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「クライド様、目を閉じてくだされ。」
さっきとは打って変わって、真剣な空気が辺りを覆う。目を閉じる直前、啓とクライドは目が合った。彼はニッと笑うと目を閉じる。
秘書が目を閉じたクライドの頭上に手をかざした。
あっという間の出来事だった。
スルスルと光る糸がクライドの頭から出てきて、それが集まって球体になっていく。啓はあまりの眩しさに目を細めた。そして、その糸が途切れるとクライドの体がぐらりと傾いた。
啓は慌てて支え、椅子にもたれ掛からせる。それから、秘書の持っている球体を受け取った。
―――眩しすぎて目を開けてられない…。
仕方なく目を瞑り、球体をゆっくりと額に押し付けた。意外にあっさりと球体は中に入った。
しかし次の瞬間、ビリビリと電流が走ったような痺れに襲われ、啓はその場に座り込む。
―――痛い!
自分の体を両腕で抱きしめ、うずくまった。視界が霞む。
啓の意識はそこで途切れた。
□□□
「ケイ。」
…?
「起きて、ケイ。」
うるさいな。誰?
「起きてって。」
嫌だ、なんでよ。疲れてるの。
「起きてってばー。」
嫌だってば!
「僕たちの感動のお別れが台無しだよ。別にこういう意味なら台無しになっても全然オッケーだけどさ。ケイっば。」
何の話?感動のお別れが台無し?
「良いこと教えてやるよ。」
「何?」
話すなら向こうで話してくれないかな。
「チューしたら起きるんだぜ。」
「…それ、本当?」
信じるなよ、どこのおとぎ話だ。地球だが。
「ああ。やって見せてやるよ。」
ああ、ヤバイ。なんかやばそうな雰囲気流れてる。早く起きなきゃ。
□□□
ケイは目を開いた。ガバッと起き上がって周りを見回す。
「あれ?…誰も居ない?」
そんな、確かに傍で声が聞こえたのに…!
「頭、痛い…。」
首を動かすとその振動で頭に鈍痛が走る。啓は片手で頭を押さえ、ベッドから降りた。
「…私の部屋だ。」
昨晩、啓が眠った部屋だった。ふと、鏡に映る自分に目をやる。
「?」
傍に寄ってまじまじと自分の顔を見つめた。
「これは…」
印だった。啓の額には印が刻み込まれている。
メシャルが傍に居るわけでもないのに。って、そう言えば、取り込んだら印が刻まれるとかシャルが言ってたっけ。
「成功…したんだな。」
ホッとする反面、淋しさがこみ上げる。ぽっかりと心に穴が空いてしまったような気持ち。
「そう言えば…師長とかは、どこだろ。」
啓はふらつく足取りで部屋を出た。
曲がり角を曲がった所で、人にぶつかる。
啓はよろめいて尻餅をついた。
「啓さん、お加減はどうかの?」
「秘書さん…」
「秘書さん?…まだ名乗っておらなんだか。失礼した。ダグマルと申す。」
老人は笑いながら名乗った。
「ダグマルさん、ちょっと頭痛いけど平気です。」
「それは良かった。今クライド殿の冷凍保存が完了した所じゃ。」
―――冷凍、保存?
首を傾げた啓にダグマルは手を差し出す。啓はその手を取って立ち上がった。
「昨晩、保存は常温か冷凍か直接お尋ねして、決まったことなのじゃよ。」
「そうなんですか…。」
「師長は啓さんが目覚め次第パズルに行くと言っておられるが、いかがかな?体が万全でないなら無理せぬよう…。」
「いえ、良いです。出発します。」
「最後にクライド殿に会って行かれるか?」
「…はい。あと、レヴィオスにも。」
□□□
「寒いの苦手なのに、ごめんね。絶対、世界を元に戻すから。それまで、我慢してね。」
啓はそっと氷に手の平を当てると呟いた。中でクライドは静かに目を閉じている。アドの言葉が甦る。
『さよならは言わないよ。これからも、一緒だから。』
そうだ、これからも一緒。
私は、平気だ。1人じゃない。
啓は微笑むと氷に向かってガッツポーズを決め、踵を返した。
啓がレヴィオスの部屋に入ると先客が居た。
「師長?」
白銀の髪が揺れて、少年が顔を上げる。
「起きたか。コイツにお別れ言いに来たのか?」
「はい。」
啓は歩を進めてレヴィオスの傍に立った。
「ごめんね、私が巻き込んだから怪我させちゃったね。」
ポンポンと包帯の巻いてある頭を優しく叩く。
「今度来た時は目、覚ましててよね。お詫びと言っちゃなんだけど、プラトンの相手してあげるから。」
約束、とレヴィオスの小指に自分の物を巻きつけた。
しばらく、無言でレヴィオスの寝顔を見つめてから師長に視線を移す。
「師長、準備万端です。」
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