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懐かしい顔だった。こんがり焼けた肌。おそろしくこの雪景色に不似合いだ。側にはびっくりした表情の少年が立っている。
「ミランダ?」
啓に呼ばれた青年は頷いた。
「よっ、久しぶり。」
力なく笑った。その手にはスコップが握られている。
「なんか声がしたからさ、様子見に来たんだ。よくここまで来たな。」
「啓かー、久しぶりやな!」
手を振る少年も両手に花を持っていた。その笑顔にも元気は無い。空元気見え見えだ。
「シャル…ミランダ、これ…」
啓は呟き、ポロポロと涙が溢れ出した。
「どうしてっ、これ…やっぱ、り、ヴェノス?」
あちゃー、とシャルが額を押さえ、駆け寄ると「ごめんな、ごめんな。泣かんとって。」と必至に啓を慰める。
「そうだよ。他のところのヴェノスの術解くのに必死で気付くの遅れた。ごめん。」
「遅すぎるよ!」
啓は悲鳴にも似た声を上げた。
「啓、でも助けられる奴らは助けたんやで。操られとった奴らが自殺してもうて、せやから…ごめんな…。でも、大丈夫やった奴らはちゃんと安全な所に非難させてるから。会えるで。」
以前の威勢が全く無くなっているシャルは俯いて呟いた。それに反応したのは今まで黙っていた小指王子だ。
「生存者がいるのですか?!」
ミランダが小指王子の存在に気付き、気まずそうに視線を逸らすと頷いた。
「もちろん、居るさ。遅れたって言っても、ちょっとの差だ。アイツが術を作動させて操られた奴らがその辺の雪にしかけた爆弾で雪崩起こしてな…その直後だよ。駆けつけたのは。催眠術解こうとしたんだが、抵抗して…火ぃ点けやがった。」
それから、自殺したよ。そうミランダは言葉を結んで小指王子をそっと見た。
「…生存者が居る…良かった…。」
「一番奥の空間で埋葬作業をしてる。」
ミッキーがそっとクライドの中に戻った。
「久しぶりだな、ミランダ。」
「あぁ。お前が啓の護衛やってくれてるのか。ありがたいな。」
クライドは一瞬「?」という顔をし、それからはっとしてミランダに言った。
「それだよ。俺が分身の1人だ。」
小指王子が奥に向かって駆け出した。啓も慌てて後を追う。クライドとミランダも後に続いた。
「なんで、取り込んでないねん。熱いやんか。」
信じられない、というようにシャルが呟く。クライドはそんな少年を軽く睨んだ。
「啓は取り込み方、知らないんだよ。お前ら、教えてやらなかったろ。」
その言葉にミランダとシャルは視線を合わせた。
□□□
「キャルリエ!」
叫んで小指王子が奥の部屋に飛び込んだ。盛り上がった土の上に花を添えていた女性がハッと顔を上げる。
「兄さま!どうしてここに?!」
「ここの噂が第1中継所まで来たんだよ。救世主様にくっ付いてやってきたのさ。無事で良かった…!」
小指王子が初めて涙を流した。そのまま崩れ落ちておいおいと泣き出す。啓は少し慌てた。
「ちょっと、小指王子…!」
しかし小指王子は「良かった…良かった…」と泣き叫んでいる。キャルリエ、という彼の妹が困ったように微笑んで、兄の背を撫でた。
「ご心配おかけして申し訳有りません、兄様。私は大丈夫です。ただ、女の私が国を治めることに反対していた人たちが操られてしまったようで…。」
亡くなられてしまいました、と呟いてキャルリエは目元を押さえた。
「やはり、私では力不足なのでしょうか。皆、見殺しに…」
今度は彼女までもがワンワンと泣き出す始末だ。するとつられたように、その場にいた小指族の者達もが泣き出した。
―――…どうしよう。
啓は頭を抱えたくなった。
「とにかく、小指王子もキャルリエさんも泣くのやめて、今は亡くなった方たちを休ませて上げよう。」
そう言ってポケットから地上で氷付けになっていた小指族の人たちを啓は取り出した。クライドもポケットから取り出す。
それを見てキャルリエは驚いたように目を瞠った。
「この者達は…!」
スンスン、と鼻を鳴らしながら小指王子が答えた。
「地上でっ…見つけたんだ…!」
「重役達です。反対派が時折過激な行動に出ることがあったので、見張らせていました。この騒ぎで行方不明になった者を満足に探すこともできず…申し訳ない…。」
キャルリエは1人1人の頬に手を当てて、ぽたぽたと涙を落とした。
「申し訳ない…このような女王で…。」
そして、周りのものと協力して掘ってあった穴に重役達を運び込み、土をかぶせた。
涙が入り混じって湿った土は、それだけで何か神聖な物に思えた。キャルリエはシャルから数本の花を受け取ると、その墓前に沿えた。
―――シャルの花、だ…。
啓は実物をはじめて見た。以前、絵で見た通り1枚1枚の花びらの色形が違う。その色はメシャル達の髪の色に酷似していた。
□□□
一通りの埋葬作業が完了した。啓達も手伝ったお陰で国自体もずいぶんと綺麗になっている。
しかし、何も無かった。
家も公園も、何もかも。更地である。
その景色を見て浮かんできた涙を必至に堪えている啓にミランダが声をかけてきた。
「啓、こんな時になんだが、取り込み方を教える。こっち来い。」
案内された場所はもちろん何もない空間だった。
「…ごめん、その取り込み方も教えてなくて…急いでたからって、言い訳だけどな。」
啓は溜め息を吐いた。
「本当に困った。熱いし、吐くし、倒れるし、クライドにも他のメシャルにも全然近づけなくて…。辛かった。この熱、温度を低くしたりできないの?」
シャルが困ったように答える。
「最初の設定は変えられん。」
はぁ、と啓は溜め息を漏らす。
「これじゃあ、足とかに取り込む人たちの時、私歩けなくなっちゃうかもしれない。そんなことになったらどうしたら良いのか、わからないよ…。」
足に取り込む人は2人も居るのに…!
「でもな、啓の体に元々無い物を強制的に作り出したわけやから、かなり反動はあるねん。それはしゃーないねん。こんな言い方したら元も子もないんやろうけどさ。どうしょーもない。」
啓は目を伏せた。
―――どうしようもない…。
「ただな、取り込んだらその熱は消える。しかも、取り込んだヤツの能力が使えるようになるんだぞ。自分の体を一時的に譲ることもできるし。」
ミランダの言葉に啓は首を傾げた。
「例えばクライドを取り込む。そうすると…たぶんお前は7人に分身できるようになる。」
「…へ?」
「お前に備わる能力までは俺の予想だけどな。クライドの代表的能力って言ったら『分身』だろ?」
啓は頷いた。
「たぶん、その能力をお前も使えるようになるよ。その他に、どうしてもお前じゃ手におえない時、これから有るかもしれない。そんな時、クライドに自分の体の全権をゆだねることができるんだ。」
啓は呆気に取られた。
―――最初のとき、そんな説明全然してくれなかったじゃないか。
と言うか、その能力があったら楽々で色々な事件、解決できたんじゃないか。
「けどな、ちょっと考えが足りなくてさ。」
「?」
ミランダとシャルは「「なー。」」と声を揃えた。無性に気に障る。彼らの行動の一つ一つに苛立ちを覚える。
「そんなに上手くいかないんだな、現実ってさ。どう考えてもお前の体の中にクライドを詰め込むなんて無理だろ。」
私の中に、クライドを詰め込む…?コイツら、そんなグロテスクなこと考えてたの?
「そんなこと、無理に決まってるでしょうが!」
だよねー、とミランダが頷く。
「んでさ、どうやら魂をね、取り込めるようになってるみたいなワケ。」
「魂…?」
「魂はな、ピースを形作る物としてすっげー重要なの。必需品なの。ってか糊みたいなもんなの。接着剤?」
「はぁ。」
「ピース=魂って言っても良いぐらい。だからな、ピース集めに支障はない。良かった。」
「うん?」
何を勝手に安心している?
「結局取り込むためにはさ、クライドから魂を引きずり出さにゃならん訳。あ、クライドは完全なピースだから魂抜いても体がこの世界にあればパズルに支障は無い。その辺のことは心配するな。けどそれをできる人がこれまた面倒でね。」
また面倒事か。いい加減にしろ。ほとんど理解できないぞ。
しかし口を挟む暇も無く話は続く。
「空間師長に秘書が居るんだけどね。その爺さんなの。その能力持ってるのは。…覚えてるか?前パズルの映像見せた時に俺の後ろに一瞬だけ出てた人。」
…あぁ思いだした。
「私が誰?って聞いた人?」
でも棒人間だったから顔は知らないんだけど。
「まぁ、空間師長の家の中なら完全に安全だし、魂出しても問題ないんだけどね。如何せん、そこまでの道程がさ…大変なんだ。」
「でも、元々行かなくちゃならない所だし…。」
ミランダは頷く。
「ま、そうなんだけどな。だから、空間師長の所に着いたらまず秘書の爺さんに魂を引きずり出してもらって、それを取り込むんだ。」
「待って待って、クライドは魂出した後どうなるの?」
「…もぬけの殻状態。意識が無くなる。生きてるけど。ずっと眠った状態だ。」
「それって、もし私が途中で死んだりしたらどうなるの?」
「そのまま永眠。つまりは道連れだ。」
すっごい、責任重大…。
「せやから、分身を見つけてすぐ取り込むってことはできひんねん。オッケー?」
啓は頷いた。
分身を見つけ、その人と一緒に師長の家に行くことが必要なのだろう。
「俺からも師長には説明しとくからさ。心配すんなな。」
「…え?もしかしてもう行くの?一緒に行かないの?」
ミランダはパンと両手を合わせて謝った。
「ごめん、先に行く。」
―――そうか…。けど、仕方ないな。
「頑張って、1人でも多くヴェノスから人を助けてあげてね。さっさとヴェノスとっ捕まえてね。」
「あぁ。」
「…歩いていくの?」
「いや、バイクで。大氷山じゃ能力使えないし、パズルにも行けねーから。」
「バイク余ってない?」
「啓に会うなんか思ってなかったから用意して無い。あ、でもちょっと待て。」
ミランダはごそごそと鞄の中を漁る。
「んー…あぁ、あったあった。ジャジャーン!」
「ミラーボール?」
「に見えるだろ?これ、暗い所で光るんだ。夜でも先に進めるようになるぞ。途中の中継所にはもうすぐ啓が来るって伝えとくからな。」
得意げにミランダはそう言うと、疲れた顔でそれでも笑った。啓にはそれが精一杯明るく振舞っているとわかっていたけれど。
―――イライラしてちゃダメだな。ミランダたちがきっと1番辛いんだから。
「シャルもミランダもありがとう。」
「?」
「体、強くしてくれたり、言葉も通じるし文字も読めるし、それに、行く所行く所、みんな私のこと知ってた。ミランダが言ってくれたんだよね。だからみんな協力してくれたんだ。私がここまで来れたのは、ミランダのお陰。だから、ありがとう。」
「それぐらい、当たり前だろ。こっちこそ感謝だよ。こんな嫌な役引き受けてくれてさ。」
「それに、体強くしたりってのはぁ、俺が個人的に啓のこと気に入ったから勝手にしたことや。礼を言われる筋合い無い。」
2人はニッと笑った。なんだかそっくりに見えた。ミランダが後ろの扉を開く。
「これエレベーター。地上に出れる。」
2人は乗り込む。
「じゃーな。今度はもっとマシな所で会おうぜ。分身たちによろしく!」
「うん。気をつけてね。」
扉がパタンと閉まった。
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