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啓はヴィルジールと一緒に窓をはめ込む作業をしている。これがなかなか難しい。手先が器用、とは言えない啓は1枚はめ込むのにも時間がかかった。そんな彼女を尻目にヴィルジールは次々にはめ込んでいく。得意なようだ。
「こんな事しててさ、今もヴェノスは何か企んでるんだよ。」
苛立ったような声で呟いた。
「ヴィルジールは視野が広いんだね。だからずっと遠くのことまで考えられる。私はまだそんな風に考えられない。目の前のことをなんとかしたいって思うよ。それに、急がば回れって言うでしょ。もしかしたらキャルリエさんも何か知ってるかもしれないし。」
啓の言葉にヴィルジールは大きな溜め息を吐いた。
「僕はね、ヴェノスとけっこう仲が良かったんだよ。」
「…へ?」
啓は思わず親指と人差し指で挟んだ小さな窓をぐしゃりと潰してしまった。そんな彼女を見てヴィルジールは笑う。
「あーあ、怪我してない?」
「平気…」
「クライドがあんまり僕を外に出したがらない理由はそれだよね。」
―――初耳だ。
ヴェノスにも仲が良い人が居たんだな。
「何で今まで黙って…」
「だって、聞かなかったでしょ。」
そんな質問、思い浮かぶはずないだろう!チラリとも考えたことなかったよ!
「それに、ケイともあんまり会わせて貰えなかったしね。僕いつも自力で会いに行ってたもんね。」
不貞腐れたように言う。
―――そう言えば、バージュラスの里のとき、一番に駆けつけてきたメシャルは黄色い髪だった。
「僕が、今更ヴェノスを庇うとでも思ってるのかな…。あんなヤツ。」
「…こんな言い方どうかとも思うけど、何かあったの?」
「もちろんさ。アイツが僕と仲良くなったのだって…ちゃーんと、理由があったんだから。」
理由があって近づいてきた。それって、友達なの?
「僕は友達だと思ってたけど、アイツは違ったんだ。」
啓の心の疑問には速やかに答えが返って来た。一瞬、心を読まれたかと思って焦る。
「僕達メシャルを手駒にしようとしたんだよね。」
―――!
「僕が1番、付け込みやすかったんだよ。ガキだったからさあ。」
また、自分は何て言ったら良いか分からない。こういう時って、何を言えば相手が1番喜ぶのだろうか。…喜ぶってのもおかしいな。
「アドリアーノ、あいつまだ僕のこと警戒してるんだよ。」
「そんなこと無い。心配してるんだよ。」
「なんで心配?」
「私と一緒に来るってことは、これからもヴェノスに会う可能性が高い。ヴィルジールは平気なの?」
「…また、操られかけるって言いたいわけ?」
「違う。」
「そうじゃん。心配って、そっちの心配?」
「違うって。」
「ご心配なく。僕はもうそんなにガキじゃない。人を信用したりもしないしね。」
「そういうこと言ってるんじゃないってば!」
啓の声が地下空間にワンワンと響いた。ざわざわしていた場がしんと静まり返る。
「このっ、わからずや!」
「わからずやで結構!だって何言ってんのかわかんねーもんね!」
「私が言ってるのは、会うたびにアンタが傷付くんじゃないかってことよ!昔のこと思い出して、そのたびに辛くなるんじゃないかってこと!辛いこと言われるのも、されるのも、慣れることなんかできないんだから!会うたびに傷ついてたら、やっていけるわけない!」
駆け寄ってきた小指王子が「あのぉ、ただの救世主様。」と言うが、それを黙殺する。
「しかも、人を信用したりしないって何それ!何?!私は信用されてないわけ?」
「……。」
「じゃあ、なんで私を助けたのよ?!何のため?アンタ、私のこと信用してないんでしょう?あんたの予想で行くと、この私が世界を元に戻せる日なんて来ないわよ!さっさと殺して次の方法探しなさいよ!…それとも何?私は代わりが利かないから、ミジンコよりも低い可能性にかけてもらえているのかしら?」
自分で言っていて泣けてくる。
―――なんだ、これ。
私の不安を暴露しているだけじゃないか。心のどこかで思ってたことを大公開してるだけじゃないか。周りは、私が『救世主だから』仕方なく、優しくしてくれてんじゃないの?って。
ああ、こんな子じゃ無理だなって思われてて、でも『この子しか居ないから』って皆、私のこと社交辞令で誉めたり、慰めたり、励ましたり、してんじゃないのって。
でも、どこかで私は信じてる。そんなはず無いって。
だから、不安になるたびにその考えを追い出すようにしてるんだ。人を信じないのって、なんか淋しいじゃないか。
本当はヴィルジールだって信じてるんじゃないのか。
「私は、皆に信じてもらえてるって思い込んでないと続けていけないから、そう思うようにしてるんだけど、今ちょっと傷付いたよ。」
「…ケイ」
「でもね、人を信じるのってやっぱり大切だと思うの。私だって時々疑いたくなるよ。でも、信じるようにしてる。裏切られることも、あるだろうけど、でも信じてないよりは信じてる方が幸せだから。」
「…。」
「信じることで、また前に進めるんだと思うよ。ヴィルジールはヴェノスに裏切られたかもしれないけど、だからって他の人が信用してくれてるのに、自分はそれを信じないのって、悲しいよね。また人を信じたら、今度はそれをちゃんと受け入れてもらえるかもしれないでしょ。」
本当に、話してて頭の中でどんどん脈絡が無くなって行くのはどうにかならないものだろうか。
そう思いつつ、これ以上脱線していかないうちに、と啓は口をつぐんだ。
「僕は…」
「あ、そうだ。答え聞き忘れてた。バージュラスの里で私を助けたのはどうして?1番に駆けつけてくれたのはどうして?」
「そ、れはケイが死んだら困ると思ったから。」
「…困る?」
啓の問いかけにヴィルジールは慌てて手を振った。
「そういう意味じゃないよ。救世主だから、とかじゃなくて…ケイとは…まだ、全然話してなかったし、会ったことも無かったし、というか、見たこともなかったし、死体で初対面は嫌だったし、それに」
早口で一気に話し、ふとヴィルジールは口をつぐんだ。困惑の表情を浮かべて啓から視線を逸らす。
「それに?」
「…ケイなら、僕のこと本当に信用してくれるかもって、…ちょっとだけ、期待してた、かも。」
「バッカじゃないの。」
啓はヴィルジールの額にデコピンを見舞った。
「初めから信用してる!だから、ヴィルジールも信じてよね。私のことも、もちろん他の人のこともね。」
「…うん。頑張ってみる。とりあえず、ケイの事は信じるよ。こんなに真剣に怒ってくれた人、初めてだから。」
啓はわしゃわしゃとヴィルジールの頭を撫でる。
「ぜーんぜん、信じてもらえてなかったのかと思って、ちょっと泣きそうだったよ。」
「僕だって、やっぱりケイも疑うのかと思ってガッカリしたんだからな。」
「それはヴィルジールの誤解。」
「まぁ…そうだけどさ。」
2人は視線を交える。どちらからとも無く微笑んだ。
喧嘩する前よりもずっと心が通った気がした啓だった。
□□□
窓をはめ続けている啓とヴィルジールの横で小指王子は延々と怒鳴ってはいけないと説教をしている。
「ですから、今ここは爆発のお陰で天井に穴が空いている状態なのですから、怒鳴り声は外にまで響くのです。」
「ごめんね、そこまで考えが及ばなくて。」
「僕たちバカだからさ。許してね、小指王子クン。」
「…なんでニコニコしているんですか!」
「えー?なんか嬉しくって。…それより、小指王子、ダメでしょ?怒鳴っちゃ。」
小指王子は脱力して溜め息を吐いた。
「ただの救世主様、話し合いが終わったのでそろそろ出発いたします。」
「…え?もう?」
「そりゃそうですよ。私はキャルリエにも会えましたし、無事を確認できてとりあえずは満足です。先行きは不安ですが、それならばさっさと空間師長のところへ行って私の国に戻れるようにしてもらわないといけませんし。」
意外と立ち直り早いな…。
啓はどこか燻っていたような気持ちが先程の喧嘩で少しマシになっていた。小指王子はそういう本音を吐き出していない。それなのにこの『やる気』のようなものはなんだ。
「未知なる物が私を待っています。」
―――……ナルホド。恐るべし、知的好奇心。
□□□
「本当に何もできなくてごめんなさい。温かいベッドぐらいあればよかったのですが…。」
キャルリエが頭を下げる。
「良いですよ。私たちもミランダに会えたり色々と収穫もありましたし。これから、頑張ってください。」
「はい。腕の見せ所です。」
幸なことに、この里の動物は生き残っていた。綺麗な毛並みのネズミ。
「ネズミ」と聞いて一瞬ひるんだ啓だったが、その姿を見るなり心が和んだ。
―――カーワイー。
「ネズミ」の印象がガラリと変わった。女の子だ。「ミミナ」という。
啓たちはミランダの乗っていったエレベータに乗り込む。ぎしぎしと軋んで、明らかに即席品だ。
その動く箱はエレベータのスピード制限など知ったこっちゃない、というような速さで地上に上がり、啓達を放り出した。
「イタタタ…」
―――お尻打った。
啓が立ち上がると、ミミナはもう進み始めていた。少し立ち止まり、どんくさい救世主様なんか知らないわ、というような視線を寄越す。
頑張らねば。
「ケイ、着地失敗!」
「言わなくても良いよ!」
また、厳しい山登りが始まる。
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