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雪山と小人と地下空間 中(6)




 「ケイ、こんな所で何やってんだ?」
 クライドが部屋に入ってくる。
 「ミランダ達を見送ってたの。」
 「なんだ、もう行ったのか。…相変わらず、節操ないやつだな。いっつもバタバタしてやがんの。」
 「仕方ないよ。…あぁ、そうだ。分身の取り込み方を教えてもらったよ。」
 クライドが何か言いかけて、言葉をつぐんだ。
 「空間師長の所に居るお爺さんに分身の魂を取り出してもらって、それを私が取り込むみたい。」
 「…ふーん。」
 「残ったクライドの体は、意識の無い状態で眠り続けるって言ってた。」
 啓はクライドの表情を窺う。
 ―――気持ちが良いことではない、よね。自分の体から魂取り出されるなんて…。イマイチ想像できないし。
 「どうかしたか?」
 啓の視線に気付いたクライドが尋ねた。
 「イヤじゃない?」
 「イヤ?なんで?そんなこと思ってねぇよ。たださ、体鈍るだろうなとは思う。」
 「本当にそれだけ?」
 クライドはハハッと笑った。
 「気にしすぎ。大丈夫だ。世界を元に戻せばまた帰って来れるんだろ?」
 「うん、それはそうなんだけど…。」
 「なら良い。…魂取り出してからは、俺の肉体から離れるわけだから、啓を守ってやれなくなる。それは心配だし、なんか淋しい気もするけどな。もう、直接会うことは二度とできなくなるんだから。」

 どくん、と心臓が脈打った。
 ―――そうだ。そうなんだ。
 もう、二度と会えなくなっちゃうんだ。
 一緒に遊んだり、トランプしたり、おんぶしてもらったり、全部できなくなるんだ。
 胸が締め付けられるような感覚。不安が大きくなって、もどかしいような変な気持ち。初めての異世界で、ずっと一緒に居てくれた人なのに。会えなくなる。途中、色んなメシャルに変わったけど、根本は今、目の前に居る青年なのだ。ずっとずっと守り続けてきてくれた。
 今も。

 でも、もうすぐ居なくなる。

 淋しい。

 「…こら、暗い顔すんな。時間が限られてるなら、なおさら楽しまなきゃな。」
 クライドがくしゃっといつもの様に啓の頭を撫で、パチンと指を鳴らした。周りで様々な色の煙が立ち上り、メシャル達が姿を現した。

 「大氷山でなら熱くないんだろ。だったらこれからはこれで行こうぜ。防寒のためのコートとかは、さっき貰ってきたからさ。」

 現れたメシャル達は「寒い寒い!」と叫び、クライドの持っているコートを奪って羽織る。
 「ぬっくぬくー。良いねコレ。特別製かな?」
 ヴィルジールが啓の側にやって来て尋ねる。初めの頃の敬語がすっかり抜け落ちている。しかしそれに啓は気楽さを覚えた。
 「うん。小指族の人たちが丁寧に1枚1枚作ってくれたんだよ。コレ1枚で寒さも全然平気なんだからすごいよね。」
 「手編み!」
 アンブローズが叫ぶ。
 「真心がこもってるんだね。」
 「出たよ。お年寄りが…。」
 「同じ歳だって言ってるのに。」
 ヴィルジールとアドはあまり波長が合わないらしい。
 ―――一気に賑やかになったな。
 ちらっとクライドを見るとにっこりと笑顔が返ってくる。
 そうだね。楽しまなきゃ損。
 「これからどうするんですか?」
 真面目な口ぶりで聞いてきたのは紫の色を司るメシャル、ディーターだ。
 「とりあえず、小指王子の気が済むまではここに居て、復興を手伝ってあげようかなって思うんだけど…私達が居た方が明らかに作業がはかどると思うの。大きさ的に。」
 紫の青年は顎に手を当てて、唸った。
 「えー、良いじゃん。もう十分手伝った。」
 「お前ら何もしてないだろ。」
 アンブローズの言葉にクライドがつっこむ。
 「僕もアンブローズに賛成。ケイ、もうちょっと時間気にした方が良いよ?それにこんな何も無い所暇だしー。」
 「ヴィルジール…子供じゃないんだから。ケイは小指王子が傷心中だからもう少しココに居て傷を癒した方が良いって言ってるんだよ。」
 「たらたらしてたら死人が増えるよ。」
 「嫌な言い方だなぁ…。」
 メシャル達は大方、すぐに出発したい意見のようだ。啓は部屋の隅でしゃがみこんでいる青年に気がついた。
 「…ドニ?」
 瞳を潤ませ、顔に喜びを称えて青年が振り返った。
 「ケイ、やっぱり気付いてくれると思った…。このまま、誰にも気付かれずに終わったらどうしようかと思ってたんだ。ほら、僕ってあんまり存在感ないからさ。」
 自分で言ってて悲しくなるよと、かつて背中に痣を作った哀れな青年は目頭を押さえた。
 ―――そう言えば、こういう性格だったな。
 「出た!泣き虫!」
 ヴィルジールが一刀両断。
 「一生隅っこに居れば良いんだよ。隅っこがお似合いなんだよ。」
 とはアンブローズの言である。
 「ひっ酷いじゃないかぁ!…アンブローズ、第1中継所のとき、僕が君をさすってあげてたんだよ!忘れたの?!」
 「途中で気絶したお前が穴に落ちるのを押さえてやったのは俺だぞ?!しかも力弱すぎてかえって冷たかったんだよ。お前の手!」
 ―――2人とも気絶しただけだろう。偶然折り重なったんじゃないのか?
 「知らないよ!なんのことだよ!僕は気付いたら背中に痣作って一人ぼっちで小さい奴らに取り囲まれてたんだからな!」
 啓の隣でヴィルジールが「始まったね。」と言い、クライドが溜め息を吐き、アドが苦笑して、ディーターが首を振った。ミッキーは我関せず、である。
 「あの2人は放っておいて、話し進めますか。」
 ディーターの提案に啓を含めた5人は頷いた。

 □□□

 「ダーメダメ、そんな甘いこと言ってちゃあ。」
 ヴィルジールが啓の頬をつまんでぐにーっと伸ばした。
 「ケイは優しすぎるよ。」
 啓はヴィルジールの額にデコピンをかまし、指を頬から離させると考え込んだ。
 ―――でも、小指王子はかなりショッキングだったはずだ。私だって未だに氷付けになった重役の人達の表情が忘れられない。だからせめて、無事だった妹さんと楽しく時を過ごさせてあげたい。
 黙り込む啓を見てディーターが言葉を発した。
 「ケイの気持ちもわかりますが、この第3中継所は今までの所とは違って設備もへったくれも無い状態ですし、長居するとそれなりの体力を消耗することになると思います。」
 最もな発言に啓は胸を押さえた。
 ―――確かに…。ここじゃしっかり休むことなどできそうに無い。
 「言われてみればそうだね。だけど、確認しなくちゃならないこともあるんじゃない?」
 アドがそう言った。
 「確認?」
 「そう。第2中継所から届けられた手紙はどうなってたのかとか、テンキチを傷付けた理由とか。」
 すっかり頭から抜け落ちていたことであった。
 「まぁ、それは大方、反対勢力の仕業だと思うけどな。」
 クライドの言葉に全員が頷く。
 「あの女王様に聞いてもきっとわかんないよ。ってか、ここに案内役の動物居るのかなー…。居なかったら僕達これからどうやって第4中継所に行くのさ?」
 ヴィルジールの疑問に全員が沈黙した。

 「痛い!いったー!叩いたな!」
 「おぉ、叩いたぞ!なんか文句あんのか?!」
 「大有りだよ!次やったらやりかえすからな!」
 即座に鈍い音が聞こえる。
 「やっ…やったなぁ!」

 ―――何歳児のケンカだよ…。
 啓は聞いているだけで疲れてくる気がした。それは他のメシャル達も同様だったようで、それまで黙っていたミッキーが立ち上がって二人の間に割って入った。
 クライドもやれやれとばかりに立ち上がり、アンブローズとドニに近づくと、彼らの姿がふっと消えた。
 「騒がしいったらありゃしねぇ。」
 「やっと静かになった。」
 2人が戻ってきてどっかりと腰を下ろす。
 「クライド、全員を出すのはあんまりお勧めしない。」
 ミッキーが呟くように言った。クライドも頷く。
 「あぁ。賑やかになって良いかと思ったんだが、ありゃダメだな。」
 「あの2人、個人で会ったらもう少しマシなのにね。」
 アドの発言にヴィルジールが珍しく同意する。
 「あの2人は司る色が近すぎるせいで余計に反発しあっちゃうんだろうけどさぁ、同属嫌悪ってやつ?もうちょっと自重しなよって感じだよね。」
 「あの2人は同属じゃないだろう。」
 「何気に酷いね、ディーター。」
 ヴィルジールが笑う。
 「とにかく、小指王子と王女と直接に話さないことには何も決められないな。」
 「それか、最後の手段として小指王子を置いていくって手もあるね。」
 ヴィルジールが何気なく言った言葉は啓の心に残った。

 □□□

 「…え?手紙、ですか?」
 キャルリエは首を傾げた。アドとミッキーはてきぱきと板を組み立てている。

 それまでの話し合いで小指の里を即急に作り直すということに決まった。空間師が来た時の宿についてはもう少し落ち着いてから立てるらしい。
 啓はキャルリエの話を聞き終えたら出発する事にしていた。

 「ずいぶん長い間何も届いておりませんが…。」
 小指王子が溜め息を吐く。
 「キャルリエ、そんなはずは無いんだよ。ここ数ヶ月の手紙は第2中継所で差し止められていたから届いていないのは分かるが、それ以前だって第1中継所からは十数枚の手紙を送ったはずだ。それに、第2中継所はそれを君達が受け取った感じがある、と言っていたぞ。テンキチが小指族以外に手紙を渡すとも思えない。」
 「いいえ、届いておりません。最後の手紙は確か…ガンダリ族の長の訃報だったと記憶しております。」
 「それ、半年以上の前の話だよ。…やっぱり知らないじゃん。僕が言った通り!」
 ヴィルジールが誇らしげに言い放った。
 「反対勢力の者達は重役達を外に氷付けにしていてもなんとも思わないような状態。手紙をテンキチから受け取って、そのまま処分したとも考えられる。」  ディーターの言葉に女王は項垂れて頷いた。
 「その間の情報はやはりヴェノスに…?」
 「だろうな。んじゃ、こっちは知らないか?テンキチが傷ついて第2中継所に帰ったことがある。誰がやった、とか。」
 女王は顔を上げて眉根を寄せた。
 「そんなことをする者は居ません。」
 「居たんじゃんか。だから事件は起こったんだよ?まったくこれだから…」
 クライドがヴィルジールを小突いた。
 「お前、向こう行って作業しとけ。」
 ヴィルジールはあからさまに不満の表情を現す。
 「なんでさ。僕、間違ったこと言ってないもーん。」
 「お前の口からはどんな言葉が飛び出るかわかんねー。」
 「…何それ?どういう意味?」
 「冷たいんだよ。お前は。」
 「へっ、冷たいぐらいがこの女王様にはちょうど良いんじゃないの?どうせ、これから風当たりも強くなるだろうしさ。慣れだよ、慣れ。」
 「またお前はそうやってすぐに不安を煽るようなこと言う…」
 ヴィルジールがベーっと舌を出した。
 「話すだけ時間の無駄だって言ってんのにさ。…わかったよ。どっか行ってれば良いんでしょ。」
 すっくと立ち上がると啓の腕を掴んで立ち上がらせる。
 「さあ、行こうか。」
 「なんでだよ?!ケイは立場上、話聞かなきゃならねーだろ!」
 「クライドがケイの分まで聞いてれば良いでしょ。どうせ収穫なんか、ありゃしないんだからさ。」
 強い力で腕を引かれ、ケイはよろめく。
 「…ヴィルジール…?」
 満面の笑みが返ってくる。
 「行こう。ケイも暇でしょ。」



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