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師長の家(4)




 「クライド様、目を閉じてくだされ。」
 さっきとは打って変わって、真剣な空気が辺りを覆う。目を閉じる直前、啓とクライドは目が合った。彼はニッと笑うと目を閉じる。
 秘書が目を閉じたクライドの頭上に手をかざした。
 あっという間の出来事だった。
 スルスルと光る糸がクライドの頭から出てきて、それが集まって球体になっていく。啓はあまりの眩しさに目を細めた。そして、その糸が途切れるとクライドの体がぐらりと傾いた。
 啓は慌てて支え、椅子にもたれ掛からせる。それから、秘書の持っている球体を受け取った。
 ―――眩しすぎて目を開けてられない…。
 仕方なく目を瞑り、球体をゆっくりと額に押し付けた。意外にあっさりと球体は中に入った。
 しかし次の瞬間、ビリビリと電流が走ったような痺れに襲われ、啓はその場に座り込む。
 ―――痛い!
 自分の体を両腕で抱きしめ、うずくまった。視界が霞む。
 啓の意識はそこで途切れた。

 □□□

 「ケイ。」
 …?
 「起きて、ケイ。」
 うるさいな。誰?
 「起きてって。」
 嫌だ、なんでよ。疲れてるの。
 「起きてってばー。」
 嫌だってば!
 「僕たちの感動のお別れが台無しだよ。別にこういう意味なら台無しになっても全然オッケーだけどさ。ケイっば。」
 何の話?感動のお別れが台無し?
 「良いこと教えてやるよ。」
 「何?」
 話すなら向こうで話してくれないかな。
 「チューしたら起きるんだぜ。」
 「…それ、本当?」
 信じるなよ、どこのおとぎ話だ。地球だが。
 「ああ。やって見せてやるよ。」
 ああ、ヤバイ。なんかやばそうな雰囲気流れてる。早く起きなきゃ。

 □□□

 ケイは目を開いた。ガバッと起き上がって周りを見回す。
 「あれ?…誰も居ない?」
 そんな、確かに傍で声が聞こえたのに…!
 「頭、痛い…。」
 首を動かすとその振動で頭に鈍痛が走る。啓は片手で頭を押さえ、ベッドから降りた。
 「…私の部屋だ。」
 昨晩、啓が眠った部屋だった。ふと、鏡に映る自分に目をやる。
 「?」
 傍に寄ってまじまじと自分の顔を見つめた。
 「これは…」
 印だった。啓の額には印が刻み込まれている。
 メシャルが傍に居るわけでもないのに。って、そう言えば、取り込んだら印が刻まれるとかシャルが言ってたっけ。
 「成功…したんだな。」
 ホッとする反面、淋しさがこみ上げる。ぽっかりと心に穴が空いてしまったような気持ち。
 「そう言えば…師長とかは、どこだろ。」
 啓はふらつく足取りで部屋を出た。

 曲がり角を曲がった所で、人にぶつかる。
 啓はよろめいて尻餅をついた。
 「啓さん、お加減はどうかの?」
 「秘書さん…」
 「秘書さん?…まだ名乗っておらなんだか。失礼した。ダグマルと申す。」
 老人は笑いながら名乗った。
 「ダグマルさん、ちょっと頭痛いけど平気です。」
 「それは良かった。今クライド殿の冷凍保存が完了した所じゃ。」
 ―――冷凍、保存?
 首を傾げた啓にダグマルは手を差し出す。啓はその手を取って立ち上がった。
 「昨晩、保存は常温か冷凍か直接お尋ねして、決まったことなのじゃよ。」
 「そうなんですか…。」
 「師長は啓さんが目覚め次第パズルに行くと言っておられるが、いかがかな?体が万全でないなら無理せぬよう…。」
 「いえ、良いです。出発します。」
 「最後にクライド殿に会って行かれるか?」
 「…はい。あと、レヴィオスにも。」
 □□□

 「寒いの苦手なのに、ごめんね。絶対、世界を元に戻すから。それまで、我慢してね。」
 啓はそっと氷に手の平を当てると呟いた。中でクライドは静かに目を閉じている。アドの言葉が甦る。
 『さよならは言わないよ。これからも、一緒だから。』
 そうだ、これからも一緒。
 私は、平気だ。1人じゃない。
 啓は微笑むと氷に向かってガッツポーズを決め、踵を返した。

 啓がレヴィオスの部屋に入ると先客が居た。
 「師長?」
 白銀の髪が揺れて、少年が顔を上げる。
 「起きたか。コイツにお別れ言いに来たのか?」
 「はい。」
 啓は歩を進めてレヴィオスの傍に立った。
 「ごめんね、私が巻き込んだから怪我させちゃったね。」
 ポンポンと包帯の巻いてある頭を優しく叩く。
 「今度来た時は目、覚ましててよね。お詫びと言っちゃなんだけど、プラトンの相手してあげるから。」
 約束、とレヴィオスの小指に自分の物を巻きつけた。
 しばらく、無言でレヴィオスの寝顔を見つめてから師長に視線を移す。

 「師長、準備万端です。」



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