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丸眼鏡の少年(2)




 襖を開けて中に入った。狭い空間に1人の男が座っている。俯いて何をしているのかと思えば、本を読んでいた。
 ―――個室なんだな…。
 ほかの博徒や客の姿が無い。2人座っただけでなんだか狭く感じるほどの小さな部屋だった。啓は蝋燭の明かりで照らされた座布団に腰掛ける。正面に座る男に視線を送った。
 「こんにちは。」
 声をかける。しかし男は答えず、顔を上げすらしない。
 「レヴィさん、こんにちは。」
 名前を呼んでしつこく挨拶をすると、レヴィはやっと顔を上げた。小さな丸眼鏡を掛けている。
 「…こんにちは。新しい、子?」
 「はい、今日入ったばかりです。」
 啓はにっこりと笑ったが、レヴィは関心が無さそうに視線を逸らした。
 「ふぅん…。」
 「何から始めますか?」
 傍に置いてあった箱を開ける。中にはトランプとサイコロと将棋の駒が入っている。
 「じゃあ、…プラトン。」
 ―――トランプ、ね。
 啓は紐でひとまとめにしてあるトランプの束を手に取り、手馴れた動作でトランプを切る。
 ―――これは結構自信あるのよね。
 地球に居た頃、トランプを切るのはなぜかいつも啓の役目だった。どうせやるなら格好良くやりたくて、高度な切り方を練習したのだ。
 パタパタパタ、と音を立ててトランプが一枚ずつ左右交互に重なっていく。
 啓が手元に視線を感じてお客をちらりと見るとトランプの動きを食い入るように見つめている。
 「何か変な所でもありますか?」
 啓の質問を受けて目の前の客は本にしおりを挟み、脇に置いた。おや、と啓も手を止めて、居住まいを正す。
 「やめないで、続けて。…君さ、どうやってるの…?それ。」
 「へ?それって、これですか?」
 パタパタパタパタと両手の中で弓なりになったトランプが重なり、1つの束になる。
 「…すごい…。」
 心なしか瞳をきらめかせているように見える。自分の手さばきを誉めてもらえたので、啓は素直に嬉しかった。
 「レヴィさん、これできないんですか?」
 「…こんな技、見たことない。」
 ―――えぇ!
 「そ、そうかなぁ。こんなことできる人たくさん居ますよ。」
 謙遜した啓に対してレヴィは即答でそれを否定する。
 「居ないよ。…すごい技術だ…。でも、きっと秘伝の技…なんだろう?」
 「はい?」
 秘伝の技も何も地球の人ならけっこう知ってる人多いと思うんですけど。…あぁ、でもこの世界にはトランプって無かったんだよね。輸入品だから。シャッフルの方法もあんまり知られてないのかも。
 「簡単には…教えてくれない…ね。」
 「あの、」
 「わかった…じゃあ勝負だ。」
 「?」
 「君のその技をかけて僕と勝負。」
 「レヴィさんは何をかけてくれるんですか?」
 啓は別に何もいらなかったのだが、間を持たせるために尋ねた質問が相手を唸らせた。
 「秘伝の技…と同等の情報を…かけなければならない、ね…。」
 思い込みの激しさはピカイチだなぁ、と啓はしみじみ思った。お互いに2枚ずつ配った所ではたと手を止める。
 「どのゲームで賭けます?」
 「どのゲーム?どのゲームって…どういう意味?…もちろん『フイダウゴ』だよ。」
 ―――!
 『フイダウゴ』
 「あー…」と言いながら時間を稼ぎ、脳内で様々にひらがなを並び替える。
 イフゴウダ、違う。ダウゴフイ、違う。ウゴダイフ、違う。
 啓の額をたらり、と冷や汗が流れた。
 「早く…10枚。」
 10枚…10枚で遊ぶトランプのゲーム?いや、少しルールが違うかもしれない。コロサイのように。
 啓はめまぐるしく頭を回転させながらトランプを配った。10枚配り終え、相手が手札を見たので自分も手札を見る。
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 レヴィは真剣な顔で手札を見つめて何やら並び替えている。
 ―――イダゴウフ、違う。ゴウダフイ、違う。フイウゴダ、違う。
 「そうだね…じゃあ、君何か知りたいことあるかい?」
 考えてる邪魔をするな!と言いたい所だが堪える。
 「知りたいこと…?」
 「…ランプ…の魔人…にあやかって…3つまでなら知りたいこと、教えてあげるよ。」
 「!」
 ―――『ランプの魔人にあやかって』
 アラジンと魔法のランプ!この世界にも同じおとぎ話があるのかな?…いやそれは無いんじゃない?でも、あるかもしれない。しかしちょっと待て。良く考えて、啓。
 レヴィ、ってレヴィオスの略なんじゃないか?
 根暗な本の虫、って言っちゃ悪いがピッタリ当てはまらない?
 「それで…良い?」
 啓は確信した。そして満面の笑みで肯定する。
 「ええ、もちろん。」
 「じゃあ、僕から始めるね…。」
 レヴィオスだ。ほぼ確実に間違いなくレヴィオスだ。

 □□□

 「じゃあ、はい。」
 2人の間の黒い布の上に2枚のトランプが置かれる。スペードの4、ダイヤの4。
 ―――わかった!ダイフゴウ!大富豪だ!
 理解した途端安心して少し手が震えた。
 ハートの8とスペードの8。
 「8切り。」
 啓はそう言ってトランプを流そうと手を伸ばした。それをレヴィがそっと押さえる。
 「…8切りって何?」
 「え?」
 もしかして、8切りのルール無いの?!
 焦る啓にレヴィは畳み掛ける。
 「どうして今…流そうと…したの?」
 「し…知らないんですかぁ?いやだなー、レヴィさん。冗談は止めてくださいよ。」
 上手くしらばっくれられただろうか…?
 「冗談…じゃないよ。」
 「8切りですよ?8を出したら強制的にその場を流せる、っていうルールです。最近流行ですよぉ。」
 苦しい説明だとわかっていた。でもそれで押し通すしかない。
 「そんな…だったら8が2と同じくらい強くなってしまうじゃないか…。」
 「でも、そういうルールで」
 「そんなの、無茶苦茶だよ…。」
 「あ、じゃあ8切りはナシでいきましょう。私の出した札もこのままで良いですから!」
 「…うん。」
 まぁ、仕方ないか。
 「じゃあ、レヴィさんどうぞ。」
 「パス。」
 ―――結局パス!!
 「流します。」
 トランプを横に退ける。そして3を2枚出した。7が重ねられる。
 ―――どうしよっかな…。2出す?出しちゃう?でも後6枚も残ってるし…。
 「パス。」
 「流すよ。」
 レヴィが山を退ける。そして、3が1枚。啓は5を置いた。レヴィが2を重ねる。
 「流す。」
 1のダブル。
 ―――やばっ!2残してて良かった…。
 啓が2を出した時レヴィが眉をしかめたのが見えた。さて、何を出そうか。相手の手札は2枚。私は3枚。
 私が場を流さないと負ける。
 黒い敷布の上にハートの1を乗せた。
 「パス。」
 ダイヤのK。
 「パス。…負けたよ。」
 レヴィはそう言って手札を敷布に投げ捨てた。
 ジャックとクイーン。
 「まずは君の1勝、だね。」
 ―――幸先良い。

 「次は『ギショー』が良い…。」
 「はーい。」
 箱にトランプをしまい、将棋の駒を取り出す。
 ―――あれ?この字ってひらがなだよね。手にとった将棋の駒には「ひしゃ」と彫ってある。
 ひしゃ、…飛車ね。
 啓が駒を眺めているとレヴィは先程の黒い布を裏返した。
 「おぉ…。」
 そこには将棋用の升目が描かれていた。
 「並べよう。…駒。」
 「あ、はい。」
 じゃらじゃらと布の真ん中に駒を置く。
 レヴィは一つ一つ手にとって並べていった。啓も手にとるが将棋を指したのは数年前のことで記憶が曖昧だ。
 ―――これはマズイなぁ…。
 そしてその予想通り、10分、という短時間でギショーは決着がついた。当然、啓の負けである。
 「これで一対一だ。」
 口元に笑みを浮かべてレヴィが呟いた。

 「最後はコロサイか…。」
 「技術も何も関係ありませんね。」
 「そうだね、運の勝負だ。」
 ―――えぇっと…サイコロを2つ。カップってのはコレかな。
 啓はコロサイをカップの中に入れた。次はシェイクだ。啓はコロサイの入ったカップの口を片手で塞ぐ。そして激しくカクテルを混ぜるようにシェイクした。レヴィは真顔で見ている。
 ―――これで合ってるんだ。
 シェイクの方法がよくわからず、恥ずかしさを感じながらシェイクしていた啓だったが、それが正しいとわかると自信がみなぎる。塞いでいた手を離して卓にカップを叩きつけた。
 「丁か半か………それ以外か。」
 言い忘れるところだったー…。
 レヴィは少しの間そのカップを見つめる。
 「半。」
 「じゃあ私が丁ね。」
 カパッとカップを開けると紋様の無いコロサイが2つ。
 ―――この場合はどうなるんだ…?
 「それ以外、か。」
 レヴィが残念そうに呟いた。そして啓に手を突き出す。
 「?」
 「カップ…。」
 「え、はぁ。…どうぞ。」
 交代でやるのか。
 レヴィはコロサイをカップの中に入れた。
 ―――この人はどんな風にシェイクするんだろう。
 彼はそのカップの口を上にして自分の目より上まで持ち上げると、まるでワインを混ぜるようにくるくると円を描いた。コロコロ、とカップの中でコロサイが転がる音がする。そして一気に卓に叩きつけた。それから呟く。
 「丁。」
 ―――答えるのはいつもお客からなんだ。変なの。
 「じゃあ半。」
 赤い紋様に青い紋様。
 「丁と半の半。…へぇ、君の当たり…だね。」
 変わって啓がシェイクを始める。
 「丁。」
 「半。」
 半と半の丁。啓はレヴィにカップを手渡した。
 「半。」
 「丁。」
 それ以外と半の半。レヴィからカップを受け取る。
 ―――これでラストだ。
 「丁か半かそれ以外か。」
 「半。」
 「丁。」
 両者に緊張が走る。
 「開けます。」
 「うん…。」
 丁と半の半。
 「負けたー!」
 啓は叫んでがっくりと肩を落とす。レヴィは満足そうに頷くと啓の衣服の袖を引っ張った。
 「さっきの秘伝、教えてくれる…よね?」
 啓は頷いた。
 ―――面倒だけど仕方ない。それに、レヴィオスに用があるのだから、ちょうど良い。



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