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「ダグマル、ちょっと行ってくる。昼飯の準備しといてくれ。」
秘書が恭しく頭を下げる。
「かしこまりました。…啓さん、頑張るんじゃぞ。」
「うん、ありがとう。また来るからその時はヨロシク。」
老人は頷いてにこりと笑った。
世界は違っても、空間師長の居る場所はいつも此処。そして、どの世界でもこの家に繋がる場所が存在するのだ。
唯一、全世界共通の場所。
私は絶対にまた帰って来る。
新しい仲間を連れて。
「レヴィオスにもらった紙、見せてくれ。」
啓はポケットから取り出して手渡す。師長はそれを見て頷くと目の前の扉を開いた。中には更にもう1つの扉がある。それを開けるともう1つ。啓はおとなしく師長の後ろに従った。
―――暗くて、何も見えないな。
師長の白銀の髪が闇に浮かび上がっている。立ち止まった。パチン、と指を鳴らす音がする。ガタッと足元が動いた。啓はバランスを崩す。
「おっとっと…」
なんとか、倒れずに踏ん張った啓の足元がぼんやりと明るくなった。
「大丈夫か?」
師長が啓に紙を返す。
「はい。…パズルに着きました、よね?」
「あぁ。少し歩くぞ。レヴィオスが示した場所はまだ向こうだ。にしても、あの辺のピースは昔から霧がかかったみたいに見えにくくてさ。まぁ大方『巫覡』のせいだろうけど。」
それからポツポツ話しながら一時間ほど歩いた所で空間師長は立ち止まった。
「この辺だな。思ったよりも遠かったか…。」
師長はその場にしゃがみこむと、顔をピースに近づけて何かを探しているようだ。
啓は周りを見回した。
「広いなぁ、壁が見えない…。」
その時、背後でコン、と足音がした。
「おやぁ?」
一瞬ゾクっと背中が粟立った。剣に手をやり、振り返る。
「久しぶりだな、クリフ。宮島啓、そんなに警戒しなくても良いぞ。」
―――なんだ、師長と仲良いのか。
啓は頷いて肩から力を抜いた。そして、近づいてきた青年を見つめる。人の良さそうな顔だった。長い髪を背中に垂らしている。
「お久しぶりです。…そちらは、もしかして」
「あぁ、そうだよ。救世主サマだ。」
にやっと笑って師長は啓を紹介した。啓は慌てて剣から手を離し、頭を下げた。
「長旅ご苦労様です。」
クリフと呼ばれた青年も丁寧にお辞儀する。
「それにしても、こんな所に居るなんて珍しいな。イルゼの護衛だったはずだろう?」
「はい。彼女が誰か入ってきたと言うので様子を見に来ました。」
「なるほど、さすがは空間保持の能力者だな。」
「何かお困りのようですが、手伝いましょうか?」
空間師長が首を振る。
「いや、お前はさっさとイルゼのところに帰ってやれ。護衛は多いに越したこと無いだろう。」
「いえいえ、構いませんよ。今3人護衛が居るので。それに、私も少しくらい救世主様を助けてさしあげたいですから。」
空間師長は少し考え込むと頷いた。
「んじゃ、頼むか。えっとな、上線308,32596で下線756,11727だ。」
「上線が308,32…?口で言われてもわかりませんよ。」
「308,32596だ。下線が756,11727。」
空間師長が繰り返す。啓は困ったように笑うクリフに助け舟を出した。
「…これです。」
レヴィオスの手紙を差し出す。
「ありがとう。」
クリフが受け取って紙を眺める。
「暗くて見えにくいな…308,32596と756,11727か。」
彼がそう呟いた途端、紙が取り上げられる。取り上げた本人、空間師長は眉間に皺を寄せて啓を見た。
「?」
啓は首を傾げる。クリフは肩を竦めてからしゃがみこんだ。
「この紙はオレが持っておく。良いな?」
師長はそう言うと啓の耳に口を寄せてて囁いた。
「誰でも彼でも信用するな。」
「…え…?」
だって、師長が「警戒するな」って言ったんじゃないか。
反論したい啓だったが、それは師長に黙殺される。空間師長は厳しい目で啓を見つめた後、しゃがみこんで再び捜索を開始した。
「…あ、ここですよ。」
クリフが少し離れたところで呟いた。
「あったか?」
「はい。これですね。」
空間師長が近づいてピースを見つめる。
「確かに。ありがとうな、クリフ。助かった。」
「いえ、じゃあ私はこれで失礼します。イルゼの所にそろそろ帰らないと。」
彼は一礼すると去っていった。クリフの姿が見えなくなったところで空間師長が息を吐く。
「ったく、もうちょっと考えたらどうだ?」
啓は今度はしっかりと答える。
「考えたらって、師長が警戒するなって言ったんでしょ。」
「だからって、紙見せるなよ。トップシークレットだぞ。アイツが、これから操られたらどうするんだ?あの紙をじっくり見られてたら、お前の行き先はバレるんだ。」
啓は言葉に詰まった。
「…まぁ、さっきの一瞬で全部見られたとは思わないけどな。しかも、今から行くところは誰も気味悪がって行かない所だし…。」
「…ごめんなさい。」
師長は少し沈黙してから口を開く。
「もう良いよ。それより、自分の名前を唱えてピースを呼べ。」
投げやりにそう言った。
啓は頷く。
「宮島啓。」
啓が手の平を上にして腕を伸ばすと、ひゅっと風を切る音と共に何かが飛来した。ソレは啓の手の平に落ちてくる。
ピースだった。
啓はじっとピースを見つめる。「宮島啓」とだけ書かれたピース。感触も、厚さも、ただのパズルのピースだ。
「…あれ?」
「どうした?」
空間師長が啓の手の平のピースを覗き込む。
「なんか、付いてる。これ、ゴミ?」
啓がピースに付着した何かを払い落とそうとすると、空間師長がそれを止めた。
「待った待った、これは欠片だ。クライドをお前が取り込んだからアイツの中に居た分身のピースの欠片がお前のピースにくっ付いてるんだよ。」
―――危ない所だった…。
今払い落としたらこれまでの努力が水の泡になるところだった。
啓は胸を撫で下ろす。
「んじゃ、説明するぞ。一回しか言わないからよく聞いとけ。」
啓は頷いて耳を傾けた。
「お前が探すのは『ツェツィーリヤ・トルコフ』だ。」
師長がレヴィオスの紙を見ながら言った言葉を啓は頭の中で反芻した。
―――ツェツィーリヤ・トルコフ…。
「この名前だと…たぶん女。けど確証無いからな。鵜呑みにするなよ。」
メモでも取りたい心境だが、それは許されない。落としたり、奪われたりすると大変だからだ。
頭の中にメモ帳があれば良いのに…。
こっそりそう思った。
「レヴィオスがここにメモしてるが、お前は少し距離を置いた所に送り込むことにした。巫覡がどんな奴らかわからないからな。」
啓は深く頷く。
レヴィオスもそれを危惧していた。
アカシック・レコードを読む人たち。
「んー…お前を送り込む場所もレヴィオスが指定してるな。細かいヤツだ。」
師長はまたしゃがみこんで、今度は割とすぐに見つけた。
「お、発見。」
足でその場を押さえる。
「それから、俺の家に繋がってる場所だが、良かったな今回はかなり近いぞ。」
「塔なんですよね?」
「ああ、そう書いてあるぞ。」
いつの間にそんなにメモしたんだろう、とレヴィオスと共に立方体の部屋に入ったときを思い返す。
―――なんにせよ、ありがたいなぁ。
「良かったじゃないか。塔なら上りやすいだろう。氷山とは大違いだ。」
師長は微笑んだ。幼い顔つきが一瞬大人っぽく見える。
「さっさと帰って来るんだぞ、宮島啓。ゲームでもしながら待ってるからさ。」
「ありがとう。今度は一緒にゲームさせてね。」
「もちろんだ。レヴィオスと一緒に待ってる。じゃあ、ピースをここに置け。」
言われた通りの場所にピースを置く。
「あぁ、そうだ。小指族のコートは良いぞ。寒い所では温かく、熱いところでは涼しくしてくれる。大事にしろよ。」
空間師長が笑って啓の手の上からピースをそっと押さえた。
「行ってこい。」
啓の手の平の下でカチッという音がした。
ぐいっと体が引っ張られる。
そして、啓はパズルから消えた。
「さて、帰ってゲームでもするか。っとその前に今日の昼飯はなんだろうな。」
空間師長は紙を懐にしまうと指をパチンと鳴らした。
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