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丸眼鏡の少年(3)




 「いやーご苦労さん!」
 着替えた部屋に戻るとそこでは啓達を博徒に引き込んだ男が待っていた。
 「レヴィには勝てたかー?」
 「負けました。」
 「まっ、そりゃあそうだろうなぁ。」
 奥から声がかかる。
 「ケイ、負けたのかー?俺勝ったぞ!勝負ごとは何でも燃えるな!」
 クライドの声である。
 「ニーチャンたちはもう終わって休んでる。ネーチャンもさっさと着替えて化粧落としてきな。」
 「はーい。」
 簪を外して、結ってある髪を解き、着替える。洗面台でバシャバシャと洗った。
 「…プハー。肌が息してる感じー…。」
 ―――厚化粧過ぎたのかな。肌パサパサ…。
 小さく溜め息を吐いてクライド達の部屋に向かった。

 「今日はありがとさん。良い勉強になったろ。」
 「どうもー。」
 「またいつでも来てくれや。」
 そう言って啓達を見送りに出てきた男は賭博場の中に戻っていった。
 「…私たちは何をしに来たんでしょうか?」
 やけに丁寧な口調でザイザックは呟いた。
 「何って…そりゃあ、」

 「ケイ…。」

 「あ、レヴィ。」
 見たことの無い男の出現にクライドは首を傾げた。
 「…あぁ、ケイの今日の相手か?」
 啓は頷きながらも、その場に流れ始めた変な空気に気付いて戸惑った。レヴィは啓の背後を見つめている。それから嘆息を漏らした。
 「君さ…ザイザック…何しに来たの?」
 「酷い言い草だな、レヴィオス。私は救世主を送り届けに着ただけだ。」
 レヴィオスが眉間にしわを寄せた。
 「救世主って…あぁ、ミランダの言ってた話か…。」
 レヴィオスはちらりと啓を見た。それから残念そうに肩を竦める。
 「……お断りだよ。今どこに居るのか知らないけど、連れて帰って。」
 頼む前にきっぱりと断られた。
 「どうして…!」
 レヴィオスは呟く。
 「面倒だからだよ。疲れるし…。僕この世界から出ないから空間師の力なんかいらないしね。」
 「レヴィ…レヴィオス。私がその救世主なの。分身の場所を教えて欲しいの。教えてもらわないとすごく困る!」
 驚いたようにレヴィオスが少し目を見開いた。しかしそれも一瞬のことで次の瞬間には眉間にしわを寄せて啓をしげしげと見つめる。
 「君が…?」
 「私が。」
 「…どうりで。…君、地球から来たでしょ…。」
 「 うん、そう。だからあのトラ…プラトンの切り方も8切りもあっちの世界の知識なの。」
 「ふぅん…それは興味深いね…。」
 レヴィオスは丸眼鏡を外してレンズに息を吹きかけ、ハンカチで拭う。眼鏡を外した素顔がなかなかに男前だったので啓は少し驚いた。
 ―――って、こんな時に何考えてるの。
 気を取り直してレヴィオスを見つめる。
 「どうしようかな…」
 「お前、レヴィオス!何で迷ってんだよ?答えなんか決まってるだろ?!世界が滅びるかもしれないんだぞ。」
 「まぁ、その時はその時さ。潔く死ぬよ。」
 「そういう問題じゃ…」

 「レヴィオス、みーっけ。」

 頭上から女性の声が降ってくる。見上げると賭場の屋根に腰掛けて、足をプラプラと揺らしている女が居た。
 「ずいぶん探したよ。」
 語尾にお星様のマークが付いていても違和感が無いほどのにこやかっぷりである。
 「いい加減、金払ってもらわないと困るんだよね。」
 女性はとん、と地面に着地してレヴィオスを見つめた。
 ―――借金取り?
 レヴィオスは女性が降りてきた途端に踵を返した。
 「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
 啓は慌てて声を掛けるが当然のことながら無視、だ。
 「…もしかして、お宅もアイツに逃げられたクチ?」
 女性が慌てた風も無く、啓に尋ねる。
 「いえ、私は別件で…。」
 「そう。」
 女性はにこやかに懐から取り出したナイフを投げ付けた。すんでの所でレヴィオスがそれをかわす。
 ―――後ろに目でもついてるのか?
 「今度は逃がさないわよ。絶対に支払い、してもらうからね。」
 女性のその言葉を合図としたかのように、ずらりと武器を持った男達が取り囲む。レヴィオスは一歩後退した。
 「ちょっと待って、なんで私たちまで取り囲まれてるのよ。」
 「やっちまいな!半殺しにして金の場所を吐かせるんだ!」
 啓の言葉など耳に入っていない。更に悪いことに、取り囲んだ男達はレヴィオスだけならともかく、啓達にまで襲いかかってきた。
 「どうなってんのよ!」
 「啓、こりゃあ人数が多い…分身して良いか?」
 「あ…良いこと考えた。」
 「おい、聞いてんのか?」
 クライドの言葉には答えず、レヴィオスに走りよった啓は契約を持ちかけた。
 「レヴィオス、この人達は私たちが撃退してあげる。その代わり、分身の場所教えて!」
 「…プラトンの他の技、教えてくれるんだったらそれで手を打つよ。」
 レヴィオスは余裕の表情で答えた。かなり危険な状況だというのに、どうしてこうも余裕なのか。疑問に思えてならない啓だったが「お安い御用!」と答え、クライドにGOサインを出した。
 「救世主殿、ここに居ると熱にやられてしまいます。クライドに任せて別の所に移動していてください。」
 「そうしたいのは山々なんだけど…ちょっと、多くて…。」
 啓はぐらつく体を叱咤して、相手の攻撃を防いでいるが、額の熱で視界が定まらない。次々と襲い掛かってくる男達のせいで戦場から抜け出せずに居た。
 「ご心配なく。安全な所まで風でお運びいたします。」
 「…え?」
 突然レヴィオスが啓を引き寄せる。その途端、風が巻き起こった。

 □□□

 「…起きた?」
 体を起こした啓は頷く。
 「ここどこ?」
 「僕の家だよ。まったく…ケイは着地に失敗して気を失っちゃったんだよ…。」
 レヴィオスが湯気の立った飲み物を啓に手渡す。
 「あいかわらず下手だな…。」
 「何が?」
 「ザイザックの能力の使い方に決まってるでしょ…他に何があるの。」
 呆れたようにレヴィオスは呟き、啓の側に腰掛ける。
 「たまたま僕の家に近かったから、運んでこれたけど…。だいぶ疲れちゃったなぁ。ケイを運ばなきゃいけなかったしね…。」
 「ご、ごめん。」
 「良いけど。それより、プラトンの新しい技、早く教えてくれる?」
 ぽいっとトランプの箱が放り投げられる。
 「あ、うん。えぇと、『ゴウダイフ』だったっけ?」
 「『フイダウゴ』だよ。」
 「うん、そのフイダウゴにはまだ他のルールもあってね、『革命』っていうんだけど。」
 「へぇ。」
 レヴィオスは興味深そうに啓の言葉に耳を傾けながら、メモを取る。2人で実際に勝負し、議論し合い、一段落ついたところで啓が尋ねた。
 「…何メモしてるの?」
 「もちろん、ケイの言ってることだよ。」
 熱心だこと、と感心しながらぼんやりとその様子を眺めた。
 「よく考えてみたら、私がここでレヴィオスにいろんなルール教えても相手が居ないんじゃ、これから使えないんじゃないの?」
 「そんなこと無いよ…。僕が他の人に教えれば良い…。」
 無口なレヴィオスが人に物を教えている所など想像できない、と啓は言おうとしたが、やめておいた。
 「それにしても、すっごい本の数ね。」
 啓は改めて部屋を見渡して感嘆の声を漏らす。
 壁に張り付いている本棚にはぎっしりと本が並べられ、収まりきらない本は地面に重ねてある。机の上も本が占領していて、それはもはや、本置き場と化していた。
 「…どんどん増えちゃってさ…。」
 「捨てないの?」
 レヴィオスは馬鹿にしたような目で啓を見た。
 「どうして?これは皆貴重な記録だよ。そんなもったいないこと、できるわけないでしょ…。」
 「ふーん。あ、そういえば、レヴィオスって『アラジンと魔法のランプ』知ってるの?」
 「…あぁ、地球のおとぎ話。本有るよ。読む?」
 啓は首を振った。
 その話ならよーく知っている。
 「レヴィオスってこの世界から出ないんでしょ?だったらどうやって手に入れたの?」
 「昔は僕だってそれなりに空間を移動していたよ…。」
 ぼそり、と呟くと急に立ち上がった。
 「?」
 「ザイザック達が来たみたいだ。」
 彼のその言葉の直後、扉が開いた。
 「あ゛―…疲れた。数ばっか多くてさぁ。」
 クライドがグチグチと呟きながら入ってきた。
 「遅かったね…。」
 「悪かったな!さっさと逃げやがったくせによ!」
 「…何、じゃあ僕があの場に残って、ケイを1人で放置してた方が良かったかな?」
 クライドが言葉に詰まる。
 「まぁ、感謝しておいた方が良いよ。」
 ふん、とレヴィオスは笑うと背後のザイザックを見つめた。
 「君さ、相変わらず下手だね。」
 「…お前の方こそ金遣いの荒さは昔から変わってないな。そのうち身を滅ぼすぞ。」
 「上等だよ。…入れば?」
 促されてザイザックも室内に入ってくる。
 「大丈夫だった?」
 まぁまず大丈夫だろうと踏んでいたのであまり心配はしていなかったのだが、念のために啓は尋ねる。2人は頷いた。
 「ったり前。殺さないようにするのに気を使ったぐらいだ。」
 「そっか。良かった。」
 クライドが台所を借りて自分で紅茶を入れながら尋ねた。
 「レヴィオスにプラトンの新しい技、教え終わったのか?」
 「私の知ってることは、たぶん全部教えたと思う。」
 「面白かったよ。ババ抜きとか、他の勝負もあるんだね。僕は1つしかやったこと無かったから…。それより、クライドだっけ、勝手に人の台所使わないでくれる?」
 「堅苦しいこと言うなって。」
 むすっとした表情のレヴィオスを宥めつつ、啓が言う。
 「フイダウゴだけなんてありえないよ。飽きちゃうでしょ?それに博打なら断然ポーカーの方が良い。」
 「そうだね。あれは心理戦だ。面白い。他のヤツにも教えてあげないと…。」
 立ったままだったザイザックが急に言葉を挟む。
 「レヴィオス、救世主殿に教えてもらったのなら、今度はそちらが返す番だろう。さっさと能力を使って場所を教えろ。」
 「…本当に君って…」
 「何だ?」
 「…別に。水を差すのが得意だよね、って言おうとしただけだよ。…約束だしね、ケイとクライドおいでよ。」
 「ザイザックは?」
 「私はここで待っています。」
 「だってさ。」
 啓とクライドはレヴィオスに導かれて1つに部屋の中に入った。



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