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師長の家(3)




 「壮観、だな。」
 空間師長は啓の後ろに立っているメシャル達を見て呟いた。
 「?」
 啓は首を傾げる。
 「いや、昔っからメシャルの話は色々と聞いていた。俺にとっては、おとぎ話の登場人物だぞ。この目で拝める日が来るとはな。」
 「そりゃこっちのセリフだ。空間師長って、なぁ?」
 珍しくアンブローズがドニに同意を求めた。彼も頷く。
 「ミランダとかザイザックとかから色々話は聞いたよね。ヤバイよ、感激して泣きそう。」
 「ウザッ!泣くんならケイとのお別れのときにしなよ。ね、ケイ。僕、きっと泣くよ。」
 ヴィルジ―ルが啓に抱きついて呟いた。
 「私だって、もう泣きそうだよ。」
 「クライドもさ、爆睡ってどうなわけ?僕、ケイと遊び明かしたかったのに…。」
 「仕方が無い。体が疲れていたんだからな。それで魂を取り込むのにしっぱいでもしたらどうする?仕方が無い。クライドのせいじゃない。」
 「…ミッキ―、フォローしてくれるのはありがたいんだけどな、目は俺を思いっきり責めてるぞ。」
 「ミッキ―、フォローになってない。」
 笑いながらアドも呟く。
 「まぁ、ケイともっと一緒に居たかったってことだよね。」
 「お前が言うなよな!」
 アンブローズがアドに怒鳴る。
 「確かに。アドが1番一緒に居た時間長い。アピール時間も長い。」
 「そうだよ、ずっこいぞ、アド!」
 ディーターの言葉にヴィルジ―ルが賛同した。
 「アハハ。…ところで、空間師長、ずっと聞きたかったことが1つあるんですけど、良いですか?」
 アドが困ったように笑いながら尋ねた。
 その背後ではメシャルが「誤魔化した!話題変えた!」と文句を垂れている。
 「僕たちが分身だって言うのなら、今まで僕たちがこの世界で過ごしてきた記憶、とかはどうなってるんですか?作られたものじゃないでしょう?トリジュにはたくさんの知り合いも居るし…。そう考えると、僕たちは確かにこの世界で生きてきた。だったら…」
 場がしんとなった。
 初めの頃、アドが疑問に思っていたことだった。
 ―――すっかり忘れてた…。
 あの時は、情報量が少なすぎて答えることができなかったのだ。それに、啓も気になる所である。
 「分身じゃない。…とでも言うつもりか?アドリアーノ。」
 「ケイの額の熱はバッチリ僕たちに反応するんで、それは無いと思うんだけど。」
 啓は少し、不安になった。じっと師長を見つめる。アドを見ていた師長がすっと視線を動かして啓を見た。
 「心配するな、宮島啓。間違ってないさ。レヴィオスも何も言わなかったんだろ?」
 「…あ、そっか。」
 レヴィオスは啓たちを連れて薄暗い部屋に入った時、何も言わなかった。それは、クライドのピースにピンが刺さっていたからだろう。
 啓はレヴィオスに貰って服に縫い付けていた紙をそっと外して、確認した。
 「ピースが粉々の人間がちゃんと人の形を保てると思ったら大間違いだ。肉体は一時消滅し、魂が飛び散ることになる。生きてはいるが、生きている状態とは思えないような状況。魂はピースの欠片が引き寄せられた別のピース、この場合クライドの一部として生きることになる。」
 「つまり?」
 「おまえの中に、分身は生きているんだ。ただ、生命力が激減し、意思も何も無いからお前達は自分の変化に気付かなかった。」
 「なるほどね。」
 啓が確認したレヴィオスのメモ用紙にはクライドの中に居る分身の名前も記入されている。
 【クライド=ジミー・ストラウド】
 その隣に訳のわからない番号がかかれているが、おそらくこれがパズルの中でのピースの位置を示しているのだろうと判断する。
 「質問はそれで終わりか?当分会えないんだから疑問は解決しておくべきだぞ。」
 空間師長である少年は椅子に腰掛けて言った。
 「はいはいはーい!」
 「なんだ、ヴィルジール。」
 「僕たちもさ、ケイの中に入ったら意識とかなくなっちゃうわけ?僕たちの中に分身が溶け込んでるみたいに。」
 空間師長は少し考え込んだ。
 「それはやってみないとわからん。」
 「そっかー。」
 「…他は?」
 メシャル達は首を横に振る。
 「よし、んじゃ始めっか。」
 空間師長の横に控えていた秘書の老人が口を開いた。
 「師長、離れておいて下さい。それから、メシャルは一人に戻ってくれるかの?」
 「は?!」
 ヴィルジールとアンブローズの声が重なる。
 「嫌だよ、何言ってんの?!僕、最後までケイと居たいもん!」
 「俺なんかな、正直言って全然ケイと関わり無かったんだぞ!このまま別れろってのかよ?そりゃ、あんまりだぜ。最後ぐらい一緒に居させてくれるもんだろ?!」
 「無理じゃ。」
 秘書はにべも無く断った。2人はシュンと項垂れる。
 「なんでだよぉ…。」
 そんな2人を見て、啓は思わず笑った。
 「ケイ、何笑ってんだよ?」
 「え?いや、なんかわかんない。けど、おかしくって。2人とも表情がくるくる変わって、面白い。」
 「面白いって、今言うことかよ?」
 アンブローズがそう言いながら照れたように頭を掻いた。
 「アンブローズとは、あんまり一緒に居られなかったね。戦場では、ずっと一緒だったけど。」
 「おー。いつケイが刺されるかと思って気が気じゃなかったんだぜ。」
 「ありがとう。すごい、頼もしかった。」
 啓はアンブローズの手を取ってにっこりと笑う。
 「…あぁ、礼ならこっちだって言わなきゃな。アデライーデ様のことでさ、ケイがあの提案してくれなかったらどうなってたか、わかんねーし。ありがとな。」
 「うん。」
 「感謝してる。」
 すっとアンブローズの手が啓の前髪を持ち上げた。
 「?」
 啓が少し顔を上げた時、温かく柔らかい物が額にぶつかり、すぐに離れた。驚いて硬直している啓を笑いながらアンブローズは彼女の腰に腕を回し引き寄せた。
 「ファイトだぞ、ケイ。」
 啓と目を合わせた青年はにやっと笑った。啓は完全に硬直状態だ
 ヴィルジールが叫び声を上げている。
 「…このままチューしちゃう?」
 「あ…あ、アンブローズ?」
 何言ってるんですか?そんなことするはず無いでしょう。やめてください、離して下さい。
 啓は動転する頭を必至に宥めた。
 「ダメダメダメ!」
 「…うるせぇなぁ。黙ってろ、ヴィルジール。」
 ったく、と呟くとアンブローズは啓を解放した。
 「じゃあな。」
 彼は笑って、呆然としているクライドの中に戻っていった。

 「ありえないんだけど、本当にありえないんだけど、あの女タラシ、ありえない。」
 啓は今ヴィルジールの腕の中だ。
 「…ヴィルジール。」
 「なに?まさか、アイツに惚れちゃったとか言わないよね?それだけはホント勘弁してね。」
 「アンブローズの意外な一面を見たような…?」
 「意外な一面?意外?…ケイ、何言ってんの。アンブローズは天性のタラシだよ。これまで関わらなかったのがせめてもの幸い。あれぐらいで済んで良かった。」
 ヴィルジールが息を吐いた。
 「ね、ケイ。」
 「ん?」
 「僕のこと、忘れないでね。」
 「当たり前。」
 啓は微笑んだ。まだ心臓はバクバクと落ち着かないが、それでも先程よりははるかにマシになった。ヴィルジールにはよく抱き疲れているせいか、ちっともときめかない。
 「じゃーさ、目瞑って。」
 「へ?なんで?」
 ヴィルジールはにっこり笑って答えない。
 「ホラ、早く。」
 なんだ?啓はおずおずと目を瞑った。
 「ありがとう。」
 頬に何かが押し付けられた。
 「わっ!」
 「ケイ、無防備だよ。」
 にんまりと満足そうにヴィルジールは笑うと、頬を押さえて口をパクパクさせている啓に手を振ってクライドの中に飛び込む。
 「な、ななな、なんなの…。」
 残された啓は顔を真っ赤にしてうろたえた。
 ―――なんで、こんな状況で残していくのよ!どうしろっての、この状況?!
 少し離れた所で空間師長はニヤニヤと笑いながら見ている。秘書の老人も「いやはや…」と呟いて、心なしか顔を染めている。
 残ったメシャルはそれぞれに複雑そうな思いを抱えて啓を見つめている。唐突にミッキーが口を開いた。
 「ケイ。」
 「ミッキー…。」
 「大変だったな。」
 いつのことを言っているのか分からず、啓は首をかしげた。
 「だが面白かった。また、会いたいな。」
 「ケイとは僕もほとんど一緒に居られなかったですし…。」
 ディーターも呟いた。
 「また、会えたら良いね。」
 啓の言葉に2人は頷いた。そしてクライドの中に戻っていく。
 ―――良かった、何もされなかった。
 啓は密かに安堵した。
 ―――これ以上は恥ずかしくて、死ぬ。
 「ケイ、僕も行くね。」
 「ドニ、これからはあんまり泣かないようにね。」
 「うん。頑張ってみるよ。ケイも元気で…。」
 言いながら目からポロポロと涙がこぼれている。
 「ドニ、笑って?」
 「…こう、かな?」
 へらり、と半笑いのその表情は啓が見たドニの表情の中で1番良かった。
 「そうそう。そっちの方がずっと良い。」
 「ありがとう。元気でね。」
 「うん。」
 ドニを見送って啓は振り返った。

 「あれ、僕が最後?」

 「…あぁ。」
 搾り出すようなかすれた声でクライドが答えた。
 「そっか。…ケイ、いよいよお別れだね。」
 「アド、今までありがとう。」
 この世界に来て、初めて私を助けてくれた人。
 「うん。なんか、ケイに初めて会ったのが昨日のことみたいだよ。」
 「そう?」
 「あのオジサンに決闘を申し込まれて、どうしよっかな面倒だなーと思ってたら、啓が背中向けて引き返そうとしてるんだから驚いた。」
 啓は苦笑した。何も知らなかったあの頃の自分。よく、生きてここにたどり着いたな、と思う。
 「あの子ヤバイなーって。案の定、投げ飛ばされたし。その後も、いろいろあったね。」
 アドは思い出し笑いをしている。
 「アドの服、パジャマだったんだよね。びっくりしちゃって。」
 「いや、あれは僕の普段着なんだけど。」
 「パジャマだ!」
 クライドが口を挟む。
 「これから、大変なこともたくさんあると思うけど、ケイならきっと大丈夫。1人じゃない。僕も、クライドも他のメシャルもずっとケイの側に居る。」
 「うん。ありがとう。」
 アドはにっこりと笑った。
 「さよならは言わないよ。これからも、一緒だから。」
 そう言い残して優しく微笑むと彼はクライドの中に消えた。

 「…アンブローズとヴィルジールは本当に…。」
 クライドは長い長い溜め息を吐いた。
 「ケイ、ビックリしただろ。」
 「ビックリなんて物じゃないよ。そんなの通り越してもう何がなんだかサッパリ…。」
 「こんなことになるぐらいだったら、昨日の夜、啓の所行っとけば良かった…。恥ずかしー。」
 啓から顔を逸らして俯く。
 「クライド、恥ずかしいの?」
 「ったりめーだろ。別人って言っても元は俺だぞ?目の前で自分と同じ顔した奴らが次から次へと…。」
 啓は笑いそうになるのを堪えた。

 「もう、良いですかな?」

 様子を見守っていた秘書がコホン、と咳払いして言った。我に返ったクライドと啓は頷く。
 「若いってのは、良いですな。」
 そう言って秘書の老人はポッと頬を染めた。



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