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「う……」
遠くで目覚し時計の音が鳴っている。
―――うるさいな、止めなきゃ…。
啓は腕を伸ばして音の出所に手の平を叩きつけた。
「ぎゃっ!」
―――『ぎゃっ!』ってなんだろう…。そんな機能あったっけ?…目覚し時計?ちょっと待ってよ。そんな物あるわけないでしょ!じゃあ、さっきのは…。
心臓が大きく脈打ち、啓は一瞬で覚醒した。右の手の平を見つめる。もぞりと何かがその中で動いた。勝手に手が持ち上がり、下からひょこっと何かが現れた。
「うわっ!ごめんね!」
啓は手を離し、謝る。
「アイタタタ、殺す気ですか…すばらしい寝相ですね、ただの救世主様。」
「小指王子!」
頭を押さえていた小指サイズのその男は立ち上がってふらつく。咄嗟に啓は人差し指で支えた。
「あぁ、どうも。おはよう御座います、ただの救世主様。朝食の準備ができましたよ。料理人が腕を振るったので量もあるはずです。出発しましょう。」
小指王子はテクテクと歩いて啓の枕元に落ちていた例の小さなベルを拾い、懐に戻した。それから啓を見上げて両手を突き出す。
「?」
「肩に乗せて頂きたいのです。」
「ああ。どうぞ。」
啓はちょい、と小指王子を掴むと肩の上に乗せた。
「ウム、ここが1番ですな。」
□□□
「おー、ケイやっと来たか。悪いけど先に食ってるぞ。腹減ってたし。」
小指サイズの小さいパンを口に次々と放り込みながらクライドが笑って言った。
「おはよ。疲れとれた?」
「あぁ。もう平気だ。ケイは大丈夫か?」
「んー…まだちょっとダルイなぁ。」
啓の肩を見てクライドは笑う。
「小指王子じゃねーの?それ。」
「いかにも。元気になられたようで何よりです、クライド様。」
「もう朝から叩き起こされて大変…。」
「何をおっしゃいますか!私が叩きつけられたのですよ。」
啓はクライドから少し距離を置いた席に着く。
「ただの救世主様、どうしてこのような変な位置に座られるのです?クライド様の向かいで良いじゃありませんか。」
「あー、こっちの都合なの。ここが1番しっくりくるの。」
「左様ですか。まぁ、別に構いませんが。」
「…食べる?」
啓が小さなパンを取って小指王子に差し出す。
「いえ結構。私はもう食べましたゆえ。」
小指王子は啓の肩から飛び降りてテーブルに着地すると仁王立ちになった。
「ただの救世主様とクライド様。今から私がこの大氷山に着いて説明いたしますので何卒ご清聴ください。」
「はぁ。」
「この大氷山は高く、険しい山です。ましてや普通の人間が登りきれるような所では御座いません。それはあなた方が昨日経験した通り。もう、わかっていらっしゃるでしょう。しかし、その山をあなた方は登らねばならない。事情が事情だ。仕方があるまい。」
小指王子はパンを2つほど取って平たく伸ばすと座布団代わりにしてその上に腰を下ろした。マナーがなっていない。
「しかし1つだけ登ることのできる方法があるのです。それは、通常空間師の皆様が使用しているルートを通ることですな。この山には中継ポイントとして小指の国が5つあります。そこで休みつつ進むのです。」
「どの国も地下にあるの?」
「そうです。ただ、3つ目の中継ポイントの第3小指王国と最近めっきり連絡が取れません。何が起きているのやら…確認しようにも1つ1つの中継ポイントまでの距離が小指族には恐ろしいほど長い道のりなのです。従って1番近くに居る第2小指王子も詳細はわからないと申しております。」
「何か、ってこの極寒の場所で何が起こるんだよ?」
クライドが口を挟んだ。
「人間に攻め込まれるわけでもないし、こんだけ地下なら変な動物も入って来れねぇだろうし。」
「言われてみれば謎だわ…。」
啓も同意した。
「居るじゃないですか。」
小指王子が足をもじもじと動かして答えた。
「空間師というお方たちが。」
□□□
食卓が静まり返った。
「そんな馬鹿な…」
啓が呟く。
「そうだよ、大体ここは空間師長と目と鼻の先、だろ?そんな所で何かするか?しかも自分達が使わなければならない中継ポイントをどうにかするとは考えられねーよ。」
「…それは、確かにそうなのですが…。」
小指王子は俯いたままだ。
「王子、しっかりしてください。救世主様、我々はこう考えているのです。」
床から声がかかった。クライドがそれを摘まみ上げる。
「あ、かわいい。」
ヒラヒラのドレスを着て、少しウェーブのかかった髪を2つに結んでいる。
「ありがとう御座います、救世主様。私はこの小指王国の第1王女ダフネと申します。」
「ダフネ、さん。おはよう御座います、啓です。」
「トリジュ族のクライドだ。よろしくな。」
ぺこり、と少し気の強そうな小指王女はお辞儀をした。
「まったくこの人は、肝心な所を伝えられないで…。話を戻しますが、私たちはけして全ての空間師の方を疑っているわけではありません。私たちは1人の空間師を疑っているのです。」
―――あぁ。
やっと話が見えた。ちらりとクライドを見やると彼も視線を返してきた。
「反逆者、ヴェノス・ニックタール。彼を疑っているのです。」
「なるほど、ね。」
「ありえなくもない、ように思えてきたなー…。」
―――私を足止めしたいのか。
「けど、なんで第3中継所なんだ?もしも、ヴェノスが俺たちを足止めしたいならこの第1中継所を潰せば良いんじゃないのか?」
「ここは大氷山の玄関口で最近よく空間師の方たちが寄っていかれていました。ここで用件を伝えて空間師長に伝えてもらう、というような用事です。ですから襲撃してもすぐに気付かれてしまうと思ったんではないでしょうか。」
「その点、第3中継所はど真ん中。打って付けだったってことか。」
「ちょっと疑問なんだけど、あなたたちはどうやって連絡を取り合っているの?お互いの国を行き来できないんでしょ?」
啓がダフネに尋ねる。
「飼っている動物に運んでもらうのです。私たちは狐を飼っています。彼らには不可能な距離ではないのです。」
「へぇー。」
小指王子が自分が座っている小指パンを食べながら言葉を発した。
「第2中継所の動物はイタチを飼ってるんですが、ソイツが傷ついて帰ってきたそうなんですよ。その情報がここに運ばれてきた時はもう元気になってましたけどね。それで疑問に思い始めたんです。第3中継所が伝言を受け取った感じはあるのに返事が来ない。伝言を運んだイタチを傷つけたのなら詫びの1つでも寄越すのが普通でしょう。」
「でもそのイタチは帰ってくる途中で怪我したのかもしれないだろ?何も第3中継所を疑わなくても良いんじゃねーの?」
「それは確かにそうですが…大氷山はこれといった崖も谷もないし、ただ吹雪がひどいだけなんです。途中で怪我する障害物があるとは思えないのです。それに、伝言を受け取った雰囲気があるのが気になります。ヴェノス・ニックタールの手先となっているのならば情報が駄々漏れということに…しかも空間師長に伝言は届かないという最悪のパターンでございまして…。」
再び食堂が静まって、みんな考え込むような表情をしている。
「まぁ、行ってみればわかるんじゃない?どのみち私たちは通らなくちゃいけないんでしょう?」
ダフネが頷く。
「じゃあ、そういうことだな。ケイが完全に元気になり次第、俺たちはすぐに出発するよ。」
「はい…では、準備をしておきます。」
ダフネは割り切れないような表情でテーブルから見事に飛び降り、一礼して部屋を出て行った。
「そこでですね、この話には続きがあるのです。」
小指王子が新しいパンを手にとって言った。
「私も同行させて欲しいのです。この目で確認したいのです。」
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