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昆虫の里(4)




 「アデライーデさん?」
 少年はニコッと笑って頷く。
 「その人が核だよ。灯台下暗し、だねぇ。」
 「馬鹿なことを言わないで!!」
 アデライーデの悲鳴にも似た声が薄暗い部屋に木霊した。少年は噴出し、腹を抱えて笑い転げる。
 「馬鹿なことぉ?アハハハッ、馬鹿なのはそっちでしょ?忘れてるんだから。まんまと術にかかってさぁ。」
 アデライーデの体が小刻みに震えている。
 「アンタ、最高だったよぉ。罪悪感ってゆーの?そんな物にさいなまれてカワイソウ。でも、元を正せば自分のせい!自分で自分を苦しめてみただけ!すっごい悲劇のヒロインごっこ。」
 「そんなこと、してない……!」
 アデライーデは耳を塞いで首を振っている。
 「忘れてるのも気持ち悪いんじゃないの?」
 「…え?」
 「思い出させてあげるよ。」
 「よしなさい!」
 クリスティアナの声には耳を貸さず、少年は小走りでアデライーデに近づく。
 「来ないで…」
 「ダメダメ、現実逃避もここまでぇ〜。」
 そっとアデライーデの耳元で囁いた。
 「ゲームオーバー。」
 指をパチリと鳴らした。

 アデライーデのつんざくような悲鳴が部屋に響いた。

 彼女は耳を塞いでその場にしゃがみこむ。
 「思い出したでしょー。それが本当の君だよぉ。破かれた服を持ってこの里に来たよね?ここに来たの、今回が初めてじゃないでしょ?」
 アデライーデは答えない。
 「その途中でヴェノスに会ったよねぇ?」
 少年はくすっと笑ってアデライーデの顎を右手で持ち上げた。
 「へぇ、泣いてるんだ。…良いね、この顔。」
 「…離して。」
 弱々しくアデライーデが抵抗する。
 「もう、やめなさい!」
 啓の腕の中でクリスティアナが叫んだ。
 「…面白かったなぁ。悲劇のドラマ。2大美女の転落。映画でも見てる気分だよ。それも最高にバッドエンドの。」
 首だけで振り返った少年は笑みを称えたままだった。
 「救世主さーん。どー?僕の映画は。出演できて楽しかったぁ?」
 「ヴェノス、だな?」
 少年は微笑んだだけだった。
 「なんて事をするんだ?!こんな…」

 「酷いこと、って言うつもりかな?」

 啓の言葉を遮って少年が続けた。軽蔑したように隣で震えるアデライーデを見下ろす。
 「でもさぁ、この子が望んだことだよねぇ。」
 ぐしゃり、とアデライーデの髪を鷲掴んだ。
 「簡単に堕ちたよ?その点ではクリスティアナは面倒だった。この子がガキだったんだよ。弱かったんだよ。その心の弱さ、醜さがこの事件を引き起こした。それだけのことだ。違うかなぁ?」
 最後だけ子供っぽく啓に尋ねる。
 「まぁ、なんにせよ、楽しかった。満足だよ。」
 「ふざけるな!」
 啓は女王の傍を離れて少年に掴みかかった。
 「熱くなっちゃってー。情が移ったかなぁ?…さて、映画の上映も終わったし、僕エンディング曲は聞かない人だからこれで消えるねぇ。」
 言い終えたかと思うと瞳が一瞬あらぬ方向を向き、次の瞬間には色濃く疲労を宿した少年が啓を虚ろな視線で見返してきた。
 「あ…。」
 啓は手を離す。少年はぺたりと座り込んだ。
 「ディルク…!」
 クリスティアナが体を引きずって側に寄り、その体を抱きしめた。
 「ごめんね…ごめんね。」
 「お母さん…どうして泣いてるの?何か悪いことあった?」
 クリスティアナはただ首を振るばかりだった。

 啓は短剣を手にアデライーデに近づいた。
 そして無言でその腕に短剣を滑らす。

 「終わった…。」

 ポツリ、と啓は呟いた。

 「まだよ。」

 アデライーデが蚊の鳴くような声で言った。その意味を理解しかねている啓の耳に轟音が聞こえてくる。
 ―――なに、この声は…・?
 部屋の外は前にも増して騒がしい。空気の振動が不気味だ。
 「何が、起きてるの…?」
 啓は驚いて立ち尽くす。
 ―――核は違ったのか?
 いや、そんなはずは無い。
 うろたえる啓の肩に、そっとクリスティアナが触れた。
 「クリスティアナさん、動いたら怪我がっ…!」
 「そんなことを言っている場合ではない。バージュラスの兵が自分の身を守るために戦っている。彼らからしてみれば、突然トリジュの兵が襲ってくるのだから仕方ない。わけがわからないだろう。」
 ―――そうか。
 催眠術から解放された兵が今度は自分の意思でもって戦っているのだ。
 なんとかして、この事実を知らせないと。戦いを止めないといけない。

 「少し、離れていて。」

 クリスティアナに言われたとおり距離を置く。その途端キィィィィィという音が耳を貫いた。啓は慌てて耳を塞ぎ、うずくまる。
 ―――頭が、割れそうだ…!
 啓は頭痛と耳の痛みを必至で堪えている。その背中を何かがトントンと叩いた。硬く瞑っていた目を開けて少し振り返るとアイーダが平然として立っていた。
 「あ、アイーダ?」
 負傷している蜘蛛の女王には今回の出撃を報せず、兵の要請もしなかった。報されずともわかっただろうが、彼女達蜘蛛とバージュラスの相性の面から考えて、被害を最低限にするために里に残ってもらうことにしたのだ。それが暗黙の内に決まっていた。
 ―――なのに、どうしてここに?
 戸惑う啓にアイーダは微笑みかける。
 彼女はそっと啓の耳に口を寄せ呟く。

 「蜘蛛には蜘蛛の戦い方があるんだよ。もう安心おし。糸で兵たちの動きは止めた。今、あの超音波でクリスティアナがバージュラス達に状況を説明しているようだし、これで落ち着くだろう。……まったく、わらわたちにナイショでこっそり参戦するとは、ケイ、ちょっと冷たいんじゃないかい?」



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