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用心棒。
そんなものは自分には縁が無いと思っていた。時代劇とか、テレビの中で使う言葉だと思っていた。
少なくとも、用心棒になってくれと頼まれる日が来るなんて考えたこともなかった。当たり前だ。
「もちろん啓にもプラスはあるよ。ツェツィーリヤを砂漠の東の辺りに居た行商人が見てる。」
啓の様子を伺いながら発せられたガーティの言葉に啓は少し驚き、少し落胆した。
―――本当に、どこからそんな情報を集めてくるんだろう?
初めは何とかなると思っていたけれど、この地のことを知れば知るほど絶望的に思えた。
四方八方を砂漠に取り囲まれている。『隣町』はどの方角を基準とするかで変わってしまって、とにかくたくさんある。西隣、南隣、北隣、東隣…。
おまけにそれぞれの隣町との間には遠大な距離が開いているときた。
―――私だって一生懸命聞いてまわったのに。
砂漠に出たとしたらどの辺りから出たんだろうか。それがわからないと彼女を見つけることはできないってわかっていた。ツェツィーリヤが北から出たとして、私がそれを知らずに南から出ればたちまち逆方向に向かうことになってしまう。
だからその点の確固とした情報を得られない限り、この地を離れることができなかったのだ。
目撃者を得るしかなかった。けれど、そんな人、簡単に見つかるはずも無く、居るかどうかもわからない。これを絶望と言わずして何と言う?
それなのに、目の前の青年はそれを見つけたのだ。情報を集めるのが職業とは言えど、本当に感心する。そして自分との違いを思ってがっかりする。
「これが、俺のとっておきの情報。聞いて良かったでしょ。幻の自由都市に神隠しの被害者は居るということ、ツェツィーリヤは東の方向から出て行ったということ。」
「そうね。聞いて良かった。ありがとう。」
「で、用心棒になってくれる?」
「それはお断り。」
貴重な情報を教えてくれて、本当に感謝してる。でもやっぱりそれとこれとは話が別だ。
「…理由は?」
「私、強くないから。」
―――情報だけもらって、とっととトンズラしよーなんて思ってたのにな。
いざ聞いてみると予想以上に凄い情報で、このままお返しもせずに逃げるなんてあまりにも恩知らずで失礼なことだと思う。それに、話せば話すほど情も移る。変人だとしても頭は良いし、口は悪くても気遣いはしてくれているように感じる。飴もおいしかった。
できることなら、言うとおりにしてあげたいと思わないことも無い。
けれど、用心棒はダメだ。できない。
ガーティはケラケラと笑った。
「なんだ、そんなこと?わかってるよ。啓は強いって言っても女の子だし、限度があるのはわかってる。全力でやってくれれば、それで良いさ。」
「なに、言ってるの。私が全力でやってもたかが知れてる。どんな危険があるかわからないし、死ぬ可能性もあるのに、なんで私なのよ。もっとまともな用心棒を雇った方が良い。」
私が用心棒、なんて考えられない。役に立つとは思えない。自分の身を守るだけで精一杯だ。今まで、いくつか修羅場を抜けてきたけれど、それはいつも誰かが傍に居てくれた。
自分も成長したと思うけれど、アテにされてそれに応えられるほど成長したとは思わない。経験が足りなさ過ぎる。人を守りながら戦うことに、慣れていないのだ。
「なに言ってるの、はこっちのセリフ。じゃあケイはここで俺と手を組まずにどうするわけ?」
「私は自力で探す。見つけられる。」
ガーティは鼻で笑った。
「非常識だなぁ。」
「あなたの方がよっぽど非常識よ!」
「なんで?俺は常識的だと思うけど、少なくとも君よりは。」
「どこがっ」
「ケイはさぁ、事情は知らないけど砂漠に不慣れでしょ。君、砂漠越えしたことあるの?どんな荷物を持っていけば良いかわかる?なるほど、水ね。じゃあ、どれくらいのペースで飲むべきかわかる?ガブ飲みがダメなのはあたりまえだよね、なら一回にどれくらいの目安で飲めば良いんだろう?太陽の熱を吸収した砂は焼けるように熱い、ってこれどんな感じかわかる?どうやって対処したら良いか、わかるわけ?ラクダも、持ってないみたいだし。」
返す言葉が無い。なぜって、何もわからなかったから。
「そんなんじゃ死ぬよ。」
だけど、砂漠を越えられたとして、幻の都市にも着いたとして、私の目的はそこからなのだ。
ガーティは単に情報集めに行く。けれど、私は違う。
ツェツィーリヤを見つけ出して、師長の家に連れて行くのが使命だ。その際に、巫覡と戦うことにならないとも限らない。
彼だけなら危険はないかもしれない。けれど自分と関わったせいで危険な目にあわせたら元も子もないじゃないか。用心棒の意味が逆転してしまう。無関係の人を巻き込むのはもう、こりごりだ。
トリジュで自分の不注意からアイーダたちを危険にさらし、たくさんのタランチュラたちが犠牲になった。彼らの悲痛な声は今も鮮明に思い出せる。
あんな思いはもう、したくないのだ。
「偽善者だね」
ガーティの辛らつな言葉が降ってくる。
「何を考えてるのかは知らないけど、ツェツィーリヤはもうとっくに捜索を打ち切られて、どんなところかもわからない幻の都市で一人だ。今幸い生きていたとして、この先君が想像を絶する時間をかけて彼女の居場所を見つけてたどり着いたときに、まだ生きている保証がどこにある?」
「それは…」
言葉を濁そうとした啓だが、ガーティはじっと啓の言葉の続きを待っている。
「そんな保証は、どこにもないけど…」
搾り出すようにそう言って、啓は視線を床に落とした。
「うん、そう。君はツェツィーリヤを探してた。何よりもソレが大事なんじゃないの?それなのに会ったばかりの僕の命を優先して彼女を見捨てるんだ?それってどうなの?」
「私は、誰にも傷ついてほしくない。」
剣を習ったのも、考えの根底にはそれがあった。自分が弱いせいで、誰かが傷つくのは嫌だから。
自分が弱くて自分が傷つくのなら、全然良い。我慢できる。
「なら、なおさら俺の用心棒になってよ。ツェツィーリヤが傷つくのも嫌、かといって俺が傷つくのも嫌。それなら君がまとめて守ってちょうだいな。誰にも傷ついて欲しくない、なんて大層なこと言うからには実力が伴ってなければね。実力を得るためには場数踏むことだ。そのための、訓練だと思えば良い。」
―――訓練…。
確かに自分に足りないのは経験値だ。経験が不足しているから誰かを守ることに自信が持てない。不安だけが助長されて、経験をつむことに後ろ向きになる。
「俺は、その辺に転がってる雑魚じゃないよ。だから足を引っ張ってばかりということはないだろうし、経験を積むにはいい機会なんじゃないかな。それに、君には本来迷う余地は無いはずだ。ツェツィーリヤを助けようと思っていて、それを実行できるのは君しかいないんだということを自覚しなよ。」
―――『ツェツィーリヤは幻の都市でひとりきり』
…良いじゃないか。狂人の手を借りることも厭わないと思っていたんだから。
利用させてもらおうじゃないか。私は、私なりに、必死で頑張ろう。
それに、私はツェツィーリヤだけじゃない、世界中の人々の命を背負っているんだから。重たくて重たくて、どうしようと思うことばかりだ。おまけに用心棒なんてこれ以上背負いきれない、と思ったけれど、なに、目の前の男の命は当の昔に背負い込み済みだった。ずっとずっと背負ってきた重たい命の中に目の前のこの男の物も含まれているのだ。周りで容器に酒を飲んでいる人々の命も、どこか知らないところで暮らしている人の命も、人だけじゃない、生きている全てのものの命を、当の昔に背負っていたのだった。
何を今更、戸惑うことがある?恐れることがある?
自分だけでは何も出来ない。だってしょうがないじゃないか。私は本来ならばただの女子高生なのだから。
腹をくくれ、啓。
「出発はいつにする?」
ガーティはにやりと笑って「明日。」と答えた。
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