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黄色い世界(4)




 また、声が聞こえる。
 「来た来た!ケイ!」
 コイツ、気を失った時にも夢に出てきたな。けど、今は本当に疲れてるんだ。放っておいて。頼むから。
 「どうやったら起きるんだ?」
 新しい声だ。
 「アンブローズが、チューしたら起きるって言うんだけどさ。この前それで起こそうとしたら消えちゃって。」

 なに?

 □□□

 「アンブローズ…?!」
 自分の声で目が覚めた。と同時に視界の隅で何かが動くのが見えた。
 「誰だ?!」
 その影は一度振り返って駆け出した。啓も慌てて柵を越えて追いかける。
 これで何も盗まれていなかったりしたら笑いものだ。と言うか、相手に申し訳ない。
 走りながら啓は首に下げている水晶を確認する。水晶はあった。それから、金の入った皮袋を探した。
 「…無い。」
 相手は疲れてきたのかペースが遅くなってきた。啓はどんどん追いつく。そして相手の腕を捕まえた。渾身の力で引き戻す。
 腕を引っ張られた男は尻餅を突いた。その懐から皮袋が落ちる。啓は剣を抜いて首に突きつけた。
 「うぁっ…!」
 男の声だった。
 「お金、返してもらうから。」
 地面に落ちた皮袋を拾う。男から剣先を離さず、皮袋の中を確認した。
 ―――大丈夫だ、揃ってる。
 それから改めて男を見た。
 「見覚えがあると思ったら…お前、裏通りの…」
 啓にしつこく話し掛けてきたあの気味の悪い男だった。
 ―――何で夜中にまでコイツに会わなくちゃいけないんだ。
 しかも自分はどうやら尾行されていたらしい。でなければ今の状況が説明できない。
 「お、お許し、下さい。お許しを…!」
 両手を合わせて男は目に涙を溜めている。
 「次、来たら、どうなるかわかるよね?」
 疲れと眠気のためだろう、哀れみや同情といった気持ちは起こらない。啓の冷ややかな声に男はますます震え上がった。
 「もう、二度としません…二度としません!」
 「5秒あげる。その間に消えないと消す。」
 啓が切っ先を引いてカウントを始めると男はあっという間に居なくなった。ほっと息を吐いて剣を鞘に収める。
 「…眠い…。」
 慣れない気温のせいで普通に過ごしているだけでも体力を消耗するのだ。尾行に気がつかなかったのはそのせいもあったのだろう。啓はとぼとぼと歩き出した。
 「そういえば、夢…。」
 頭をマッサージする。
 「大事なことだったと思うんだけど…なんだっけ?」

 ラクダ小屋に戻った啓は再び眠ろうとしたのだが、不安が増してきて結局眠れずに朝を迎えた。
 「ありえない…。」
 目をこすってラクダ小屋から出る。大きなあくびをした。
 「もうちょっとしたら、宿を探そう。」
 朝食を取るために表通りに出た。ポツポツと店が開いている。その中の1つに入った。
 「いらっしゃーい。…あら、どうしたの?」
 「…朝食を、って昨日のお姉さん?」
 啓に換金所を教えてくれた女性だった。
 少し啓の思っていたものとは違った上に、変な男に目をつけられて大変だったがお金は手に入ったので感謝している。
 「クマができてるわよ…目の下。昨日、何かあった?」
 「あー、いえ。眠れなくて…。」
 女性は眉をしかめた。
 「ラクダの匂いがする。」
 啓は苦々しく笑う。
 ―――…嫌だなーそれ。
 「まさか、ラクダ小屋で夜を明かしたんじゃないわよね?」
 「朝食下さい。」
 啓が女性からぎこちなく視線を逸らすと「本当に寝たの?」と呆れられた。
 「このご時世によくそんなことするわね。危ないわ。」
 「…宿が無かったものですから。」
 女性はきょとんとした。
 「空いてるわよ。」
 指で2階を指差す。
 「まぁ、ウチは一見、食事する店だものね。気付かなかったのも無理ないわ。」
 女性はニコッと笑う。
 「泊まる?」
 「ありがとうございます…!」
 どの世界にも良い人は居るもんだ。啓はしみじみと実感した。

 それから朝食を頂いた。その代金と宿代を聞いたとき、昨日のコインがどれほど価値あるものだったのかがよくわかった。たやすく宿代を払えたのである。そして2階の部屋に到着した。
 「なんにも無いけど、良いかしら?」
 「十分です。本当にありがとうございます。」
 「いえいえ、ゆっくり休んでね。」
 女性が去ってから啓は部屋を見渡す。布団が1つ。反対側に浴槽があった。
 「へぇ、こんな所にもお風呂ってあるんだ。」
 感心して蛇口をひねろうとしたが、蛇口が無い。浴槽の傍にバケツが置いてあった。
 「…?」
 どうやって風呂に入れと?
 階下で先程の女性の声がした。
 「二コラー、水汲んできて!1杯で良いから!」
 ―――…水汲みかぁ。
 脱力しかけた啓だったが、ラクダの匂いがこびり付いては困るので、水汲みに出発した。



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