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雪山と小人と地下空間 上(5)





 ―――『この目で確かめたいのです。』 か。

 啓は自室にでベッドに寝そべり、考え込んでいた。
 危険、だよね。それに傷付くかもしれない。というか、王子だろう?連れて行って良いものか…。
 この事件は放置できない。何も起こっていないのならばそれは全然OKだ。しかし何か起きていた場合が困る。実情を王子が見ればこれから対策を立てる手助けになるかもしれない。同じ小指族だから通じ合う所もあるだろうし。何よりもこの大氷山のことをよく知っている。私もクライドも何も知らない。知らないことが怖い。何もわからないことが1番怖いのだ。
 ―――でも、もう無駄に人が傷付くのは見たくない。

 「ダメだぁー…ちっとも休めない。」

 ―――『犠牲を出さなきゃ駄目な時もあるもん。』

 スーザンがいつか、言っていた言葉。
 その「時」が私にはわからないんだ。

 「…どうするかな。」

 □□□

 「何をしていらっしゃるの?デール。」
 ダフネが慌しく荷造りをしている小指王子に声を掛けた。びくり、とその背中が反応する。
 「だ…ダフネ、これは、その…」
 ゆっくりとデール小指王子は振り返って自分の妻から視線を外す。
 「その?」
 ダフネがツカツカと歩み寄る。
 「…僕も救世主様たちについて行こうと思うんだ。…確認したいんだ。ちゃんと。」
 「確認したいのなら、誰か別の者を同行させればよろしいでしょう。何も王子が行く必要はありません。私が言っていること、おかしいかしら?」
 「…いや…おかしくは、ないけど…」
 ダフネはパンッと手を打って嬉しそうに笑った
 「じゃあ、それで決まりですわ。誰を同行させます?」
 有無を言わせぬ空気が漂っていた。
 「いやだから、僕が…。」
 すっと笑顔が消える。
 「危険です。」
 「わかってるよ、でもちゃんと確かめたいんだ。」
 「まぁ…第3中継所はあなたの妹のキャルリエさんが治めている国ですものね。気になるのはわかります。しかし、それ以前に、あなたは第1小指王国の王子だということを忘れてはなりません。」
 「…。」
 小指王子は返答もできずに俯いた。
 「大体、行きは救世主様たちと行くからまだ安全として、帰りはどうするのです?第3中継所に着いて現状を確認して、それから?」
 「…僕はついでに第5中継所まで見てこようと思っているよ。」
 ダフネは目を見開いて聞き返す。
 「なんですって?」
 「僕は第5中継所まで見に行く。帰りは空間師長の所まで行けばなんとかなるさ。救世主様たちもそこまで一緒に行くわけだから安全だろう?」
 「…救世主様を直接狙って来たらどうするのです?巻き添えになられては困ります。」
 「大丈夫だよ。」
 「なんの根拠があってそんなことを…!」
 よいしょ、と荷物を持ち上げて王子は立ち上がった。
 「なんとなく。」
 「はい?」
 「なんとなくそんな気がするんだよ。あの子なら大丈夫さ。ちょっと臆病な所はあるけど、ちゃんとなんとかしようとしてる。改善していこうと思っているよ。素直だし。おもしろいんだ。」
 「バカなっ!むざむざ命を御捨てになるおつもりですか!」
 「僕は死なない。約束するよ。それに、案外第3中継所では何も起きてなかったりするかもしれないし?」
 ダフネは目の前の王子のバカさ加減に言葉を失った。そして、心の中にしまって出さないようにしていた感情がぐるぐるぐるぐると渦巻き、大きくなる。
 「死なれては…困ります…。」
 その瞳からポタリ、と滴がこぼれ落ちる。
 「ダフネ、僕が帰ってくるまでよろしくね。」
 小さな王子様は、同じく小さな王女様を抱きしめた。
 「キャルリエさんと私、どっちの方が大切なのですか…?」
 「…えーと、」
 「ハッキリしてください。」
 「キャルリエは血筋の中では1番好きさ。でも君はこの世の中で1番好きだ。だからこの国を任せる。1番信頼してるから。もし、妹がどうにかなってるんだったら助けてやりたいんだ。わかってくれ。」
 「わかりません、全然わかりません!!」
 ダフネは王子の腕から抜け出して走り去った。

 □□□

 各々の朝が訪れた。
 「ケイ、支度できたか?」
 ノックもなしにクライドが扉を開けた。
 「できてるよ。ノックぐらいしてよね。」
 「額の熱でわかるだろ?…ところで体は本当に大丈夫なのか?」
 「うん!もう万全!」
 「あの小指王子、どうする?」
 あまりにも単刀直入だったので啓は思わず苦笑した。
 「…いろいろ考えたんだけどね、それって私が決めることじゃないな、って思って。来たいなら来れば良い。中途半端な気持ちなら周りの反対に押されて諦めるでしょ。」
 「ダフネに言い負かされてそうだよな。尻に敷かれてるっぽかったし。」
 「そうだね。でもあの子を泣かせてまで来たいって言うなら連れて行く。」
 クライドは口調は軽かったが、目は真剣な調子で呟いた。
 「―――そこまでして来たいってのはさ、ワケ有りだろ。大丈夫かよ。」
 足手まといになられちゃ困る、その顔にはそう書かれていた。
 「私にもわからない。何が起きてるかもわからないんだから、どうしようもないよ。だから判断は小指王子とその周りの人に任せるの。」

 □□□

 「あぁ、いらっしゃった!救世主様方、こちらです!」
 この前案内してくれた小男が大きく手を振っている。
 「いってらっしゃいませ、安全をお祈りしています。」
 ダフネが前に進み出て両手を合わせ、一礼した。
 「ありがとう、ダフネさんも他の小指族の皆様も。」
 「北から出ろ、って言われてるんだけどさ、合ってる?」
 「我々の飼っている狐を案内にお付けします。賢いので話し掛けたら、答えたりはしませんが、理解してくれますよ。外で待機させています。」
 「あぁ、それじゃあ急がないといけないな。あんなに寒い中を長い間待たせたら可哀相だ。」
 クライドの言葉に啓も同意する。
 「じゃあ、お世話になりました。」
 「わからないものはわからない。」
 突然ダフネが呟いた言葉に啓は首を傾げる。
 「わからないから、是非帰ってきた際にはそのことについて詳しく聞かせていただきたい。約束ですよ。」
 啓とクライドは顔を見合わせた。
 ―――なんのこと?
 「そう、伝えて置いてください。」
 啓は尋ねようとしたのだが、いってらっしゃいませ、と言われ結局聞けずに終わった。

 「その丸い板の上に立ってください。棒をしっかり握って。」
 啓とクライドは言われるままに板の上に立ち、真ん中の棒を握り締めた。
 「これで良いの?」
 「はい。決して離さないように。危険ですので。…それから差し上げたコートのポケットにでも隠れている私たちの王子をよろしくお願いします。」
 「…えっ」

 「発射!」
 「エイオー!!」

 号令と掛け声が聞こえたかと思うと地面がガタリ、と揺れた。天井から光が差し込み、雪が舞い降りてくる。足元で温泉が噴出した。熱湯は啓たちを軽々と持ち上げ、地上まで運ぶ。
 「…着いた…。速いな。」
 啓とクライドは木の板から下りた。冷たい風が顔に吹き付ける。もらったコートのフードを啓が被った時だった。背後で何かが鳴いた。
 「お、狐ってのはアイツかぁ。ふかふかしてやがるな。」
 狐が4本の足をしなやかに動かして啓たちに近づいてくる。
 「救世主様!」
 クライドの足に身を擦り寄せて、そう叫んだ。
 ―――私なんですけど…。
 クライドが笑いながら「そっちだよ。」と啓を指差した。狐は不思議そうに啓を見つめる。
 「わかっています!すいません!こら、コン!そっちに行くんだ!」
 狐が今度は啓に近づく。ちょこんと座って黒い瞳で啓を見上げた。
 「救世主様!ココですココ!!」
 狐のふかふかの毛皮から小指族の男が立ち上がった。
 「コイツ、『コン』って言います。ちゃんということ聞くんでご心配なく!」
 「あなただったの。てっきりコンが話しているのかと思った…。」
 「ひどいですよー。じゃ、行ってらっしゃいませ!」
 男は爽やかに笑い、板の上に乗った。彼は大きく息を吸って号令を掛ける。

 「オーイエー!」
 「エイオー!」

 板が落ちていく。そしてズルズルと開いていた穴が閉まった。
 「さあ、出発だな。ついて来るか?」
 クライドはそう言ってポケットに手を突っ込むと小柄な男をつまみ出した。
 「もちろんですよ、クライド様!ただの救世主様!」
 その涙で真っ赤な目と垂れた鼻水を見てクライドは笑った。啓も苦笑する。

 小指族特性のコートはとても暖かかった。

 啓たち3人はコンを先頭に登りはじめた。



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