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雪山と小人と地下空間 上(2)




 「そちらです。」
 小人――本人いわく『小指王子』――は上機嫌でクライドの肩の上に座り、前方を指差す。
 「いやー…それにしても騒がしかったですな。先ほどの御仁たちは。ははぁ。アナタがトリジュのクライド様ですね。さっきのはその分身の方々ですか。」
 「なぁ…まだ着かね―の?もしかして村までお前達サイズってこと無いよな?」
 「間も無くです。5分と掛かりませんよ。いやー、しかし先ほどの黄色い御方の足にしがみついていた時はどうなることかと思いましたが、いやはや、なんとかなる物ですな。」
 「いつ頃からくっ付いていたの?」
 「あー!これはこれは、氷の救世主様、良い質問をありがとうございます。私が黄色い御方に飛びついたのがちょうどあなた様のお名前が呼ばれた時でございました。あの御方が名前を呼ばれなかったら、あなた方御一行が救世主だと気付かずに通り過ぎるところでしたよ。」
 「私はただの救世主よ。」
 「…そうなのですか、ただの救世主様。申し訳ありません。私は頭が足りないと常日頃から言われ続けておりますゆえ、本当にバカになってしまったのかもしれませぬ。」
 つまりかつては「バカではなかった」と主張したいんだな。それはそうかもしれない。そうかもしれないが、少なくとも今のお前は正真正銘のバカだ。
 啓は内心で毒づいた。
 「あっ!見えました!あれです!あの旗が見えますか?」
 地面に普通サイズの緑の旗が刺さっている。
 「さすがにあれは見落とさないよ。」
 「左様ですか。あの下に我らの村がございます。」
 「それは地下って言う意味だろうな?」
 「もちろんでございます。まさかクライド様、この極寒の土地で我ら小指族が暮らせるとお思いか?さすがの我らもそれは不可能でございます。ゆえに、あの旗の刺さっている地表に小指サイズの家が立ち並んでいるというようなことは御座いませんのでご心配なく。」
 旗にたどり着くと小指王子はきちんと両腕を耳の後ろにもってきて飛び込みのフォームを取り、ほいっ、というマヌケなかけ声に合わせてクライドの肩を蹴った。そのまま宙で器用にくるくると旋回し、雪に埋まった。
 「……。」
 もはや突っ込む元気も無い啓は、雪にできた直径2センチほどの穴を広げながら腕を突っ込み、手探りで小指王子を探す。
 「良いのです、これで良いのです。そっとして置いてください。今引っ張り出しますから!」
 わけがわからなかったが、とりあえず王子に言われるがまま、啓は腕を引き抜く。
 「…さっさとしろよー…。」
 クライドがしゃがみこむ。啓は慌てて彼の体をこすった。
 「摩擦熱よ、摩擦熱!!」
 「さむー…。」
 そうこうしていると啓の広げた穴から小指王子が這い出てきた。
 「紐を見つけました。さあ、ただの救世主様。ここに腕を突っ込んで下さいませ。紐に手が届くはずです。それを思いっきり引っ張ってください。扉が開きます。」
 「クライド!もうちょっとの辛抱だからね!」
 啓は込み上げてくる「さっき引っ張ってた方が早かっただろ。」という怒りを押さえて再び穴に手を入れる。
 「わ…思ったより奥まで…あ、今何か当たった!もうちょっと…」
 腕がちぎれるんじゃないかと思いながらもう一度体を穴に押付けて、今度はしっかりと紐を掴んだ。残った力で紐を引っ張る。
 「お…重い…こんなの上がらないわよ!」
 「えっ………そうでしょうね。上に積もった雪の重みもありますからな。」
 したり顔で小指王子が腕を組んだ。
 「誠に想定内です。」
 ―――嘘っぽいんだよ!!『えっ』ってなんだよ!!
 「く、クライド悪いけど分身して手伝って!火事場のバカ力よ!きっと雪場でも出るはず!」
 「…。」 
 もはや、声を出す気も無いらしい。6つの色をした煙が立ち昇り、6人が姿をあらわした。
 「手伝って!引っ張るの!コレ!」
 しかし7人とも相当キテいるようでぐたっとしゃがみこんでいる。
 「お願い!メシャルも手伝ってよ!」
 うぐぐ、と歯を食いしばるような音と共にふらりとクライドが立ち上がり紐を掴んで引っ張った。
 ズズズ、と紐が動く。
 しかしそこでぴたっと動きが止まった。アドとミッキーがそれに続く。雪の地表が盛り上がり、ドサリと音を立てて雪が落ちた。アンブローズと小指王子が持ち上がりつつある扉の上の雪を落とす。
 「フレーフレー…。」
 背後で倒れているヴィルジ―ルが声のみで応援している。紫を司るディーターと橙色を司るドニがアンブローズとヴィルジ―ルの体を弱々しくこすっていた。
雪と対称的な色をもつ2人は格別寒さに弱いようだ。
 「もうちょっと!」
 ドニがアンブローズをこすっている時、力尽きたのか倒れこみ、上半身を扉の向こうの地下世界へ放り出し、動かなくなってしまった。残った下半身の上にアンブローズが倒れこんで落ちるのを防いでいる。
 「…ダメ。絶対紐から手ぇ離しちゃダメよ!ドニが大変なことになる!」
 この重い扉に挟まれたらいくらドニでも真っ二つに…。
 啓は嫌な想像を打ち消してふんばる。
 「ふむ。大変なことにならない方法ならある。」
 小指王子が呟いた。
 「何よ。」
 「落としてしまえば良いのです。」
 「…へ?」
 啓は咄嗟のことに理解できないで間抜けな疑問符を発した。
 小指王子がテテテと走り寄り、ドニの体によじ登ると、ストッパーになっているアンブローズの体を転がした。
 「そーれ。」
 抵抗無しにアンブローズはドニの体の上から転がり落ち、哀れ、ドニの体は地下世界に消えた。
 「うわぁ!!!何すんのよー!!!」
 啓は怒りに任せて紐を引っ張った。扉がついに90度を越え、雪の地面に倒れこむ。
 「クライド、分身を解いて。行くよ。」
 啓はドニ以外の五人が無事消えたのを見届けると、クライドを引っ張って穴に飛び込んだ。

 □□□

 落下していく浮遊感を覚悟して身を縮め、目を硬く瞑っていた啓は、予想外の展開に驚いた。
 「…え、これ滑り台だったの…?」
 「もちろんそうですよ。何だと思っておられたのです?」
 いつのまにか啓の肩の上に座っている小指王子が答えた。
 「ただの穴だと思ってた!わぁっ、速い!!」
 啓はジェットコースターを思わせるその速さに恐怖し、身を竦めた。再び目を瞑った啓の耳元で「ひゃっほーい」という小指王子の声が聞こえる。
 「ただの救世主様!目を瞑っていては見なくてはならない物も見落としますぞ!」
 「…ここに『見なくてはならない物』なんかあるわけ?!」
 啓は虚を突かれて一瞬言葉に詰まり、苦し紛れに憎まれ口を叩く。
 「ありますとも!ほら、見てください!あなた様がうっかり手を話したクライド様がもうあんな所にいらっしゃいます!」
 思わず目を開いた。
 「あっ、すごい離れちゃってる!どうしよう!」
 「追いつきましょう!ただの救世主様、今の姿勢じゃ滑りが悪いです。うつむけに寝転んで行きましょう。そうすればきっと追いつきます。」
 ウォータースライダーの上まで行って、友達が「スーパーマン!」などと言いながらその中に頭から飛び込んでいるのを見ているだけだった自分を思い出した。結局自分は足から入ってあっちこっちで足を使ってブレーキを掛けながら降りていたのだ。
 ―――今も、そう。
 「で……できないよ!こんな狭い所で姿勢を変えるなんて!」
 「もうしばらくしたら地下空間に出ます。このような筒状の滑り台じゃなくなるのでそこで姿勢を変えましょう。」
 「…う、うん。」
 ぎゅっと拳を握り締める。
 ―――大丈夫よ、ちょっとスピードが速すぎるだけ。それに姿勢を変えるだけよ。死にゃしないわ。
 前方に出口が見えてきた。
 「地下に出ますぞ!ほっほーい!」
 啓は勢い良く開けた空間に飛び出した。筒状だった滑り台の屋根が無くなる。そして下っていたのが平行になった。しかし勢いは衰えず、依然として速い。超高速ランニングマシーンみたいな感じだ。流れは前だが。
 「ただの救世主様!さぁ、姿勢を変えましょう!」
 啓は上半身を前に傾けた。
 ―――度胸!
 思い切り前に倒れこむ。顔を打った。しかしなんとかうつ伏せになることはできた。顔を上げて前を見る。
 「なんとも…格好悪いですなぁ。ほら、姿勢を整えてください!体をしゃきっと伸ばして!勢いが衰えてしまいます!」
 啓の肩をよじ登り、背中に陣取った小指王子が声高に指示を出す。
 「なんか、前にまたトンネルみたいなのが見えるんだけど!」
 「はい!その通りで御座います。あそこからは延々と下り道!超スピードが出ます!追い付きますよぉ!矢のように矢のように!」
 啓は無神経な小指王子に無性に腹が立った。二人の体は再び穴に入っていく。

 「う、わぁっ!」
 きゅうに角度が変わり、啓は思わず声を上げた。しかし言葉は続かない。
 「ひょーい!この私もただの救世主様の背中にしがみ付いていないと吹き飛ばされてしまいそうです!ただの救世主様!前を見てください!クライド様が見えますよ!目を開けてくださいよォ!」
 「うるさい!わかってる!」
 目を瞑っていた啓は苛立ちまぎれに言葉を返す。まだ距離はあるが先ほどよりも近くにクライドの体が見えた。
 「矢のように矢のように!」
 しかしなかなか追い付かない。
 「ふむ、クライド様は気を失っておられるのかもしれませんな。あの脱力っぷりはすばらしい。この滑り台であそこまで緊張を解けるとは天晴れ!しかし、全然追い付きませんなぁ!」
 「ねぇ!出口はどうなってんの!床に私たち叩きつけられるわけ?!」
 「いいえ!温泉で御座います!芯まで冷えた体をポッカポカに!ただこの勢いで突っ込むと打ち所が悪かったら死んじゃいますよ!小指族なら問題ないのに!」
 「…それってヤバイじゃない!」
 「誠に!…あっ、クライド様の姿勢が変わりましたよ!ちょうど良い!流れはこっちにありますよ!あの姿勢じゃ減速します!追い付けますよ!」
 小指王子の言う通り、クライドが狭い筒の中で体を動かした。流れに抵抗するような横向きの姿勢になる。
 「ちょっとちょっと!追い付くのは良いけどこのままじゃクライドに激突するわよ!」
 「激突する前に引き寄せてください!衝撃が和らぎます!」
 「そんな腕力あるかー!!」
 「ならば、ただの救世主様が上手く自分の体の舵を取って右側のあの隙間に滑り込み、クライド様にしがみ付くほかありません!!」
 伸ばした手で啓は必至に向きを変えようとする。
 「筒状じゃ戻ってきちゃう…!」
 「私がタイミングを計りましょう!1、2、3、それ!で思いっきり向きを変えてください!良いですね?!」
 「わかった!」
 ごくりと唾を飲み込む。どんどんとクライドに近づいていく。

 「1」

 「2」

 「3」

 「それ!」

 両手で滑り台をを思い切り押した。
 「良し!」
 背中で小指王子が喝采を上げる。啓は上手い具合に隙間に入り込み、クライドにしがみ付いた。両手両足を巻きつけてがっちりと抱え込む。
 「出口です!ただの救世主様!目をしっかり開いて!クライド様の頭を守ってください!」
 出口までに少し登りがあった。啓達はそれをものともせずに勢い良く飛び出す。一瞬の浮遊感の後、水に飲み込まれた。
 「ぷはっ!」
 啓はその湯の温もりにじわりと痺れる体を叱咤してクライドの頭を湯の外に出す。
 「楽しかったですなぁ。ただの救世主様!」
 隣で小指王子が平泳ぎをしている。啓はクライドが呼吸しているかを確かめ、広い浴槽の縁に頭を固定する。
 「…終わった。」
 啓は緊張が解けて震え出す体を抱きしめて、安堵の息を吐いた。程よい湯の温もりが冷え切った体を優しく包んだ。



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