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頭上ではまだ激しい地鳴りが続いている。
「それにしてもココはなんなんですか?どこに繋がっている訳でもないでしょう。狭いし。」
アドリアーノがすっかり打ち解けた3人の小指族に尋ねる。
「ここは緊急避難用の穴です。僕たち第2小指王国ではイタチを飼っているんですけど、それが動き回るの大好きで…たまに外に出してやったら雪崩にあったという被害が過去に何回もあったんですよ…。マヌケ一族扱いされて、たまったもんじゃありません。だからこうしてもう1つ穴が作られたんです。」
この穴は小指族でも開閉できるんですよ。と自慢気に続けた。
「この辺まで来る雪崩は、もう大きさが半端じゃないでしょう。だから空間師の方も時々巻き込まれてしまって…そのために大きさもこんなにビッグにしてみました。」
「はぁ。助かったね、本当に。」
啓のポケットからデールが顔を出す。
「旗が赤かったのはその為か?」
3人はきょとんとしてデールを見上げた。
「どなたですか?」
「第1小指王国の王子様だよ。」
アドがのんびりと答える。
「…まぁ!デール様!遠い所をようこそお出で下さいました。きっと第2王子も喜ばれます。」
啓が尋ねた。
「ねぇ、小指王子。名前、デールって言うの?」
「はい、そうで御座います。しかしあまり好きではないので呼び方は小指王子のままでよろしくお願い致します。」
「ふーん。」
3人の中の1人が思い出したように答えた。
「あ、先ほどデール様がおっしゃった通りで、緊急避難用なので経っている旗の色が赤かったんですよ。目立つでしょう。」
「フム、良い考えだな。参考にさせてもらう。」
小指サイズのメモ用紙に書き込んでいる。
「ところで、君たちはなんていう名前なの?」
「私たちは兄弟なんです。左から『ペン』『ポン』そして私、『パン』で御座います。」
「いつもまとめて『ペンポンパン』と呼ばれてます。1人の時もそう呼ばれます。」
「私たちはこの緊急避難口の守役で今日ここに居ます。そうしたら、コンが来たので、何事かと思いまして見に行くと…。」
「救世主様たちが熊と戦っていらっしゃるのが見えました。」
「雪崩は近づいてるしー、黒い方ともお話が終わらないようですし、どうしようかと思っていたんですよ。」
「だから、とりあえず、赤い旗を振ってみました!目立つかなと思って…。」
「―――ありがとう。お陰で本当に助かった。命拾いしたよ…。あの時赤い旗が目に入ったのはペンポンパンが振ってくれてたからなんだね。」
啓がお礼を言う。3人は照れたように頭を掻いてお互いに視線を交し合った。
「ここの旗は、小指族でも振れるんです。」
「このボタンを押すと、旗が触れます。こっちのボタンを押すと、扉が開きます。」
「もう大丈夫でしょう。開けますね。」
機械的な音をたてて扉が開いた。
「空間師の方が作ってくれたんですー。このボタンとか。」
―――そうとう暇なヤツだな。
「晴れてるねぇ。」
吹雪が止んで、雪崩もすっかり収まった地上は気持ちが良いほどに晴れ渡っていた。数分前の状況がウソのようだ。
「そうね。じゃあ、出発しようか。」
「これぐらい晴れていたら第2中継所の旗が見えると思いますよ。」
ペンポンパンが啓の肩まで登ってきて辺りを見回す。
「あれです。あの青い旗!見えました?」
「あぁ。…随分近いな。」
「それが小指族には壮大な距離なのです。」
デールが呟いた。
「ですよねー。」
ぺンポンパンも同意を示す。
「晴れてる内にさっさと行くぞ。」
いつのまにかアドが姿を消し、クライドが復活を遂げていた。
「もう平気?」
「雪崩は終わっただろ。」
「まぁね。」
3人の守番とお別れして、啓たちは第2小指王国への穴に飛び込んだ。
□□□
「あーもう、クタクタ。」
「さぁさ、救世主様。こちらへ。」
啓は腕を上げるのも面倒に感じ、されるがまま状態だ。クライドは村に着くなり、雪崩の心配はないか尋ねていた。かなりのトラウマになったようだ。
服を脱がされ、新しい者を着る。体を拭いてもらい、髪を乾かしてもらって完成だ。
「すいません、なにからなにまでー…でもちょっと、ありがたいかも。」
「そうでしょうそうでしょう。ペンポンパンから熊と戦っていたと言う連絡が入っていますよ。勇敢ですねぇ。…それにしても物騒な山になってきてしまいました。」
「元々、厄介な山ですしね―…」
小指族のおばさんは朗らかに笑った。
「救世主様にとってはそうですよね。でも私たち小指一族には暮らしやすい所でした。地上では何もできませんけど、地下ではけっこうなんでもできるんですよ。」
お部屋に着きましたよ、と言われて中に入る。
「天蓋付きベッド!」
啓は思わず呟いた。
「はいー。お気に召すかと思いまして。救世主様は女性だと聞いていたので。」
「すごいなぁー。初めて見たよ。ありがとう。」
「では、私はこれで失礼しますね。ゆっくりと休んでください。」
小指サイズの扉がパタン、と閉まった。
「…寝よう。」
啓はもぞもぞとベッドに潜り込み、布団を被った。
「ちょっとお待ちください。ただの救世主様。」
もぞもぞとポケットから何かが這い出てくる。
「…ん、小指王子?」
「はい、私は第2王子と話があるのでこれで失礼しても良いですか?」
「うん、良いよ。好きにして。おやすみ。」
□□□
―――眠ってしまわれた。
「やはり、人間にも大氷山は険しいものなのだな…。」
デールは大して疲れて居なかった。当然のことながら。
「それでも第1中継所から第2中継所までたった1日半。大したものだ。」
小指サイズの扉から外に出る。辺りを見回した。
「大まかな造りは僕の国と同じだな。」
その時、王子の横を結構な速さで何かが通り過ぎた。
「なんだ、あれは?」
小指族だな。板切れに乗って走っている…!
「噂だけではマヌケな国だが実物を見るとやはり、違うなぁ。僕の国よりも随分と進んでいる。」
―――第2王子はどこに居るのだろう?キャルリエのことを聞かねばならない。
「あの、すいません。」
「はい?」
「王子はどこに居るかわかりますか?」
「あぁ、王子ならいつもの所ですよ。」
―――いつもの所?
「あの、いつもの所と言うのは?」
「やぁだぁ!何を言っていらっしゃるんですか!いつもの所ですよ。」
「…はぁ。」
それ以上尋ねるのもどうかと思ったので、お礼を言って引き下がった。
「いつもの所とはどこだろう…?」
それにしても、国民全員が「いつもの所」と言われて理解するのだろうか?だとしたらこの国の王子はかなり国民に親しまれている。
「僕もかなり親しい方だと思っていたけど、敵わないかもしれないな。」
テクテクと歩を進める。来客用の家を出て小指の住宅街に行ってみることにした。
「フム、国民の様子は僕の町と大差無し。建物も変わったものは見当たらないな。…やはりあの緊急避難口は僕の国も設置すべきだよなぁ。」
通り過ぎた子供を呼び止めて、王子の場所を尋ねた。
「知らないの?ガーデンに居るよ。」
「ガーデン…案内してくれるかい?」
「良いよ!こっちこっち!」
―――ふむ、小指の子供はやはりどこの子も親切である、と。
「あそこに居るよ!」
「ありがとう。」
「じゃあね!」
親切な子供は手を振って去っていった。
「あの、ジョーロを手にガーデンを散策しているのが第2王子か…。癒し、とメモしておこう。」
デールはメモ用紙をしまうとガーデンに踏み込んだ。
「はじめまして。第2王子。」
声を掛けると男は振り返った。
―――癒し顔だな。
「はじめまして。」
微笑んで返事をしてくる辺り、緊張感がなさすぎるだろう。
「第1中継所から着ました、第1王子のデールです。」
「…えぇ?!」
驚いてジョーロを傾けたまま固まっている。
「水、やり過ぎでは?」
「遠路はるばるようこそいらっしゃいました!あぁ、嬉しい。何てことだ、なんの準備もしていないんですよ。」
「いえ、結構ですよ。私は、た…救世主様たちについて来たのです。ですから寝所もそこで。」
「そうですか?申し訳ありません…。」
「それより、聞きたいことがあって私は来たのです。」
「どうぞ。なんでもお尋ねください。答えられる限りお答えいたします。」
じゃあ、まず初めに…と言ったデールの横を再び超スピードで横切る物体。
「あの走る板切れについて聞かせてもらえますか。あれはどういった原理で?」
王子は好奇心に勝てなかったのであった。
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