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「ほいほいほいっと。」
アルフ、と名乗ったその男は片っ端から自分の仲間をぶん投げながら進む。
「よろしいんですか、そんな…。」
アデライーデの言葉に男は苦笑する。
「はぁ。よろしいも何も襲い掛かってくるんですから仕方ないでしょう。アンブローズさん、そっちは平気ですか?」
「あたりまえ!」
元気な返事が聞こえた。啓は熱のせいで重たい頭を必至に働かせていた。
―――どうしてこの人は突然催眠術が解けたんだ?
啓にとってはアルフだって襲いかかってきたバージュラスの中の1人だったのだ。
考えながら、アルフの腕を逃れて襲ってきた男の腹を突き刺した。
「ごめんね。」
「ダメです、これくらいしないと。」
啓が切った男の後頭部をアルフが殴りつける。
「こいつ達が異常なことぐらい見りゃわかりますよ。だから良いんです、これぐらい殴っても。元に戻れば尚良い。」
ニコッと笑った。
「クリスティアナ様の部屋にもうすぐ着きますよ。…それにしてもこの騒ぎであの人なんとも思わないんでしょうかねぇ…。生きてるかな。」
ポツリ、と彼が呟いた言葉が啓の心に響いた。
「こっの、アリンコども…多いんだよ!」
背後から暴言が聞こえた。
「アリンコは酷いなぁ。まぁ、これだけ見境なかったらそう言われても仕方ないですけどねぇ。」
はは、と笑ったアルフが突然立ち止まり、黙り込んだ。何体ものバージュラスを気絶させてきた豪腕がぴたりと止まる。
「…アシュレイ?」
前方の扉の前に仁王立ちしている女性がいる。
「アルフさん!」
立ち竦んでしまったアルフを1人のバージュラスが襲う。
「危ない!」
―――ダメだ!剣が届かない!
啓は別の1体と剣を交えている最中だった。アデライーデも然り、である。
「…っくそ!」
渾身の力で相手の腕を弾き、腰から短剣を抜いてアルフを襲うバージュラスに投げつけた。短剣は相手の頬をかすって地面に落ちる。
やっぱりダメだ!地球に居るときにダーツとか練習しとけば良かった!!
しかし、今にもアルフを切り裂こうとしていた鎌は低い踏ん張り声と共に静止した。
「?」
状況を把握したかったが再びバージュラスと剣を交える。
―――今はこっちに集中、だ。
無表情で鎌をぶつけてくる相手をかわした。その時そのバージュラスの体に鞭が巻きついた。アデライーデの物だ。相手が気を取られた隙を突いて腹と足を斬り付け、アルフに向き直った啓は再び言葉をなくした。
「隊長、なんかおかしいですよ、コレ!!」
戸惑いながらも立ち尽くす隊長を守って戦っているバージュラス。
「また、催眠術が解けた…?」
「アルフ隊長!何ボーっとしてるんですか!しっかりして下さい!」
怒鳴っている彼の頬を伝う緑色の血を見て啓はハッとした。アルフさんの時もあの人の時も、実際に傷つけたのは短剣を使っていた。
「もしかして」
地面に転がっている一振りの短剣。
―――ミランダに貰った…
1つの事実に思い至る。
「前もって言っといてよね。」
憎まれ口を叩きながら駆け出した。短剣に飛びついてしっかりと握りなおした。
「アリンコどもぉっ!」
啓は大声を上げた。
「かかって来い!片っ端からこの私が成敗してやる!」
そしてイリドから貰った細剣を鞘に収めた。短剣を構える。
―――待ってて。今、催民術を解くから。
啓の安っぽい挑発に大量のバージュラスが引っかかり、襲い掛かってくる。
「アンブローズ!アデライーデさんも!援護をよろしく!」
返事は無かったが、2人が承知していることを啓は感じた。
「あ、あのあの、君、ちゃっかり自殺宣言?」
マヌケな質問をぶつけてくるのは先程正気に戻ったバージュラスだ。
「死ぬ気は毛頭無い!…あなたも、援護をよろしく。」
「…え?」
「来た!」
アンブローズ達を超えてやってきたバージュラス。「げぇっ」と言いながらも、隣のバージュラスが彼らの攻撃を受け止める。啓はすかさずその腕を斬った。と言っても深くは斬り込んでいない。かするだけで十分と言うのは先ほどの攻撃でわかっていた。
「おやまぁ、パックスじゃありませんか。…戦争ゴッコでもしてるんですか?」
「正気に戻ったのかぁ?」
「正気?まるで人が狂っていたみたいに…」
一気に来た3体の攻撃をパックスともう1人が受け止めた。啓が斬る。
―――これで5体。
□□□
「ケイ様!ここは正気な人たちに任せて進みましょう!」
正常に戻った者が30体を越えた時、アデライーデの声が啓の耳に入る。もう随分とここで時間を取られていた。正常に戻す方法がわかった今、一刻も早く女王の元へ向かいたい。
「オッケー!」
「置いて行くんですかぁ?!」
パックスの情けない声が聞こえる。
「任せる!」
啓はなんの躊躇いも無く女性が仁王立ちしている扉に向かった。アンブローズたちもすぐに追い付いてくる。
「その短剣で正気に戻るんですか?」
アデライーデの問いに啓は頷いた。少し息が上がっている。慣れない武器を使うのは酷く体力と気力を消耗した。
「では、あの女性の動きを私が止めます。その後はよろしくお願いしますね。」
アデライーデが一歩前に出て鞭を振るった。一撃目は弾かれたが、ニ撃目でうまい具合に巻きつく。啓が短剣を持つ腕を動かしたその時、その腕が掴まれた。
「アシュレイを傷つけないでくれ。」
「ア…ルフ、さん?」
「何を言っているのです?!殺すなんて言っておりません!少し斬るだけです!その腕をお離しなさい!」
アデライーデの叱責が響く。しかし頑としてアルフの腕は動かない。啓も身動きが取れなかった。
―――力が強すぎるな…。
その時、啓達の横をすっとアンブローズが通り過ぎた。
アルフが呼びかける暇も無く、ノンストップで鞭の巻きついたアシュレイという女性の腹に拳を叩き込む。女性は一瞬顔を歪めると、その場に崩れ落ちた。
「お、前…」
啓の腕を掴む手の力がどんどん強くなる。
―――い、痛い…!
アンブローズは冷めた表情で、口元に笑みさえ浮かべながらアルフを見た。
「ケイを放せ。この女、死ぬぞ?」
すらり、と収めていた腰の剣を引き抜く。刃先をアシュレイの頭に突きつけた。ぴくり、と腕伝いにアルフが反応したのがわかった。
「その時はこの子を殺すだけだ。」
―――この子、ってのは私だな。
啓は内心滝のような汗を流しながら、離してくれるように頼んだが聞き入れてもらえない。アルフの腕である鎌が動くのがわかった。
両者のピリピリとした空気が膨れ上がった時、「イ、エーイ!」という場違いな明るい声が響く。ほぼそれと同時に「ぐっ…」とうめき声が聞こえ、啓は腕の痛みから開放された。
「ここは僕たちに任せな!」
啓はしばし何が起きたかわからず、声に反応してそちらを向いた。小柄な少年。どうやら自分をアルフから解放してくれたらしいその少年は武器を持たずにバージュラスと対峙している。トリジュの兵士も少人数だが紛れて闘っている。パックスを敵と間違えて混乱しているトリジュの兵も居た。「俺は正気ですよ〜…」という情けない声が聞こえる。
「アハハハ、アンブローズ!カッコ悪!手も足も出ないんだ!」
バージュラスを蹴り飛ばし、笑いながら闘っているその姿は純粋に楽しんでいるように見える。時折、兜がずれて黄色い髪が見えた。
―――メシャルだ!
啓はへなへなとその場にへたり込みそうになるほど安堵した。額の熱は強くなったが、死ぬ確率がぐっと下がったような気持ちになる。
心強い。
「遅ぇよ!」
アンブローズの文句に少年はニッコリと笑って背後のバージュラスに裏拳をお見舞いしながら答える。
「これでも最速!感謝しなよ!」
アンブローズは苦い物でも食べたような表情をしていたが、黄色のメシャルにふっ飛ばされたアルフが立ち上がると剣を構えなおして、立ち塞がった。
「アデライーデ様、さっさと行ってくれません?邪魔ですから。コイツ、どうしようもなく頑固だ。」
くいっと顎でアルフを示してアンブローズは肩を竦めた。
「え、ええ。」
啓とアデライーデはメシャル達と正気に戻ったバージュラスにその場を任せて、クリスティアナに通じる扉を開いた。
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