉ちゃん、早くおいでよ。」
「うん。」
ニコニコ笑う表情や仕草がどことなくスーザンを思い出させる。
―――ま、スーザンは私よりも年上だったわけだけど。
後で教えてもらって驚いたのだ。驚愕の新事実。本当に、トリジュの人は年齢不詳だ。
「いらっしゃい。準備できてるわよ。」
二コラに案内された部屋では既に夕食の準備が整っていた。
「すいません、何もお手伝いしなくて…。」
「良いのよぉ。爆睡してたからギリギリまで寝かしてあげようと思って。」
目のクマすごかったものね、と言ってケラケラと笑った。啓も苦笑する。
「おいしーい!」
口の中で肉がとろける。何の肉だろう。羊かな?少し、生臭さは有るが許容範囲内だ。何よりも香辛料の独特の味や香りが食欲をそそる。
「ほんと?お口に合って良かったわ。」
ぱくぱくとせわしなく食べる啓を見ながら女性――モニカさん――が微笑んだ。
「あなたにあの換金屋を紹介してから、ちょっと後悔したのよ。」
「…へ?」
啓は肉を噛み切った。しっかりと咀嚼しながら首をかしげる。
「危ないじゃない。最近は子供が続いてるけど、以前は大人も被害にあってるんだから。ごめんなさいね。考えが及ばなくて。」
「い、いえ、そんなに危険なことは…」
―――バッチリあったけども。
だがしかし、今こうして涼しい服装で宿に泊まれているのは目の前の女性のお陰だ。こんな食事まで。
「この子の父もね、神隠しの被害者なのよ。」
ぴたりと啓の動きが止まる。耳を疑った。
―――『神隠し』?
モニカは苦笑する。
「私の旦那ね、砂漠で水を売る仕事をしていたんだけど。数年前に行方不明になったのよ。だから私にとってはこの子が残された唯一の家族。今日あなたが助けてくれたことには言葉では言い尽くせないくらい感謝してるわ。」
「いえ…。」
啓はスープを啜った。ちょっと辛め?でもおいしい。
―――『最近流行ってるもの』って神隠しか。確か人が神様に攫われて居なくなる、とかいうやつだよね。
「あなた、旅でもしてるの?」
「ええ、まぁ…人探しを。」
モニカは目を瞬かせる。
「人探しぃ?」
―――この反応が普通なのかな。
ティッシに居たときも、アドやトチさんに似たような反応をされたものだ。懐かしい思い出に少し笑みがこぼれる。
「…なるほどね。そんなに小さいのに強いし、旅人さんなのかなと思ってたのよ。」
「まぁ、もっと強い人はいっぱい居ますけどね。」
換金屋のアリタリの顔がふっと頭に浮かぶ。あれはタダモノではなかった。
「そんなことないわよ。昼間あんな大の男が怖がってたじゃない。」
啓は苦笑した。
―――それは私が異様だったからだろう。
しかし、モニカはしきりに頷いている。
「ふーん、人探しか。友達?」
「…実は会ったことも無いんですよね。ただ、名前は知ってて…。」
「なんて子?」
「『ツェツィーリヤ・トルコフ』って言うんですけど。」
ふーん、と言いながらスープをすすっていたモニカの動きが突然止まった。
「…ちょっと待って。トルコフ?その名前聞いたことあるわよ。」
今度は啓が驚く番だった。
「…えぇ?」
モニカは目を閉じて眉間に皺を寄せる。
「あるある。けっこう前だけど、聞いたわ。」
うーん、と唸ってそれから「あっ!」と声を上げた。
「それ、宿をとったまま行方不明になったオンナノコのことじゃない?」
頭をバットで殴られたような衝撃だった。
「ゆ、行方不明?…もしかして、神隠し、ですか?」
モニカは気まずそうな顔をした。
「ええ。」
途端に食欲が失せた。啓の隣では二コラちゃんがどんどん食事を進めている。
「…詳しく聞かせてもらえますか?」
「もちろんよ。と言っても私の話も人づてに聞いたものだからね、どこまで信用できるのか怪しいけど。…1ヶ月くらい前に、この町にあなたと同じような旅人がやってきたのよ。10歳くらいって聞いてるわ。」
―――10歳!
啓はむせ返りそうになるのを堪えた。思っていた以上に幼い。
「その子、自分の背丈くらいの棒を持っていたんですって。だからとっても目立っていたらしいわ。」
「…棒?」
「そうそう。黒い棒だけ。目立ってた。普通ね、砂漠を越えるのにはラクダを使うわ。徒歩なんて考えられない。」
啓は頷く。
「その子がね、私の友人の宿に泊まってたんだけど、ちょっと出かけてくるって言って出ていったっきり帰ってこないのよ。」
「途中で気が変わって旅に出ることにしたとか…?」
モニカが「それも考えたんだけどねぇ。」と言いつつ首を振る。
「出て行くとき、棒しか持ってなかったんですって。本人もすぐ帰るみたいな口調だったって。宿には食べ物とか着替えとか、お金まで置いてあったのよ。そのまま旅に出るとは思えないわ。」
「そう、ですか…。」
モニカは眉をハの字にした。哀れそうに啓を見る。
「大変そうね、その人探し。」
啓は素直に頷いた。
「店に来るお客にいろいろ聞いてみるわ。何か情報が入ったら教えるわね。」
「よろしくお願いします。」
頭を下げる。
―――しかし困ったな。
その後、啓はモニカ二コラ親子と楽しく夕食をとりながらも心はどこか上の空だった。
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