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ジェットコースターのような浮遊感はなく、風を切って斜面を下る自転車に乗っている気分だ。視界はゼロだが。呼吸も困難である。
「う゛」
話そうと思い口を開いたが、途端に強い風が口内に入り込んできて啓は慌てて閉じた。その際に出た啓の言葉にならなかった音を聞き取り、ザイザックが尋ねてくる。
「何か言いましたか?」
首を振ろうとしたが風の抵抗がそれを許さない。
―――どうしてザイザックはこんなに普通なんだ?!
私は目も開けられないのに!
「そろそろ到着しますよ。クライド、救世主殿を支えてあげていて下さい。」
「…あぁ?!なんか言ったかー?よく聞こえねー!!」
彼の返事は至近距離に居るのにも関わらず怒鳴り声だった。風の音が周りの音を遮断しているようだ。
「ですから、そろそろ到着するので救世主殿を支えてあげていて下さい。」
「支える?」
ザイザックの声のボリュームは全く変わっていなかったが、今度は聞こえたらしい。
「着地します。」
「…は?!ちょっと待て!支えるってどう支えるんだよ?!それより、ケイ!どこだー?!」
クライドも目を開けられない状態のようだ。
―――ここ!ここだよ!
「…まったく手のかかる方達ですね…。」
「おっ!風がマシになった!」
「無理やりあなたの周りの軌道を変えたんですよ。疲れるんです。早く救世主殿を支えて。」
クライドは頭の上に「?」を浮かべながらも、とりあえず啓の肩を掴む。
「!」
突然肩を掴まれた啓は心臓が飛び出るほど驚いた。
―――なに?!…熱い!
「ぐぁ…」
また言葉にならない音が漏れる。
「俺だ俺!…うわっ!ザイザック!テッメー!急に風当ててくるんじゃねぇよ!」
クライドがそう叫んだとき突然地に足がついた。
―――へ?
「うっ…体重い…」
ずっしりと足に圧力が加わる。啓はよろめいた。よろよろよろ、と左の方向へ進んでいく。
―――わー!止まらない!
そしてそのまま棚に激突した。
鈍い音に続いて啓の頭の上に何か硬い物が降り注ぎ、ジャラジャラと音を立てる。倒れこんだ啓はしばらくして圧力の感覚が消えた後、周りを見回した。
「いったたた…何が降ってきたの…?」
周りには立方体が大量に転がっている。どうやら硬い物質はこれらしい。そのほかにもカードやよく分からない駒、などが散らばっている。
「サイコロ…・?」
1つを手にとって眺める。
「何、この文字…。」
サイコロの赤丸や黒丸があるはずの部分にはよくわからない模様が書かれていた。
「ケイ!大丈夫か?」
クライドが頭を押さえながら小走りに近づいてきた。3メートルほど先で立ち止まり、啓を見つめる。
「うん、平気…いつ地面に足が着くのかよく分からなかったから心の準備も体の準備もできてなかったと言うか…」
「俺もだよ。頭打った。もっと正確に教えてくんね―かな、ザイザック。」
「この感覚を説明するのは難しい。怪我が無くて良かったな。」
「頭打ったんだけど。」
不満げなクライドの言葉を遮るようにして啓は声を発する。
「盛大にばら撒いちゃったから片付けないとね。それより、この立方体とか何?」
「知りませんか?コロサイですよ。」
―――コロサイ!!なに、ソレ!
「救世主殿の世界から空間師が持ち帰ったものが爆発的な人気を呼びまして、それがこの世界風にアレンジされた物です。」
これ、地球出身?!名前変える意味あるの?!
啓は脱力し、コロサイに少し親近感を持った。
「へぇ、コロサイってケイの世界の物だったのか。」
「賭博に使用されている道具はほとんど救世主殿の世界から輸入された物です。プラトンやスチェ、ノウ、ギショーなど。」
「?」
―――そんな物聞いたこともありませんが。
ノウとギショーはウノと将棋だな。プラトン…トンプラ…天ぷら?いやいやいや、ラトンプ?…あぁ、トランプ!
解読に成功した啓は1人ではしゃいだ。
「それより、どこに居るんだ?レヴィオスは…。」
「まだ来てないんじゃないですか。アイツはいつも遅刻ギリギリですから。」
「ふぅん…。後どれくらいしたら始まるんだ?この賭場は。」
「30分ほどでしょうか。…それまで町の散策でもしますか?」
ザイザックにしては気の利いた提案だった。
「なんだこりゃあ…」
前方でクライドが立ち止まったので啓は額の熱を堪えながら外に出る。そして目の前の光景を見たのだ。
建物は派手な色ばかりで目がチカチカする。地面はびっしりとモノトーンのタイルが敷かれている。バニーガールも普通に町を闊歩していた。
「…散策すんのか…?」
クライドが呆れた声で呟いた。
散策とはブラブラと歩くことだが、このような町をブラブラ歩いて何になるというのだろう。見るからに浮いている啓達は格好のカモにされそうだった。
「やめますか?」
涼しい表情でザイザックが尋ねる。
「…お前、興味あるのか?」
「ありますよ。あの根暗な本の虫がどのような場所に出入りしているのか、が非常に興味深いです。」
根暗な本の虫?
「まぁ、やめておいた方が良さそうですね。」
ザイザックが苦笑する。
「すっげー視線感じる…。」
クライドは溜め息を吐いた。
「さっさとこんな町出ようぜ。俺ヤダ。」
踵を返して再び賭場ののれんをくぐる。暗い賭博場は外とは対照的でほっとした。
「早くレヴィオス来ないかなぁ…。」
啓は呟いて懐からスーザンに貰ったできたてのお菓子を取り出し、口に運んだ。球体だが食感と味はクッキーに似ている。ハーブの良い香りが鼻腔をくすぐった。
「…はぁ…おいしい。」
「俺にもちょうだい。」
ひょい、とクライドが1つ手にとって口に放り込む。ザイザックも続いて口に入れた。
「うまい!」
「…紅茶があれば最高だな。」
この町で紅茶ほど似合わない物は無いだろう。
□□□
3人が入口付近でまったりしていると、中から現れた男が奥を親指で指し示した。
「いつまでもそんな所に居られちゃ迷惑だ。中に入んな。」
「観客でも良いですか?初心者なものですから。」
男はザイザックをじっと見つめ、フンと鼻を鳴らした。
「良いけどよ、オニーチャン、博打だぜ。見て学ぶこととかはあんまりねぇんだ。」
「俺たちはな、博徒になりてーんだよ。経験も見て学ぶことも必要だろうが。」
クライドが口を挟む。前もって打ち合わせしていた会話だ。
「ナルホド。博徒に、か。どうだぃ、この賭場で練習してみるか?」
「…はぁ?」
□□□
「博徒が不足してて困ってたんだよ。」
3人はそれぞれに服を渡された。
クライドとザイザックが景色に溶け込む黒と茶色を基調とした服なのに比べて、啓のものはど派手だった。
―――ひゃー、何これ!こんな派手な服着れないよー…
赤と青を基調に金銀で細かな紋様が描かれている。服を持ったまま動かない啓を見てザイザックが慰めるように肩を叩いた。
「特に女の博徒は最近めっきり減っててな。ありがてぇな。そら、着てこい!」
別室で渋々着替えた啓は部屋の片隅に鏡を発見して自分の姿を映した。
「…どこの姐さんですか?」
思わず声に出していた。頭を抱える。
―――どうしよう…恥ずかしい。
「こういう時は…仮面よ。」
仮面をかぶるのよ、啓。平気。私は、こんな姿ちっとも恥かしくない。むしろ見て!
「…やっぱ無理!!」
「入るぞー。」
先程の男が襖を開けた。その目が輝く。
「おぉ!良いじゃねぇか!ケイって言ったか?仕上げに化粧しような。」
その言葉に啓の目も輝いた。
「化粧してもらえるんですか?!」
「ったりめーよぉ。ほら、おめーら中に入ってとびっきりの別嬪さんにしてやってくれな。」
「はーい。」
2人の女性が中に入ってくる。
「じゃあ始めますねー。」
人生初の『化粧』に啓の胸は高鳴った。
□□□
「もうニーチャン2人は賭場に出てるからな。それより、別嬪さんになったじゃねぇか。」
「そう…ですか?」
啓は少し照れて頭に手をやろうとしてやめた。今の啓の頭は結い上げられ、簪などが挿されている。
触ると崩れてしまう怖れがあった。
「良いか?ウチは運のみに頼った賭博をしてる。だからイカサマとかそんなのは一切しねーのよ。」
「はぁ。」
「負けたらこっちが損して勝てば儲けだ。単純だろう。だからネーチャンも技術も何もいらねぇ。ただルールを知ってりゃ良い。うちの基本はコロサイとギショーとプラトンだが、ルールは分かるか?」
サイコロと将棋とトランプ、か。
「サイコロ…じゃない、コロサイってのは…・?」
「コロサイはな、あの立方体を入れるカップみたいなもんがある。それに立方体を2つ入れてシェイクして地面にドン。『丁か半かそれ以外か。』と聞けば良い。相手が丁だといえばこっちが半。半だと言えばこっちが丁。それ以外だったらネーチャンが丁半好きなほうを選ぶ。5回やって当てた数の多い方が勝ちだ。」
―――ナルホド。地球と少しルールが違うな。
地球のサイコロ賭博のルールも良く知らないけど、『それ以外』ってなんだよ。そんなの無かったと思う。シェイクというのも気になる。
啓の頭の中ではバーテンダーがカクテルをシェイクしている所が思い浮かんだ。
男が懐からコロサイを取り出す。
「この印が丁。」
「これが半。」
「何も紋様が無いのがそれ以外だ。」
赤い印が丁、青が半、それ以外はそれ以外。単純ではないか!
「ネーチャンの相手は、と。あぁ、こりゃあ…。レヴィだ。」
―――レヴィ…。
「コイツはどうしてか運が良いんだなぁ。ほかの賭場ではもちろんこの賭場でさえ負けたことが無いヤツだ。」
「でもココって運のみですよね?」
「もちろんだ。勝てたら大した強運だ。頑張って来い。」
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