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黄色い世界(3)




 男はアリタリと名乗った。二人で並んで町を行く。
 「ケイ、お前、どこから来たんだ?」
 「遠くから。」
 アリタリは訝しげに啓を見つめたが、それ以上尋ねなかった。
 「コインのぶつかる音がしたぞ。まだ持ってるな?」
 啓は頷く。それにしても鋭い男だ。
 「どれも同じ物か?」
 啓は腕を組んで首を傾げた。
 ―――はて、どうだったか?
 コインの模様などしっかり見ていない。おまけに前の世界でお金を使ったのは初めの頃だけで後は必要無かったものだから、全くわからない。
 「よく、覚えていない。」
 答えないわけにもいかず、そのままを答えた。
 「違う模様があったらもっと嬉しいんだがな。」
 アリタリは顔をほころばせて言った。
 ―――咽、乾いたな。
 寒い所では暖かく、暑いところでは涼しくなる小指族のコートを着ているにも関わらず、暑い。
 歩いているだけなのに汗が流れた。コートの中に着ている物が悪いのだろう。足に張り付いているレギンスの中が汗で大変なことになっていそうだ。
 やがて大きな家の前に着いた。
 「ここだ。」
 アリタリが扉を開く。
 「入れよ、水ぐらい出してやろう。」

 □□□

 「う…わぁ。」
 啓は家に通されて中を見るなり感嘆の声を漏らした。
 足元に敷き詰められたタイル。白塗りの壁には絵画が掛けてあり、奥には大きな階段が見える。二階建ての家は他に見当たらなかった。きっと珍しいのだと思う。置き物にしても繊細な模様の物から大胆な構図の物まで。見たことも無いような鳥の剥製、タイルの上に敷かれたきめ細かな絨毯。庶民が歩き回るのがはばかられるような豪華さ。
 ―――きっと一つ一つがとんでもない値のつく物なんだろうなぁ…壊さないように気をつけなきゃ。
 純庶民の啓は驚きやら興味やらで落ち着きなく首をめぐらしていた。
 アリタリはというと部屋に入るなりさっさとコートを脱ぎ捨て、卓上のコップに水を注いで啓に差し出した。
 「ちょっと金を取ってくるからくつろいでおいてくれ。」
 「はい。」

 啓は出された水を一気に飲み干し、2杯目を貰った。
 図々しいとも思うが、貰える時に貰っておかねば後で後悔するかもしれない。
 2杯目はちびちびと飲む。
 アリタリは奥の部屋に行き、頑丈そうな箱を持って再び現れた。
 「金だ。」
 ガチャン、と敷布の上に置かれていたコップが震えた。啓もポケットから皮袋を取り出す。中を覗きこんだ。
 ―――おぉ、まだけっこうある。それに、種類も4種類くらい、かな?
 ほくそ笑む。幸先良いではないか。
 「コート脱いだらどうだ?」
 「…遠慮します。」
 「いや、砂が家の中に入るだろ。」
 啓は言葉をつぐむ。
 それまで啓は深くフードをかぶったままだった。相手には啓の顔は部分的にしか見えていないと思われる。
 ―――私が子供だってことがバレてなめられるかもしれない。それに、この服装まで見られてしまうじゃないか。絶対に変だと思われる。
 しかしここで啓はふと思いついた。この服も金になるのではないか、と。
 啓の汗が染み込みまくっているが、洗えばどうってことないだろう。光沢のある服。この生地はここでは珍しいかもしれない。
 とりあえず啓はフードをはずした。
 「なんだ、思った以上に子供だな。」
 アリタリは驚いたような顔をしたが、その表情には嘲りや見下しなどの感情は見当たらない。なめられて値切られる心配はなさそうだ。渋々コートを脱いで脇に置く。
 「なんだ、その服は。暑くないのか?いや、暑いだろうな。」
 さすがの彼も仰天したようだった。
 「前に居た場所で買った。」
 ―――嘘じゃないもんね。
 啓は努めて平静を装った。
 「この世界にそんな服で暮らしている奴らが居るのか…どこだ?」
 「答える必要はない。…この服は売れる?」
 アリタリはじろじろと服を眺めた。
 「悪いが、それは無理そうだな。そんなに金に困ってるのか?」
 「まぁ、ね。じゃあ、コインを交換しよう。」
 ―――困るなんてレベルじゃない。一銭も持っていないのだよ、ふふん。
 啓は皮袋に手を入れて、先程と同じコインを4枚、別種のコインをそれぞれ2枚ずつ出した。
 アリタリは目を輝かせて4種類のコインを観察する。
 「どれも良い細工だ。特にこれは良いな。これは金2枚と交換にしよう。」
 「…2枚だけ?」
 「馬鹿言うな。それ以上の値段は付けられん。」
 「わかった。それで良い。」
 「他のは…このコインを金1枚と銀2枚でどうだ?」
 「良いよ。」
 結局、啓のコイン12枚と交換に金貨12枚と銀貨4枚が手に入った。アリタリは嬉しそうにコインを撫でている。
 ―――いやー、儲かった。
 啓は懐も温かく、気を抜くとニヤつく口元を押さえるのに必至だった。
 「どうせ、まだコイン残ってるんだろう?」
 「…。」
 ―――まったく鋭いなぁ。
 「また交換したくなったら来い。今日と同じ比率で交換してやる。」
 「どうもありがとう。」
 ケイはコートを羽織ってアリタリの家を後にした。

 □□□
 「大繁盛。」
 ―――何でもやってみる物だな。さて、宿を探さないと。
 もうすっかり日が暮れている。相変わらず暑いが、昼間よりははるかにマシである。
 啓はあちこち歩き回った。数件扉を叩いて泊めてもらえないか尋ねたが、断られた。
 「うーむ。宿を探すのにこんなに苦労するとは…。」
 だいたい、『宿』というものがこの町には少ない。あっても、せいぜい1部屋か2部屋しかないのですぐに満員になってしまうのだ。困り果てて立ち往生しているとガタッと音がした。
 「馬小屋?」
 近づくとラクダが眠っている。
 「ラクダ小屋か…。」
 なんて気持ちよさそうに寝てるんだ。
 「こっちは寝る場所も無いってのに。」
 じっとラクダを見つめる。
 「…ここで、寝れるよね。」
 人影は無いか見回し、気配を探る。
 布団は無いが代わりに干草が大量にある。その中に埋もれれば暖かいだろう。
 幸いアリタリの家で水をもらったお陰で咽の渇きは無くなった。お金もあるし、明日宿を探せば良い。
 「よし。」
 柵を乗り越えて中に入った。そして、端っこに腰掛ける。両手で干草を掻き集め、体を覆う。剣を抱きしめた。
 ―――臭いなぁ。しかも結局野宿だし。切ない。けどまぁ、しっかり休んで明日から頑張らないと。
 すぐに啓はウトウトしだした。



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