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駆けつけたメシャル達、イリド、ザイザック、そして長は立ちすくんだ。その中でシュバルツだけが気まずい空気をものともせずにクリスティアナに駆け寄り、治療を始める。
部屋の真ん中でアデライーデがと座り込んでじっと地面を見ていた。その瞳にはまるで生気が無い。ただ、透明の滴が流れ落ちているだけだ。
そんな彼女の体にしがみ付くようにして啓が抱きついていた。
「アデライーデ…お前どうしてこんな所に居るんだ?」
長が少し青ざめた表情で尋ねる。
「その服装はどうした?まさか、戦っていたんじゃないだろうな?」
「お父様…」
「なんだ。」
「私でしたわ。」
「?」
「核は、私でした。申し訳ありません。」
感情のこもらない言葉の羅列。
「全て、私がしでかしたことだったのです。バージュラスの皆様を利用して。」
「そんな言い方はよしなさい、アディ。」
ぴしゃり、と遮る声。
「お久しぶりです、デジレ様。この事態に陥った原因は私にもあります。アデライーデだけが悪いわけでは御座いません。勘違いなさいませぬように。」
バージュラスの女王はそう断言した。
「なぜ?」
「男の方には、理解できないことかもしれません。10年以上前のバカげた張り合いの結果がこれです。」
「……。」
長は沈黙している。
「覚えておいでですか?」
しばらく考えからデジレは首を横に振った。
「すまないが、どの張り合いだ?」
「美しさの、張り合いに決まっているでしょう。まだ若かった私と、アディの張り合いです。2大美女、だなんて。」
自嘲の笑いが女王から漏れた。
「……あれ、か。」
長は人形のような生気の無い娘を見て軽く溜め息を吐いた。
「馬鹿じゃないのか。」
遠慮も配慮も何も無かった。娘からの返事は無い。
「アディ、お前のしでかしたことの罪は重い。わかっているな?」
アデライーデは深く頷いた。
「追放だ。里からの追放を命じる。バージュラスの里が復興し、両国間が安定するまで。その間は、里に一歩でも踏み入ることを禁じる。」
無情に宣告したデジレの言葉に驚いたイリドが口を挟んだ。
「それは厳しすぎでは…アデライーデ様もヴェノスに操られていたのですし…」
「里が滅びるかもしれなかったんだぞ。木々も植物もどれだけ犠牲になったと思っている?美しさごときのために。これでも、優しすぎるくらいだ。」
すっとアデライーデが立ち上がった。啓も立ち上がると少し距離を置いた。
「今までお世話になりました。」
緩やかな動作で父にお辞儀をし、隊長たちにもお辞儀をする。そして赤髪の青年に近寄った。
「あの、アンブロ」
バシッ、という音が響いた。アデライーデは頬を抑えた。
「ふざけんじゃねぇぞ。そんなに、アイツに頼っちまうほどお前は苦しんでたのかよ!だったらなんで言わねぇんだよ!俺が、何のためにお前の護衛してたと思ってんだ?!」
「…あなたには、1番知られたくなかった。…ごめんね、アンブローズ。」
クッソ、と呟いて青年は壁に拳を叩きつけた。
「腹立つ!」
「アンブローズ、今までありがとう。」
「…なんだよ、それ。永久のお別れかよ!また戻ってくるんだろ!!しんみりすんな!」
そう怒鳴ると彼は一方的に消えた。クライドの中に戻ったのだ。
―――追放…。
啓は外の世界を見て無邪気に喜んでいたアデライーデを思い出した。彼女はきっと外の世界のことは、何も知らない。そんな彼女を追放するなんて、ちょっと刑が重過ぎるんじゃないだろうか。
あんな綺麗な人、すぐに変な人が寄って来るよ。
考えただけでもぞっとする現実を前に啓は必死で打開策を探る。
バージュラスの里の復興、ってどれだけ時間がかかるんだろう。
この刑は遠まわしの死刑宣告、に思えた。
なんとかしたい。なんとかしてあげたい。だって、この人は加害者でもあるけど被害者でもあるだろう?
必至に頭を動かした。
何でも良い、考えろ。アデライーデさんを外の世界に出したらいけない。死んでしまう。殺されてしまう。
「クリスティアナさん、アデライーデさんをこの里に置いてあげなよ。」
出て行きかけていたアデライーデも、その場に居た誰もが驚いて啓を見た。クリスティアナは目を見開いて啓を見つめる。とにかく何か言わなければ、と思って口にした苦し紛れの言葉。自分の声を聞きながら啓はふと気がついた。
ひょっとしたらこれは良い考えかもしれない。
―――大丈夫。きっと頷いてくれる。
啓はその場に仁王立ちして言い放った。
「この里を復興させるのを彼女に手伝わせなさい。」
「…え?」
「2人で協力してこの里を復興したら良い。あなた達にはその責任がある。ヴェノスに操られていたからってそれだけであなた達、自分のしたことを許せる?自分で自分を許せない、違う?」
「それは…」
「どうせ後悔するなら、その後悔を力にしたら良い。何もしないよりは何かした方が絶対良い。アデライーデさんは長の命に従って、復興するまでトリジュに近寄らない。ここに居て、復興のために尽力する。クリスティアナさんも女王の地位を捨てないで、その権力を使って里の復興に尽力する。」
クリスティアナの表情にはまだ迷いが見られる。
―――結論は出してるくせに。
そんな彼女を啓は微笑ましく見て、更に言葉を紡いだ。彼女の背中を後押しするために。
「今、何を考えてる?」
「…?」
「また、何かと張り合ってるの?」
ぴくっとクリスティアナが反応した。
「もう、十分でしょ。」
女王が少しだけ、微笑んだ気がした。啓もにっこりと笑う。
「そんなこと、できない…!私は命をもって償うべきだわ。」
アデライーデの声に啓は振り返った。
―――この里に来る前からそう言っていたもんね。
「うん、知ってる。わかってる、あなたのその気持ちは。」
ヴェノスに操られていると気付く前、あなたは命がけでこの里との争いに終止符を打ちに来た。その気持ちは本物。操られて、出てきたものじゃない。
「じゃあ…」
「だから、命がけで復興させて欲しいんだけど。死ぬのは楽。逃げだよ。いつでもできるし。…あなたはこの里、クリスティアナさんに押し付けてさっさとこの世からオサラバしちゃう?」
できる、できるよ。今も、後悔でいっぱいでしょう?だから、おとなしく出て行こうとしたんでしょう?それに、仲直り、したいよね。
アデライーデは言葉をなくして、棒のように突っ立っている。その濡れた瞳が揺れた。気付いたクリスティアナが口を開いて後押しする。
「できるわ。あなた1人でやるんじゃない。私も居る。…アディ、仲直りしない?」
「…え?」
「私はあなたの大切な日に、お気に入りの衣装を引き裂いたこと、謝るわ。だからあなたも謝って頂戴。」
アデライーデはクリスティアナを見つめた。クリスティアナもその視線を受け止めて、真剣な眼差しを返す。
「里の復興は大変よ。でも、私たち2人の罪悪感にかかればきっと可能だわ。それぐらい、後悔してる。一時でも付け入れられる隙を与えたことを後悔してる。違う?」
アデライーデは俯き、頷いた。
「ごめ…ん、ごめんなさい。」
「許すわ。」
即答だった。
「私は、正直自信が無いの。この子がこんなに痩せたのも私のせい。これから目の当たりにする現実を受け止めきれない気がするの。だから、助けて。」
ディルクの頭を撫でながら呟いたクリスティアナの言葉に深くアデライーデは頷いた。それからチラリと父親に視線を送る。
「良いんじゃないか?」
その言葉を聞いた途端、彼女の瞳から一度止まりかけた涙が再び溢れ出した。
「私で、良ければ…」
つっかえながらそう言ってアデライーデは友人に駆け寄り、負傷した体に気を使いながら抱きしめた。
「ごめんね。」
「こちらこそ、ごめんなさい。頑張っていきましょう。」
殺伐としていた空間が少し温かくなった気がした。
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