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「ねぇ、ちょっと…小指王子!」
「はい、なんですか?」
「どうするの?服、びしょびしょだし…こんなのでお邪魔するわけには…。それに温泉、服着たまま入って良かったの?」
「この風呂は服を着たまま入る用だから構わないんですよ。でも、そうですね。着替えて乾かした方が良いでしょう。ちゃんと休んだ方が体力の回復も早いでしょうし。」
クライド様も気を失ったままですしね、と言って小指王子は懐から小さな、本当に小さなベルを取り出した。そして勢い良くそれを左右に揺らす。小さい割にけたたましい音をたてた。
「はいはいはい!」
それと同時にどこからか声が聞こえる。走ってくるような複数の足音も聞こえた。
「帰っていらしたんですか、王子。ああ、そちらが救世主様ですか。ミランダから事情は聞いております。ささ、こちらへ。」
小指サイズの生物がバスタオルを運んでくる。
「あ、ありがとう。」
もって来てくれた小さな女の子達はニッコリと笑った。啓はそれで体を包み、まだ湯につかっているクライドを起こす。
「クライド、クライド!」
「う…どした?」
「着いたよ、村に。ほら、これで体を包んで。平気?」
クライドは小さな村人達を見て、自分の状況を見て、しばらくぼうっとしている。寝惚けているのか、どこか頭でも打ったか。
「ク…クライド?どうかした?」
「いや、ケイが運んでくれたのか?」
「へ?運ぶって?」
「俺、旗に着いてからの記憶がねぇもん。まぁ、なんにせよ、ありがとうな。」
よっこらせ、と水を滴らせながらクライドは立ち上がった。
「ケイ?行くんだろ?」
不思議そうなクライドの顔を見て啓は微笑む。
「うん。」
「こっちこっち。」
半端なく小さな子供達が啓の足元を走り回る。啓は踏んでしまわないか、と肝を冷やした。
「では、救世主様!ようこそ我ら小指の王国へ。」
村じゃなかったのか?
という疑問が浮かんだが、腰までしかない高さの門をくぐる。
「へー、中は普通サイズなんだな。けどやっぱりちょっと寒いか…。」
隣でクライドが呟いた。
「体が冷えないうちにこの家へ入ってください。」
小指王子は子供達と戯れて、どこかへ行ってしまった。代わりにきちんとした身なりの髭を生やした小男が案内してくれる。
―――お礼も言えなかったな。
かなり失礼なヤツではあったが、彼が居なければ凍え死んでいただろう。
「救世主様!早くお入りください!」
「あ、うん、ごめん。」
小男は小さな扉を開けて中に入り、啓たちは隣にある普通の扉から中に入った。
「あったかい…」
部屋の奥では暖炉に火がつけられている。パチパチという火花の音が新鮮だった。
「この辺りの家は来客用の物ですので、家具なども全て普通のサイズとなっております。空間師の皆様もお使いになる家なんですよ。」
「じゃあ、他の所の家は小指サイズなのか?」
クライドが疑問を口にする。
「はい。広いと冷えますし、この暖炉の火をつけるのも結構苦労したんですよ。何かと不便ですからね。小指族には小指サイズが1番しっくりきます。」
「そりゃそうだろうなぁ。」
小男は立ち止まって後方を歩く啓を呼んだ。
「どうかなさいましたか?そんなに離れて歩かれて…。」
「いや、なんでもないよ。」
啓は慌てて首を振る。しかし、クライドは気付いたようだ。顔をしかめて「熱いのか?」と尋ねた。
「まぁ、ちょっと、ね。」
額の熱が増している。
「えぇ?!暑いですか?どうしましょう。暖炉の火を消しましょうか?」
小男は仰天したようにその場で一度跳ねた。
「あぁ、そういうんじゃないんだよ。気にすんな。…ケイ、俺が離れて歩くよ。」
「い、いいよ。そんな」
「後ろに居られると不安なんだよ。ほら、交代だ。」
「……。」
啓はしぶしぶ前に進んだ。小男が不思議そうにそんな二人を眺めている。しかし気にしないことに決めたようで、気を取り直したように話し出した。
「そういえば、あなた方の前に1人でいらっしゃった御仁は知り合いですか?見たところクライド様とそっくりな感じですが。」
―――!
「あぁ、…すっかり忘れてた。ドニだな。」
背後でクライドが啓の心を代弁した。
「ドニ様というのですか。随分体力も減って危険でしたので奥の部屋で休んでもらっています。お会いになられますか?着替えた後になりますけど。」
「もちろん!」
「かしこまりました。では救世主様はそちらの部屋で着替えてください。クライド様はこちらで。お召し物は中に置いてあります。」
「うわぁ。すごい。もこもこだぁ。」
啓は用意されていた服を着て感嘆の声を漏らした。見た感じはそこまで温かそうには見えないのだが、着てみるとまったく違った。
「動きやすいし、いい感じ。」
啓はすっかり温まった体で足取り軽く部屋を出た。着替えて出ると既にクライドが待っていて、すぐにドニの元へ向かった。
□□□
「…来てくれたんだ…。」
啓たちが部屋に入るなりドニはそう口にした。
「来ないわけないでしょ!」
啓は熱も気にせず走り寄る。
「だってさー、僕気付いたらここで寝てて、なんか周りにはあの小指王子みたいな人たちがうろうろしてるし。体も痛いし、背中に打撲ができてるんだよ。どうしてだと思う?」
俯いて目を潤ませている。クライドが隣で溜め息をついた。
「泣くな!」
「…そんなこと言ったって…ひどいよ、クライド。あんな所に呼び出してさ。もう少しで凍え死ぬ所だったよ。僕が何色を司ってるかは知ってるよね?」
「オレンジよね。」
啓が答えた。
「そうだよ。それなのにあんな所に…あんな真冬の…しかもアンブローズをこするだけのためになんてひどすぎるよ…!」
ポロポロと涙が溢れ出した。
「あー…よしよし。ドニ、打撲はひどいの?」
啓はオレンジ色の頭を撫でて慰める。撫でた時、猛烈な熱が額を襲った。
「黒っぽく変色してる。硬い物に勢い良くぶつかったみたいな感じ。だって背中なんかに痣ができたの久しぶりだよ。アンブローズと喧嘩したとき以来だ…。あの時もアンブローズはひどかった。後ろから容赦なく僕を…うっ…」
そこでドニは言葉を詰まらせた。
―――泣き虫ねぇ…。
啓は心の中で溜め息をついた。
「ドニ、戻れ。」
容赦なくクライドが言う。しかしドニもそれに同意した。
「うん、そうするよ。その方が早く治るだろうし…。」
クライドがドニに触れると彼は掻き消えた。背後で「まぁ!」という驚きの声があがる。小指族の人を驚かせてしまったようだ。
「疲れた…。」
クライドがボソリとつぶやいた。
「そうね…私たちも休ませてもらおう。」
「しょ、少々驚きましたぞ。クライド様。ドニ様が消えてしまわれた…。」
案内してくれている小男が額の汗を拭いながらそう言った。
「元々は俺だからな。」
「?」
どうやら小男はクライドの能力のことを良く知らないらしい。首を傾げて固まっていた。
「あの、とりあえず、私たちを休ませてもらえないかな。すごく疲れてるの。」
「あ、はい。準備はできております。」
啓は案内された部屋に到着し、一人になった途端ベッドに身を投げ出した。
あっという間に瞼が落ちて深い眠りについた。
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