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―――相変わらず風が強すぎて目が開けられない…。
ザイザックに運んでもらっている最中である。頼んだお陰で呼吸困難になることはなくなったが、それでもすごい風だ。
「救世主殿、そろそろ到着です。」
答えようにも口の端を引きつらせるのが限界だった。頷こうにも上手くいかない。
「降りる。クライド、しっかり救世主を抱えとけ。」
「よしきた。我慢しろよ!」
強靭な腕が啓をすっぽりと包み込む。
7人全てがクライドの体に収まってからは熱の温度が幾分下がっていたのだが、今再び急上昇し啓を襲う。
「着地する。」
「わかってらぁ!」
そのような言葉が頭上で聞こえ、ズン、と振動が伝わった。
「ほい。」
パッとクライドの腕が解かれる。啓はフラフラと数歩進みぺたりとしゃがみこんだ。
「やっぱり熱いー。……あー地面の雪が気持ちイイー…」
ここではたと気が付く。
「雪?うわぁ、雪だ!真っ白!」
はしゃぐ啓にザイザックが声を掛ける。
「喜んでいらっしゃる所悪いが、私はこれで失礼する。一刻も早く長の所に戻りたいんでな。イリドとシュバルツだけではやはり不安だ。」
「お堅いヤツだなー。俺たちはこれからどうしたら良いんだよ。この寒風吹き荒ぶ氷の原っぱに放り出されてよー。」
息で手を温めながら紡ぐクライドの声には覇気が無い。
「おや、寒い所は苦手か?」
「ったりめーだろ!トリジュに冬はねぇんだよ!」
「そんなこと知っている。そうか、メシャルでも雪には弱いか…。チェックだな。」
「何をだよ!」
「…ふん、それだけ怒鳴る元気があれば十分だ。イリドならおそらく瀕死だぞ、南国の花だからな。」
「あいつのことはどうでも良いんだよ。それより説明しろ。」
この会話の中、ザイザックに話し掛けられたはずの啓は返事もせずに実験をしていた。じりじりとクライドに近づく。
―――只今、半径3メートルに接近中。未だに額が疼くだけです。3メートル地点通過。2メートルに接近。程よいぬくもりを感じます。よし、ここは思い切って。
「そいやっ!」
啓は思い切ってジャンプし、クライドの真横にピッタリとくっついた。
「適温です。」
「…何やってんだ?」
「実験。さすがにこれだけ周りが寒いと額の熱が気になりません。どうだ!」
「おぉ!やったな!吹雪いてきたら離れて歩くのはまずいもんな。良かった良かった。」
ポンポンと頭を優しく叩かれる。シュバルツの病院で同じように叩かれた時に感じたような熱は全く感じなかった。
―――やっぱり、嬉しいな。
傍に寄れないのは何かと不便で、辛い時があったのだ。啓は目の前にそびえ立つ雪山を見上げた。残念ながら頂上は見えない。
―――少し、怖い。
ざらりとした不安が広がっていく。
クライドの服の裾を掴んだ。大丈夫、前とは違うのだから。距離を置いて進む必要は無くなった。本当に協力し合える。助け合える。
それ無しには、超えられそうにない。
「救世主殿、この先を進んだ所に小さな村がある。見逃さないように。そこで大氷山を登るための防寒対策をしろ。クライドは念入りにな。お前を救世主殿が中に取り込めたら早いのだが…仕方が無い。そしてその村の北から出て、後はまっすぐ進むだけだ。頂上目指してな。」
「うん、わかった。ありがとう、ザイザック。」
「長の言いつけですので。」
「ちゃんと帰ってね。途中で落ちたりしたらダメだよ。あと、アデライーデさんとかイリドとかジョルジョも長にもラリサさんにもスーザンにもお礼を言ってたって伝えてね。」
「……はぁ。気が向いたら。」
啓は満足そうに頷いた。
「では、これで。」
また風が巻き起こり、降り積もった雪を巻き上げる。あっという間にザイザックの姿は見えなくなってしまった。
「―――救世主殿。」
見えなくなったがまだ居たようだ。
「なに?!」
啓は片手で雪から顔を守りながら、巻き上がる雪の向こうを見つめた。
「仕事の途中放棄は許さんからな。」
「…はい!」
雪の向こうに溶け込んでしまうような白い髪をなびかせて一瞬、彼の空間師が見えたように思う。気のせいか、いや、きっと見えた。激しい風がやみ、穏やかな、それでいて冷たい風が頬を撫でた。
「きっと精一杯の激励の言葉だぞ。」
「だね。嬉しいな。」
「あれが嬉しいかぁ?」
クライドは隣で苦笑しつつ震えている。啓はその腕を取った。
「行こう。早くしないと凍えちゃうよ。」
「あぁ。」
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「―――おい!ケイ!!なんにも見えねぇんだけど!アイツ嘘ついたんじゃねーの?」
だんだん風が強くなってきて、視界を塞ぐ。雪に足を取られ、何度も転倒した。白い息を吐きつつ怒鳴り返す。怒鳴らないと吹雪の音に負けて聞こえないのである。
「そんな訳ないでしょー!!…クライド!分裂して探そうよ!そっちの方が早くない?」
「了解!」
しばらくしてキンキンとしたやかましい声が聞こえた。
「サムー!無い!これは無い!普通こんな所で分かれねーよ!オカシ―よ、お前ら!」
「うるせー、アンブローズ!!村探せ!村!」
うわぁぁ、と声を上げながら走り回っている。声が近くなったり遠ざかったりする。赤い髪が白い景色の中でよく目立った。
「動け、動け、動け、無駄に動くんだ、足。どんなに凍えようと、どんなにケイが凍えた心を持っていようとついて行くしかないんだから。動け、無駄に動け。」
雪の音の合間に呪文のような声が聞こえる。かなり失礼な内容である。
「誰よ!遠まわしに悪口言ってるの!!」
「初めまして、氷の救世主。僕、ヴィルジールって言います。あ、一応、先日の大戦で会ってますけど誰がどれか分からないでしょう。黄色い髪が僕です。」
「後ろに居るのね?ヴィルジ―ル!姿が見えないけど!何故か声は良く聞こえる!」
「はい、後ろに居ます。あなたのすぐ後ろに。こうすると雪が当たりません。」
背中を叩かれたような感触がした。
「人を盾にしないで!村を探しなさい!」
「ご心配なく、しっかり見ているので。目には自信があります。」
「なんの自慢?!」
「…僕がボケですか…ツッコミ派なんだけどな。」
「今、それ関係無いでしょ!」
あはは、と呑気な声が聞こえた。
―――この笑い声は…
「アド!ヴィルジ―ルをなんとかして!」
「はいはい、コラ、ヴィルジ―ル。ダメだろ。村探しなよ。」
「無理。アドみたいに心が老成しきっていないピチピチなんだ、僕。」
「悪いけど意味がわからない。」
「だからさ、僕は若いから感覚神経が元気なんだ。アドは年老いてるから神経麻痺しちゃってるんだよ。だから寒さ、平気なんだ。」
「…はぁ。君も同じ歳だろ?まぁ、僕は寒さには少し強いけどね。君やアンブローズと違って。」
「ほらな!」
「お前ら、村探せよ!!」
クライドの怒声が割って入った。
「…なんだ、それは。」
突然啓の眼前に男が立ち塞がった。青色の髪と褐色の肌。険しい表情で立ち塞がるその男はヴィルジ―ルの足元を指差していた。
「ミッキー…僕がどうかしたの?」
啓も立ち塞がるミッキーのお陰で雪の直撃を免れ、背後を振り返る余裕ができた。
黄色い頭のヴィルジ―ルが自分に張り付くようにくっ付いている。メシャルにしては珍しくヴィルジ―ルは背が低かった。啓の肩くらいだ。
しかし、今それは問題ではなかった。
「小さいって言うのは…」
啓が呟く。何事かと近づいてきたクライドも目を見張ってヴィルジ―ルの足元を凝視した。
「こっちの意味かよ。」
その足元に必至にしがみついているソレは親指よりは長く、人差し指よりは小さい体をした小人だった。
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