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「楽しかったですぞ、デール殿!」
「こちらこそ…。」
満面の笑みのガストン王子に比べてデール王子はなんだか元気が無い。啓は苦笑しながら小指王子を摘み上げる。
「お世話になりました。食事も温泉もとても良かったです。」
「健闘をお祈りいたしております。」
「どうも。」
□□□
「酷いですよ、ただの救世主様。」
「…ごめんねぇ。」
筋肉痛や体の疲れは2日では取れず、結局3日滞在してからの出発になった。その間、小指王子はガストン王子の趣味やら日課やら特訓やらに付き合わされて疲れきっていた。
「たまには良いだろ。特訓もさ。」
「…まぁ、それはそうですけど。」
啓たちの前を行くのは第4中継所のペット。犬のアイアン。犬といっても体が大きく、狼のようにも見える。性格もクールだった。
今日はヴィルジールの代わりにドニが出てきている。
「いよいよ、ここからは超危険デンジャラスな雪崩スポットと聞いております。今日は晴れているので十分注意していかないと。」
小指王子が溜め息混じりに呟いた。その時背後でドサッという音と共に「ギャ!」と声が聞こえた。誰もが声よりもまず雪崩を警戒した。
―――大丈夫みたい、ね。
それから背後を振り返る。
「…ドニが居ないわ。」
皆驚いて辺りを見渡す。
「少しは良いヤツだった…。」
ディーターが合掌して呟いた。冷たい風が啓達一行に吹き付ける。アドが盛り上がった雪に手を突っ込んだ。そしてズルズルと中からドニを引っ張り出す。
「あちゃー。」
といってクライドはぺチンと自分の額を叩いた。
第2中継所の王子が言っていた「落ちてくる雪」とはこのことか…。
啓は上を見上げて納得した。ちょうどえぐれた空洞の下だった。風除けになるかと思って選んだ道だったが、かわりにドニが埋まってしまった。
ずいぶんと傾斜が急になってきている。
「そろそろあの棘、付けた方が良さそうだな。」
クライドがドニを体に戻すと鞄の中から棘の付いた紐を取り出す。第4中継所を出るときに貰った物だ。
―――アイゼンみたいな物だな。しっかり付けておかないと。
足場が凍ってすべるのだ。地球でも学校の行事で行われた「耐寒登山」で啓は使ったことがあった。それを靴に縛り付ける。そしてまた歩き出した。
「ここからは傾斜が急なのと、神経を消耗する山登りになることから、中継所の間の距離が今までより狭まっているらしいです。早く到着できるといいですね。」
「神経を消耗するとは?」
すかさずディーターが尋ねる。
「緊張する、という意味だと思います。私も聞いたときはピンと来なかったのですが、実際こうして登ってみて、感じます。なんか、怖いじゃないですか。」
それは、なんとなく分かるかもしれない。気を抜くと鳥肌が立つような、そんな空気が流れている。
今までは鎌倉を作って吹雪を防げば、風の爆音の中でも眠ることができたが、ここではそんなことできるような気がしない。やりたくないのだ。無防備に外で眠ることを。
メシャル達も感じているのだろう。会話自体が少ない。
「…お、クレバスだぞ。」
「大きいねぇ。」
どうやらこれを飛び越えなければならないようだ。
―――精一杯足を伸ばしてもギリギリ届かないぐらい、だな。
ごくり、と唾を飲み込んで飛び越えた。バランスを崩しかけたのをクライドが引き寄せてくれた。冷や汗をかく。
「ただの救世主様、気を付けて下さいよぉ。私、道連れは勘弁、ですから。」
「…はい。」
小指王子の緊張した声に啓は頷く。
―――なんか、すっごい疲れるな…。
体力的にはまだもう少し行けそうなのだが、精神的に参ってしまう。
「ケイ、大丈夫か。」
ミッキーがケイに声をかける。
「うん、平気。」
「…酸素が薄くなってきたな。」
「そう?」
アドも頷いた。
「すぐに息が上がる。呼吸が乱れるよ。」
そっか、そうなんだ。それで余計に疲れるんだな…。
「あそこに見えるの、もしかして旗ですか?」
ディーターが目を細めて呟いた。啓も彼の見ている方を見つめる。
「やったぁ、もうちょっとだね。」
「すごいじゃないですか。半日で着いてしまいましたね。」
小指王子も喜んだような控えめな声で言う。
―――…この辺で着いて良かった…。正直これ以上の距離は厳しい…。
これからは、できるだけメシャル達にも迷惑掛けたくないし…みんな疲れてるんだから。
途中の中継所で休み休みとはいえ、疲れは蓄積されていっている。
こうして、啓達は最後の中継所にたどり着いた。
□□□
第5中継所ではまず酸素ボンベを渡された。
「ここではそれを付けていた方が良いですよ。体もその方がしっかり休まりますし。」
「すごい…呼吸が楽です。」
「そうでしょう。」
ホホホ、と気の良いお婆ちゃん風の第5小指王国王女イライダは笑った。
小指王子は今回に限って啓と同じ時に眠った。ガストン王子との疲れが残っていたのと、やはり呼吸が苦しかったのだろう。
次の日、啓達は最後の登山に向けてイライダから講習を受けた。
「この先はね、今までよりももっと苦しい山登りなのよ。途中に、大きなクレバスがあってね。とてもじゃないけど、あんなの飛び越えられないわ。」
「見たことあるんですか?」
「ええ。ありますよ。」
にこっと老女は笑った。
「これは小指の感覚じゃなくて、普通の人間の感覚でも同じことを思うと思います。それほど大きなクレバス。これはね、はしごを架けて渡るしかないの。」
―――は、はしごぉ?!
「怖いですよ。足元は底の見えない谷ですからね。しかも、はしごなので下が丸見え。底が見えないというのを実体験できます。ってそんなのいらないわよねぇ。」
1人でボケツッコミをかましたイライダはひとしきり笑うと語りを再開した。
「ときどき、氷柱がね、降ってくるし…。」
「つ、氷柱が、降って来るんですか…?」
「ええ。どうも空間師長のお家にできた氷柱が風で折れて飛んでくるみたいなの。」
「…物騒な…。」
「そうね。危険な大きさになる前に折ってくれていたら良いのに…何度も頼んでいるけれどいつも実行してくれないのよね。」
それは、危険な大きさに育った氷柱が降ってくるという事ですね。
啓はもはや引きつった笑いしか作れない。
「いつ、雪崩が起きるかも分からないしね…。」
クライドが思わず立ち上がりかけて堪えたのが分かった。大方、「防ぐ方法は無いんですか?」とでも聞こうとして思い直したのだろう。
「でも、頂上に登れたら気持ち良いですよ。見渡す限り、視界を邪魔する物は何も無いんですから。自分がすべての物の中でも1番高い所に居るの。世界の頂上に居る。」
それから雑談を交えながら数時間話し込み、綿密にご指導を受けて、各自の部屋に帰った。
小指王子はまだしばらくイライダ女王と話すようだが。
―――いよいよ明日が出発だ。
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