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「救世主様!おはよう御座いますー!」
「…ん」
「朝食の準備ができましたよ!」
―――小指王子?
目をこすりこすり起き上がると、ずらりと並ぶ朝食の数々。その横に誇らしげに女性コックが立っていた。
「さぁさ、起きてくださいね。どれから召し上がります?」
「あ、じゃあこのスープから頂こうかな。」
啓がおいしそうな黄色いスープを手に取った。
「そのスープはずっと前にいらっしゃった空間師様のお土産を取っておいたものなんです。とても癖のある匂いを放つんですが、この国で取れるある物と混ぜ合わせると匂いが取れることに気がついたんです。何だと思います?」
「…これ?この紫色の上に乗せられている植物。」
「正解!その植物はですね…」
女性コックの弾丸トークは啓が食べ終わるまで続いた。
「…寝起きにいきなりあれだけの量を食べさせられるとは…お腹いっぱい。もう当分何も食べられない。…それにしても、小指王子、どこいったんだろ。」
―――昨日着いてすぐに第2王子に会いに行ったみたいだけど…。
「さすがに帰ってきてるでしょ。」
一晩中話し込むなんて事はしないと思うけど…。
啓の肩に座りっぱなしだったと言っても、少しは疲れるはずなのだ。吹雪に打たれていたのだから。ヴェノスに会って精神的にも疲れただろうし。
「探しに行くか。」
□□□
へぇ…すごく明るい…。
第1中継所よりも明るい。外も太陽の光に照らされているかのような明るさだ。啓は外に出て、上を見上げて仰天した。
「た、たたた太陽がある…!」
どうりで明るいはずだ。しかしなぜ太陽があるんだろう。地下だ。ここは間違いなく地下のはずだ。
「そういえば…地上の避難所もかなり高度な技術だったよねぇ…まるで地球みたいな。」
あの太陽もそれと関係があるのかな。
「中継所はみんな同じ、って訳じゃないんだなぁ。」
啓がぽかぽかと温まった体を心地よく感じていると、遠くからどこかで聞いたことのある叫び声が聞こえた。
「ひゃっほーい!」
ものすごい速さで啓の足元を何かが通り過ぎた。
―――?
振り返って、よくよく見るとスケボーのような物、というかスケボーに小さな人間が乗っている。そしてその人間は小指王子だった。ザザッと音を立ててスケボーは動きを止めた。
「ただの救世主様!おはよう御座います!」
「うん、おはよう。…それ、どうしたの?」
啓の指差したスケボーを手にした小指王子は誇らしげに胸を張った。
「これはですね、この第2中継所が空間師の方から貰った「スケボート」という物です。良いですよねぇ。僕の所では空間師の方、何もくれないのに…。」
「……。」
ちょっぴり俯いた小指王子の姿がなんだか痛ましかった。
「小指王…」
「しかしですね!」
啓の声を遮る。その腕はバッチリガッツポーズである。
「私はこの技術をしっかりとこの優秀な頭に刻み付けました。材料も手軽な物ばかりですので、コンでも集められます。ということは、わが国に「スケボート」を始めてもたらす存在が私と言うことになります。これってすばらしい名誉です。」
その表情はなんだか嬉しそうである。
―――なんだ、心配して損した。
「そんなことより、朝ご飯は食べたの?」
「もちろんですとも!朝一番に第2王子の所で頂きました。いやぁ、実においしかったですな。その後このスケボートの乗り方を直々に教えてもらったのです。親切親切。」
そして眩しそうに小指王子は上を見上げた。
「あの人口太陽、という物もすごいと思いませんか?あれほどまばゆく光り、これほどの熱を与えてくれる。すばらしい。我が国にも1つ欲しいぐらいです。だからといって盗むわけにはいきませんから我慢ですが…。」
この眩しさにはまだちょっと慣れませんな、と言いながら小指王子が啓の周りをスケボートでグルグルと回る。
「わかったわかった。スケボートがすごいのはよく分かった。それより、第3中継所のことは何か聞けたの?」
「はい!もちろんで御座います。ここではなんですのであそこのベンチに座りましょう。」
□□□
スケボートを乗り回す小指王子の後について啓はベンチの所に行き、腰掛けた。啓の肩に小指王子も腰掛ける。
「どうやら、ココでは第3中継所は八割方、怪しいと思っているようです。」
「八割方…それってほとんどじゃない。」
「そうです。ほとんど確実にヴェノスに操られているということでありましょう。」
小指王子が声のトーンを落とした。
「情報が漏れないように、イタチ…テンキチと言う名前らしいです。そのテンキチが怪我して帰ってきてからは伝言は伝えていないと、おっしゃっていました。」
「それが賢明だね…。」
「そしてですね、その伝言を預かってまいりました。ずいぶん前に第1中継所から送られた物まであって少々驚きましたが。」
「ふぅん。」
「私達で責任を持って送り届けましょう。」
―――あぁ、そういうことか。なるほど。それは良い考えだ。
ぴりっと額に熱を感じた。
「クライドが近くまで来てる…かな?」
啓が振り返ると少し離れたところにクライドの姿が見えた。きょろきょろしている所から見るに、どうやら啓を探しているらしい。
「クライドー!こっちこっち!」
青年は足を止めて少し見回し、啓に手を振った。それから駆け寄ってくる。
「探したぞ。部屋行ったら居なかったからさ。」
「ごめんごめん、私も小指王子を探しに外出てたの。」
「見つかったみたいだな。」
「うん。」
「おはよう御座います!クライド様!」
「おはよーさん。で、お前ら体調はどうだ?」
「んー…ちょっと厳しいかも。出発明日でも良い?」
「俺もさすがに足にキテてさ。雪の上を歩くのは慣れてないからな。無駄に体力も消耗したし。」
クライドが緑の芝生に寝そべる。
「あー…気持ちイイー…。ココは言いな。太陽もあるし。」
「昨日小指王子がこの第2中継所の王子と話してくれたんだけどね、ヴェノスが第3中継所になんかしたってのは、ほとんど確実みたい。」
「…マジでか。」
「大マジです。」
小指王子が答える。クライドが寝返りを打ち、小指王子を見つめた。
「お前さ、第3中継所に拘ってたよな。なんでだ?」
不意打ちも不意打ち。何の前触れも無い。
―――もうちょっとムード作ってからでも良さそうな物なのに…。どうしてこう、単刀直入にしか聞けないんだろうなぁ・・・。
啓は内心で溜め息をは気ながら小指王子に視線を移した。
「……はぁ。やはり気付いておられましたか。」
「そりゃあな。」
「実はですね、第3中継所は王子ではなく王女が治めていまして、それが私の妹なんですよ。」
予想をはるかに上回った答えだった。尋ねた張本人のクライドもなんと答えてよいか分からずに固まっている。
それは啓も同じだ。小指王子は笑顔を浮かべ、頭を掻きながら続けた。
「仕方の無いやつですねぇ。つまりはアイツがヴェノスに操られてしまったということです。申し分けない限りです。しかし、この兄の手でしっかり成敗してしんぜましょう。」
小指王子が啓の肩の上で立ち上がり、力こぶを作った。
「…あー、無理すんな。まだお前の妹が操られてるって決まったわけじゃねーし。な?」
クライドが啓の肩から小指王子を持ち上げて自分の肩に乗せる。
「無理なんかしていませんよ。」
「妹を成敗するなんか、できるわけ無い。やりたいわけ無いだろ。」
「私たちに任せて。大丈夫。誰が操られてても元に戻してあげる。」
小指王子が長い沈黙の末、少し潤んだような目で啓達を見上げた。
「…実は少々辛かったり、しております。」
「うん。」
「心配で、夜、眠れなかったり、しております。」
「うん。」
「確かめたいと思いつつも、怖かったり、しております。」
「うん。」
「できることは全て致しますゆえ、よろしくお願い致します。」
「わかってるよ。…でもね、小指王子。1つだけわかってて欲しいことがあるの。」
「?」
「私達は操られている人を元に戻してあげることはできるけど、時間を戻すことはできない。国がどんなに酷い有様になってても治してあげることはできない。それは、催眠術から解放された人たちがやらなくちゃならない。」
小指王子は微笑んだ。
「なんだ、そのようなことですか。わかっております。時間を戻すとか、そんな万能な方はこの世に居りませぬよ。しっかり第1中継所からもサポートをしようと思っております。」
「うん。頑張ろうね。」
「本当に…ありがとう御座います。」
第1小指王国の国王はその場に深く頭を下げた。
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