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「ふー…やっぱり厳しいね。さすがに疲れたよ。」
夜の進行中、アドが呟いた。ミランダにもらったミラーボールが辺りを照らしている。
「…うん。私、自分の限界を超えてる…。」
「大丈夫さ。」
ヴィルジールが満面の笑みでぽんと啓の肩を叩く。
―――あんたは大丈夫だろうよ!
途中でへばった彼は一旦、クライドの中に戻り、さっき再び出てきたのだ。黄色の彼には、やはり、この寒さは厳しいらしい。
「体力残ってるうちに宿作るか…。」
本当におかしいよね。
宿を『作る』という考えからしておかしいよね。
内心ブツブツと文句を言いつつも凍えている手で鎌倉を作っていく。手際の良いアドとミッキー、クライドのお陰で見る見る形作られていく鎌倉。形などは誰も気にしていない。スピーディーに、程よく頑丈に、風が入ってこないように、考えているのはこれだけだ。眠る時は場所を取るので皆クライドの体の中に入った。
「…はぁ、やっと休憩。」
足と手をすり合わせて、温める。
「あー疲れた。」
小さな鎌倉の中では横になって背を伸ばすこともできない。座って眠るのだ。
「ケイ…ヴィルジールのこと、ありがとうな。」
「何もしてないよ。思ったこと言っただけ。」
「俺達はさ、誰もヴィルジールのこと責めたりしてねーんだ。」
「わかってる。」
みんな優しい。
「それがダメだったのかもな。…アドがさ、直前で気付いてヴェノスからヴィルジール助けたんだ。現場を直接見たからだろうが、アイツが一番心配してる。俺達も、気ぃ使って腫れ物扱いだもんな。そりゃ嫌だったろうと思うよ。」
「ヴィルジールだって、クライドたちの気持ちわかってると思う。」
「…そうかな。」
「大丈夫だよ。これから少しずつ改善していけば。それに、ヴィルジール、口ではああ言ってるけどメシャルのことは信用してると思うから。」
「そうか。…良かった。」
それきり、2人は黙り込み、爆睡した。
「あ!あれ、旗じゃねぇ?」
ヴィルジールが弾けた声で叫ぶ。クライドが慌ててその口を塞いだ。
「ヴィルジール、お前は雪崩の怖さを知らないから気軽に叫べるんだ。あれは本当に怖いんだぞ。」
「知ってらぁ!」
「叫ぶなって…。」
啓が手で吹雪を遮りながら、辺りを見渡す。
「旗、どこー?」
「ただの救世主様、あれではありませんか?」
小指王子の指し示した方を見ると、確かに途切れ途切れに旗が見える、ような気がする。
―――視界が悪いな。足場も悪い。
足を引きずりたい心境の啓にとって、この雪の深さは拷問のようだった。
どうしてこう、いちいち足を持ち上げなきゃならないの!
しかしそんな体が急に軽くなった。
「もうちょっとだよ、ケイ。」
「アド。」
「足限界みたいだから背負うね。」
「ごめん…お言葉に甘えさせてもらいます。」
「どうぞー。」
目ざとくその様子を見つけたヴィルジールが声を上げる。
「あ!クライド、見ろよ、あれ!」
「あ?」
「あ?ってそれだけかよ。あれだよ!」
啓とアドを指差している。
「ケイの足、限界だったか。…悪いことしたな、気付かなかった。」
「いやそうじゃなくてさ!わかんないの?アドがケイを背負ってるよ!」
クライドは「はぁ?」という顔をし、何を今更、と呟いてヴィルジールがこの光景を初めて見ている事に気付いた。見渡すとディーターもミッキーも2人を凝視している。
「え?いや、あれ、いつも通り、だぞ?」
「いつも通りですか…」
ディーターが驚いたように呟いた。ミッキーに至っては顔をしかめている。
「なんでお前らそんなに批判的なんだ…?」
「べっつにー。…僕、邪魔してこよーっと。」
ヴィルジールが駆けて行く。
よくこの吹雪の中走れるな、と感心しつつも首を傾げるクライド。
「…ミッキー…視線が痛い。なんだよ、文句でもあんのか?」
「別に。少し気に食わないだけだ。」
「はぁ?」
そんなクライドをディーターが哀れそうに見つめて首を振った。
□□□
「ようこそ!第4中継所へ!」
紙ふぶきが舞っている。
「第4小指王国の王子ガストンと申します。ささっ、どうぞ中へ。温かくしております。」
その言葉を聞いてメシャル達はクライドの中へ戻っていく。
―――私の熱のこと考えてくれてるんだろうな。
啓は心の中で感謝を告げ、暖かい部屋に入る。
「話はミランダから聞きました。さぞお疲れのことでしょう。とにかく、ゆるりと温泉に入って疲れを取ってください。ベッドも用意しておりますよ。」
小指王子が啓のポケットから飛び出してガストンに挨拶をしている。二人は手に手を取って出会えたことを喜んでいた。
そんな小指王子は放っておいて啓はふくよかな女性の案内に従った。
□□□
「第3中継所がそんなことになっていたとは露知らず…。」
ガストンは目を伏せた。小指王子も足をもじもじさせながら続きを話す。
「あの、それで…」
「もちろん、サポート致しましょう。ヴェノスめ、やってくれましたな。…しかしデール殿の妹のキャルリエ殿がご無事だったことは大きい。しっかり立て直しなさるでしょう。」
ホッとしたように小指王子が息を吐いた。
「第1中継所からもサポートしようと思っているんですが、距離がどうしても開いていますので、ガストン殿がご助力くださるのなら心強いです。」
ガストンは豪快に笑う。
「なぁに、当然のこと。小指族は皆、助け合いの精神を持っておりますゆえ。」
―――なんか、この人苦手だな。
小指王子の中には早くも苦手意識が芽生え始めていた。彼は昔から「根っからの体育会系」が苦手なのだ。啓もクライドも『根っから』という言葉は当てはまらない。
しかし今目の前に居るこの王子にはピッタリのようだった。
「今から食事なのですが、デール殿!」
「は、はい!」
「一緒にどうです?」
「謹んでお受けいたします。」
コラコラコラコラ、またこうやって自分の首を自分で絞めるんだから…。
懐からメモ帳を取り出し、さっと走り書きする。
危険!第4小指王子・超体育会系!
□□□
―――う゛、やっぱり筋肉痛ひどいなぁ…。
無理もない。途中の休憩を1つすっ飛ばしてきたような物なのだ。
「1回まともに休めないだけでこうも違うか…。イテテ。」
啓は苦労して寝返りを打ち、起き上がる。辺りを見回して驚いた。
「うわっ!…て、置き物?」
そろそろとドアの近くに立っているそれに近づく。
「置き物だ。すごい…等身大。」
それは鎧だった。黒光りしている。
「埃も積もってないし、誰か拭いてんのかな。」
それにしても、客室に置くような物か?啓がそう思った時、側の部屋で大きな音が鳴った。部屋を出ると、額に火が灯った。
―――あー、やっぱクライド近くに居るんだ。さっきのクライドじゃないかなぁ。寝起き機嫌悪いし。
啓も、以前斬りかかられた事があるのだ。
しばらく廊下をウロウロしていると、一つの扉が開いてクライドが出てきた。
「はよ。」
「おはよー。…さっきの音クライド?」
「…いやだって、仕方ないだろ?」
部屋の中に入れてもらい、粉々になった鎧を見つめる。
「枕元だぜ?起きたら横にこれが居るんだぞ?本気で殺されるかと思ったからな…。昨日は疲れすぎてて気付かなくってさ。」
それは配置が悪すぎる。寝起きビックリ、どころでは済まないかもしれないぞ。泊ったのがお爺さんだったらどうなるのだ。そのまま昇天だ。
「私の部屋にも居たけど、枕元ではなかった。」
「そりゃ運が良いな!これは俺のせいじゃねー。で、疲れは取れたか?」
「筋肉痛がね、ひどくてひどくて…」
「だろうなぁ、俺も俺も。これはちょっと長めの滞在になるかもしんねーな。」
「うん。2、3日は…。」
「ダメです!」
「…小指王子、どしたの?」
突然割り込んだ怒鳴り声に啓は驚いて振り返る。
「持ちません。私の体が持ちませんよ!」
宣言するなりクライドの体をよじ登る。
「なんだぁ?ずいぶん疲れてるみたいじゃねーの。」
クライドが小指王子を突付く。
「そりゃそうですよ…。第4王子の毎朝の日課に付き合わされたんですから…。」
「日課?」
「そうです。立派な体を作るトレーニングです!」
啓は噴出した。
「それはそれは。ご苦労様。」
「良かったじゃねーか。小指王子はもうちょっと体鍛えといた方が良いぞ。」
「余計なお世話です、クライド様。」
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