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黄色い世界(1)




 「んぶっ!!」
 もうもうと砂埃が舞う。顔を上げた啓は盛大に咳き込んだ。砂を手で払う。
 目を開くと、砂が入り込んできて涙が出た。
 「なんなのよ…」
 次第に砂埃も収まってきた。
 「うー、口の中がジャリジャリする…。」
 ペッと砂と共につばを吐いた。
 ―――ガラ悪いとか言ってられないって。
 太陽に温められた砂を両手ですくい取り、つばの上にかけた。
 「証拠隠滅。」
 満足そうに砂の小山を見て呟く。それから、視線に気付いた。
 「…。」
 「…。」
 お互いに一言も発しない。
 ―――マズイ…なんだってこんな路上に出るのよ。見られたんじゃないの?
 ラクダを連れている青年は驚いたように啓を見つめ、凝固している。
 ―――気の利いた言い訳も思いつかないし、これは…逃げるっきゃない。
 啓は踵を返して駆け出した。
 な・ん・で、新しい世界に来て最初にすることが逃走なのよ。

 □□□

 「にしても、マズったな。…て、私は何も悪くないんだって。」
 ―――人気の無いところに出してくれるもんだと思ってたのに、思いっきり人の目の前じゃない!
 いくらなんでもあんまりだ。
 足元の石でも蹴りたい心境だが、残念ながら石が無かった。
 「砂ばっかり。日差しも強いし…。」
 啓はフードをかぶる。
 ―――それに、この砂の色…。
 黄色っぽいのだ。啓はこの色の砂を見たことがあった。テレビで。
 「砂漠の砂ってこんな色じゃなかったっけ…?」
 しゃがみこんで手を触れてみる。
 「さらさらしてる…あぁ、もう。」
 ほぼ確定だ。砂漠は見てみたいと思っていたが、こういう状況で訪れたくは無かった。
 「しっかし、こう暑いと咽が…。」
 言いかけて啓は口を閉じた。
 ―――師長のところで飲み物を貰ってくれば良かった…。
 後の祭りである。
 「宿とか情報よりも…まず水ね。」
 さて、どうやって手に入れるか。

 □□□

 啓は日陰で座っている。
 ―――さて、選択肢は3つ。
 行き倒れてみる?前の世界の金を換金してみる?かっぱらう?
 「まずは2つ目でしょ。できれば穏便に手に入れたいわね。」
 ちょうど目の前を女性が通りかかった。涼しそうな服装で鼻と口は布に覆われている。
 「すいません。」
 「…はい?」
 女性は立ち止まって啓を見た。
 「換金所ってどこにあるか知りません?」
 言いながらホッと胸を撫で下ろす。
 ―――良かったー。言葉通じるー。
 声をかけてから「しまった、通じないかも。」と慌てたのだが、杞憂だったようだ。
 「換金…あ、この道をまっすぐ進んで、右に曲がった裏通りに一軒あったと思うわ。」
 「ありがとうございます。」
 女性が啓を眺め回す。啓は自分の姿を見た。
 ―――何かおかしいかな?
 前の世界の服装は外に見えないようにコートで隠している。この世界では明らかにおかしかったからだ。
 「でも、気をつけた方が良いわよ。」
 女性がひたと啓を見つめる。
 「…へ?」
 「最近、ホラ流行ってるじゃない。あなたくらいの年の子はまだ危ないかもしれないわよ。」
 啓は曖昧に頷いた。この世界に来たばかりの彼女に流行などわかるはずも無かった。
 「はぁ。」
 「裏通りは怪しいお店もいっぱいあるから日が暮れる前に必ず出るのよ。」
 「はい。いろいろとありがとうございます。」
 とりあえず頷いておくことにした。女性も満足そうに頷く。
 「私も子供を持つ親だから、あんな事件はもう二度と起きて欲しくないの。」
 そう言い残して去っていった。

 「…あんな事件?」



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