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―――あーやーしーい。
啓はじっと前を歩く青年を見つめる。
あの後、「そろそろ飲み屋とかにも情報が流れ始めるんじゃないかな」というガーティの言葉にしたがって、モニカさんの飲み屋に向かうことになった。
状況が理解できず、説明を求めても「行けばわかる。」の一点張り。
啓は大富豪さんの所に行こうと思っていたのだが、後回しになった。
ガーティもたいした用じゃなかったらしく、あっさりと両者の行き先は変更された。
情報を手に入れたらすぐにこんな不愉快な男から離れよう、と固く心に誓って、啓はガーティの後ろを歩いている。
「情報を先に教えてあげるよ。」と太っ腹にも彼はそう言った。
啓はその情報を得た上でガーティと行動を共にするかどうかを考えれば良い、そう言ったのだ。
―――情報を貰ったらトンズラするに決まってるじゃない。
啓は逃げる満々で、ガーティもそれを承知しているようだ。それ でも、彼は自信に満ち溢れている。啓が情報を得た後も自分から離れないということがわかっているかのようだ。
その思考回路からして啓には到底理解が及ばない。
少し話せば雰囲気やら人柄などは感じるものだが、ガーティの場合、漂っている雰囲気からして不審だ。彼のことを探ろうとすればするほど、わけがわからなくなる。
啓が彼について確実にわかっているのは「コイツは生物である。」この点だけだ。
体中から「どことなく変」という雰囲気をかもし出しているガーティだが、特に何が怪しいのかというと彼の服装、身だしなみ、見てくれだ。
―――フードの先にぶら下がってる大きな鈴はなんだろう?
その鈴に描かれている模様を観察すると、それは模様ではなく顔だった。薄気味悪く笑っている。人を小馬鹿にしたようなスマイリー君だ。彼の性格にぴったり。
そして左頬にはクエスチョンマークに似た模様が描かれている。
―――刺青かな?怖い人みたい…。
しかし、自分も人のことを言えないと気が付く。啓の額にもシャルの花びらが刻まれているのだから。
「…そんなに見つめられると照れるんだけど。」
「あ、ごめん。」
「俺がそんなに怪しい?」
慌てて視線をそらした啓の様子を見て彼が困ったように尋ねる。啓は間髪をいれず深く頷いた。
ガーティには先ほど真顔で散々罵倒されたのだ。彼に対して遠慮とか配慮とか、ましてや「直球で言ったらかわいそう」なんて気を使う必要は無い。
「そうかなぁ。そりゃあ個性的ではあると思うけどさ。…でもま、これから一緒に行動するわけだし、良いよ、俺の職業教えてあげる。」
「仕事してたのね。」
ガーティは頬をヒクつかせた。
「ケイって本当に失礼だよね。」
お前に言われたくない。
「仕事しなくちゃ生きていけないでしょ。俺は『情報屋』です。どれだけ聞き込みをしても一向に情報を得られないおバカでマヌケで哀れな君に、これほど最高なパートナーは居ないでしょ。」
「さっきの言葉をそのまま返すわ。」
ガーティはきょとんとして首をかしげた。
「失礼だって言ってるのよ!」
ぷっと彼は吹き出す。
「なーんだ、お互い様だね。」
ち ・ が ・ う!
やっぱりすぐに離れよう、と啓は本日何度目かになる誓いを今一度繰り返した。
□□□
店に入るとすぐにモニカさんが啓をカウンターに呼んだ。
「?」
促されるままに腰掛けると彼女は興奮したように水の入ったコップを出して話し始めた。
「さっきまで居たお客、隣町から来たんだけどね」
なんというタイミング。ちらりと隣の青年を見やるとにっこりと笑顔が返ってきた。
―――隣町って巫覡の里のことかな?
レヴィオスが隣町辺りに自分を降ろすよう設定してくれたはずだ。そう考えると同時に、巫覡についてモニカさんに聞こうと思っていたことを思い出す。
「そのお客が、変なこと言うのよ。」
「変なこと?」
モニカさんは深く頷いた。
「幻の自由都市を見たんだってさ。」
「…は?」
幻の、なんだって?
「知らない?この辺に伝わる伝説よ。幻の自由都市ザンザイング・ザ・イーヴ。一夜にして現れて次の日に忽然と姿を消した町。」
―――幻の自由都市…?
いや、それよりも一夜にして現れて次の日に消えたって、そんなことあるはずが無いだろう。所詮は伝説。
「それを見たって言うのよ。信じられる?」
啓は首を振った。その額にガーティがデコピンをお見舞いする。
「いっ…何すんのよ。」
「だから君はバッカなんだよ」
むかつくー!何よ、その馬鹿にした態度は!
「常識的に考えてありえないわよ!」
モニカさんが啓を援護する。
「よねぇ。東の方の隣町と、この町のちょうど中間辺りで突然現れたんだって。」
「隣町との中間…。」
引っかかる。隣町とこの町の間にもうひとつ町が?
「人が居たって言うのよ。活気に溢れてたって。『いらっしゃーい』って声掛けられたらしいわよ。怖くなって逃げてきちゃったんだって。」
あはは、とモニカは笑った。そしてお客に呼ばれて彼女は啓たちの傍を離れる。
しばしの沈黙の後、ガーティがどこか楽しそうに啓に尋ねる。
「わかった?」
「…わかったって、何が?」
「頭使いなよ。」
むっとしたが啓は何も言わなかった。ガーティは隣で鼻歌を歌っている。
―――マイペースなヤツだな。
彼の様子があまりにも楽しそうだったので思わず啓は苦笑した。
「幻の町だって。」
「…?」
正面を向いていたガーティがゆっくりと視線を啓に移す。彼の銀色の髪がさらりと揺れた。
「神隠しと幻だよ。」
「…。」
ふとある考えが浮上した。しかし首を振ってそれを打ち消す。
「その町、もう消えたんでしょ。」
隣町との間の町。幻の自由都市。それを見たと言う人。神隠しの被害者。
これら全てが繋がるとしたら、答えは一つしかないだろう。けれどそれはにわかには信じがたいことだ。
「消えただけだろ。滅んだなんて誰も言ってないじゃないか。」
―――正気か?
啓はひやりとした水を喉に流し込む。
「その幻の町とやらに攫われた人が居るって言いたいわけ?」
「うん、正解。」
ご褒美にプレゼント、と透明の飴玉をがーティからもらった。感謝を述べて口に放り込む。ただ砂糖が入っているだけだ。水飴だろう。けれど啓の体にはその甘みが染みた。
―――幻の都市は隣町と、この町の間に現れた。
レヴィオスは自分を巫覡の里の隣町に降ろすと言った。
啓は記憶を手繰り寄せる。
隣町とこの町の中間地点にもう1つ町があったら、もちろんそちらが「本当の隣町」だ。
ならばその幻の自由都市が本当の隣町。そしてそれは巫覡の里、ということになる。
するすると記憶が繋がっていく。
神隠しに遭った人々の救助に巫覡の力を借りないのは、メシャルが言っていたように巫覡が「知られざる存在」だからだ。彼らのこともアカシック・レコードのことも、この世界の人々は認知していない。なぜなら巫覡の住処が「幻の都市」として伝説化してしまっていて、まったく周りと関わりを持たないから。
そして、これで神隠しの犯人が巫覡だという説もほぼ確実になった。
幻の自由都市が巫覡の里、として考えるとこんなにもつじつまが合う。
ばらばらだったものが全部つながるのだ。
偶然ではない。
「間違いなさそうね。」
「絶対だよ。」
自信満々にガーティが断言する。啓は少々唐突ながら、今しかない、と判断しずっと疑問だったことを口に出した。
「…会ったときからずっと気になってたんだけど、どうしてそんなにいろいろと詳しいの?私のことも。
正直言って不気味なんだけど。」
ガーティは「だろうね。」と呟く。
「俺がどうして幻の里と神隠しの関連性を君に教えてあげたと思う?」
「わかんない。」
即答した。わかるはずがない。
目の前の青年は啓の理解など遠く及ばない所に居る。考えも突飛だし、行動も変だ。
考えてもわからないのだから、考えなくて良い。
これがこの短時間で啓が出した結論だ。なんとも彼女らしい安易で単純で危なっかしい思考である。
―――何よりも情報がいるんだから誰の手でも借りてやる。危なくなれば戦えば良い。
ここ数日、慣れない環境で一生懸命考えて、精一杯動き回って、それでも全く情報は集まらなかった。それなのに、棚からぼた餅的に情報源が現われた。利用しない手はない。
だから、ややこしいことを考えるのは、今この瞬間にやめにした。
怪しかろうが、不気味だろうが、変人だろうが、奇人だろうが、狂人だろうが、もうどうでも良い。
自分は自分なりに、進めば良いのだ。
正攻法と思われる道を進まなければならないわけではないし、安全な道ばかり通っていて情報が手に入るとは思えない。
「…ちょっとくらい考えようよ…。」
ガーティは、馬鹿は本当に困るよね、とばかりにため息を吐く。フードの先の鈴がコロコロと音を立てた。
「ケイって強いよね。」
「…はぁ?」
「この前、デカイ男を退治してた。」
ニコラを助けたときのことを言っているのだろう、とすぐに理解する。それくらいしか思い当たる節がない。
―――退治なんてしてないんだけど。
「…もしかして、あのとき拍手してたの…」
「俺だよ。」
ガーティが満足げに頷く。啓は嫌な予感がした。
「あのとき気に入って、しばらくケイを観察してたんだ。俺が君について詳しい理由はそれ。君が最近ツェツィーリヤについて質問しに行った宿、あそこに泊まってたの俺だし。後で店主に何を聞かれたのか尋ねたらあっさり教えてくれたよ。」
ぴくりと頬が引きつった。
―――店主さん、ずいぶん口が軽いじゃないの。
「神隠しに遭った子を探してるってんで、こりゃあちょうど良いやと思ったんだ。」
「どの辺が?」
「俺と利害が一致する辺りが。」
「?」
「俺はその幻の自由都市とやらを見てみたいんだ。実際に存在したら大ニュースだ。最高の情報。高く売れる。」
あぁ、そう言えば情報屋とかだったっけ。
目をらんらんと輝かせるガーティを冷めた目で見ながら啓は納得した。
「けど、どんな場所かもわからないところに金のためだけに行くの?危ないんじゃない?」
「んー、まぁそのためだけじゃないしね。それはおいおい説明するとして、危険があるかもしれないってのはケイの言う通りだ。だから俺は考えた。用心棒を雇うしかないな、って。」
「よ…用心棒?」
「そう。それがケイ、君だよ。」
ガーティはあいかわらずの笑顔でぽんっと啓の肩に手を置いた。
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