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ミドリの一族 下(6)




「重い…。」
啓は思うように寝つけず、寝返りを打っては「重い。」と呟いていた。
確かに、アデライーデさんのしたことは最低なことだ。償いたいならそうすれば良い。だが、それに自分がどう関係しているのだ。自分に何ができる?彼女をクリスティアナの所に連れて行く?敵地に乗り込むということか?
―――私を殺す気か?
これが素直な気持ちだった。
「多少強くなったと言っても、バージュラスの兵隊何体もを相手にはできない。」
複数で襲われたらイチコロだろう。啓はアデライーデの正気を疑った。
「…おかしい。何かおかしい…」
啓は強い引っかかりを覚えながらもそれが何なのか、結局気付くことはできなかった。
「とにかく、私だけじゃどうにもならない…誰かに相談しないと。」
真っ先に浮かんだのはクライドとアドの顔だった。

そして本日、特訓が終わった啓は再び7色のはしごの下にたたずんでいる。
アデライーデが訪問してきてから4日が経っていた。あれ以来彼女とは会っていない。啓は誰かに相談しよう、と考えながらも踏み切れずに居た。
―――良いのかな?
彼女が必死に隠してきたことをクライドに話して良いのだろうか?
「やっぱり確認を、取った方が良いんだろうな。」
だけど、それで拒否されたらどうする?啓に打つ手はなくなる。アデライーデと共に乗り込んでいったところで犬死にするだけだ。
「それだけは、論外だ。」
ならば絶対に強い味方が必要。イリドは長に忠実だから相談はできない。ザイザックも然り。アイーダは体が万全じゃない。たとえ、万全だったとしても正直なところ、これ以上巻き込みたくなかった。謎めいた主治医・シュバルツのことも頭に浮かんだが、彼はイリドに精通している。
「やっぱりクライドしか居ない。」
1番信頼できる。数も多い。
それに、彼にどうしても聞いておかなければならないことが1つあったのだ。この4日間延々と繰り返した答えを今再び繰り返して、啓ははしごに手をかけた。

□□□

「明日、出発すんぞ。」
啓の顔を見るなりクライドはそう言った。
「……え?」
かなり気合いを入れて部屋に入った途端だった。出鼻を挫かれ、戸惑う。
「昨日ヴィルジールから連絡があったんだよ。今日着くらしい。それで全員揃う。思ったよりも早かったよな。」
「じゃあ、もう他の5人は中に居るの?」
「あぁ、そうだよ。アンブローズはアデライーデ様のお守りに就けてるけどな。」
啓は頷きながら椅子に座った。
「…ねぇ、クライド。」
「あ?」
「本当はさ、里に残りたいんじゃないの?」
すぐに返事がこなかった。一瞬、部屋に沈黙が訪れる。
「何言ってんだ?」
「だから、里に残ってバージュラスとの戦いに参加したいんじゃないの?」
「なんでだよ。戦争なんて御免だ。それに、パズルのことの方が重要だからな。」
「御免?違うね。クライドは参加したいんだよ。誤魔化してもダメだよ。見てればわかる。」
「…だったらなんだってんだ?」
「残ろうよ。」
剣呑な空気を纏い始めていたクライドは啓の言葉に毒気を抜かれたようだ。
「はぁ?」
「残れば良いじゃん。里の心配して旅できなくなられても困るし。私だってすごくお世話になったからお返しがしたいし、ちょうど良いんじゃない?」
クライドは訝しそうに啓を見つめる。
「そんなことしててブラックホールが暴走し始めたらどうするつもりだ?」
「もし、暴走したなら急いでてもどのみち間に合わなかったはずでしょ。他のピースも集めなくちゃならないんだし。同じことだよ。それに、私は自分の中で区切りをつけて行きたい。今のままじゃ私だってこの里のことがこれから先ずっと気になるから。」
「…本気で言ってるのか?」
啓の表情から本気だとわかっているくせに、クライドは確認をした。
「世界のため、って言って目の前の人を犠牲にするのはどうかと思う。助けられるなら、助ければ良い。それに、ヴェノスが関わっているんでしょう。パズルに全く関係無いってわけじゃない。」
「だけどな、」
「だけどもしかしも無い。決定だよ。」
「…お前、何か隠してるだろ。なんでそんなに焦ってるんだ?」
心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほど驚いたが、表情はなんとか平然を装った。しかし、クライドに嘘をつくのも気が引ける。結局、頷くことも首を振ることもできずに苦笑いを浮かべた。
これでは、隠し事してます、と言っているのと同じだ。
「お前が今言ったことは本心だろ。そりゃー、わかったし、嬉しいけど、なんか変だろ。何隠してる?」
「今は言えない。言はずに済むなら、済ましたい、なぁ、なんて…。」
見る間にクライドの表情が変化していく。
「言え。」
啓は一瞬迷った。しかしすぐに決断を下す。何日も考えて決めていたことだ。
―――協力、してもらう、しかないもん…ね。ごめんなさい、アデライーデさん。やっぱり私はクライドに隠し事はしたくないんだ。大切な人だから。心から信頼できる数少ない人だから。
「…秘密にしといてね。」

□□□

「…で、何でこうなる訳…?」
「静かにしろ。バレたらどうするんだよ。暗いオーラ出すな。」
啓は綺麗な小麦色の肌になっていた。泥っぽい液体で色をつけたのだ。体に鎧をまとい、頭には兜をかぶっている。その隣でクライドも同じような格好をしていた。

「それにしても、クライド様が居ないのは痛いよな…。」
「ああ、正直あの人が居てくれたら勝てると思えるもんな。」
「実戦になると全くダメな僕だってあの人の傍に居れば生き残れるもん…。」

兵の会話が耳に入る。弱気な兵士も居るんだなー、と啓はしみじみと思った。
「頼りにされているのね。」
啓の隣で優雅に笑っている女性、アデライーデだ。彼女も武装して兜の中に長い髪を隠している。意外な事にあの後クライドにアデライーデのことを話しても彼は怒ったりしなかった。
ただ一言「そうか。」と言っただけだった。
それはそれでどうか、とも思うが協力してくれると言うんだから逃す手は無い。アデライーデも啓が話したことについては何も言わなかった。

3人で作戦を練った結果、啓とクライドは里の人に見送られて一度トリジュの里を出ることとなった。
そうすることで、他の人は2人はもう居ないものと思う。そう思わせておいてコッソリ里に戻ってきて他の兵に紛れて戦争に赴く、という魂胆である。
啓達が出発する日、里に戦争の準備をするように、との御触れがあった。
そのせいか、里の人々はバタバタしていて啓たちを見送れるような状況じゃなくなった。啓達には好都合なことだ。
長やイリドなどを訪問して出発することを告げ、誰にも見送られること無く里を出た。やたらむなしかった。
戻ってきた時は里に待機させていたアド、アンブローズ、アデライーデが門を開け、中に入れてくれた。そして、クライドの家で息を潜めて過ごし、今日に至る。

角笛の音が鳴り響いた。

「進軍!!」
長の声が聞こえる。それを合図に兵たちは隊列で進み始めた。啓の中で言いようの無い不安が膨れ上がる。額の汗を何度も拭った。
「…大丈夫?」
「あ、はい。アデライーデさんこそ大丈夫ですか?」
「ええ。私は平気よ。」
クライドは啓の額の熱を考慮して少し離れたところを歩いている。
「―――そう言えば、」
「はい?」
「地上に出たら木の上を進むことになるけど、救世主様、できる?」
「!」
―――木の上?…木の上?!
「それはあれですか…木の枝伝いに前に進むと言うことですか?」
忍者が木の上を移動しているところを思い浮かべた。ありえない。
「そうです。」
「できません。」
「…困りましたね。」

「そこ!私語を慎め!!」

イリドの怒声が降ってきた。
啓は特訓時の習慣で、思わず反射的に頭を下げ「申し訳ありません!」と敬礼していた。
「うん、良い返事だね。生き残りなよ。」
イリドは隊列の前後を行ったり来たりしながら辺りを警戒している。突然背後からガツン、と後頭部に衝撃が走った。
「お前な、何やってんだ?声出してばれたらどうするんだよ?…ったく。」
ひそひそとクライドが呟く。啓は同じように囁き返す。
「クライド、どうしよう。私、木の上を進むとかできないんだけど。」
「その時は担いでやるよ。」
「―――目立たない?」
「心配すんな。イリドもザイザックもああ見えてかなり緊張してるからな。隊列よりも周りの気配に気を配ってる。気付かねーよ。」
とてもそうは思えないんだが…。クライドの楽観的主張に内心溜め息をついた啓だった。だがここは彼に頼るしかない。
「そろそろ地上だぞ。上に出たら隊はある程度バラつくから大丈夫だ。心配すんな。」
「う、うん。」
「アドを出してやろうか?」
彼が何を思ってそんな提案をしたのか理解できない啓だったが、即座に首を振った。
「クライドが良い。」
「…そーか。」
当たり前だ。クライドの方がアドよりも額の熱が断然マシなのだ。戦いの前に倒れるわけにはいかない。

眩しい光が差し込んできた。
―――すごい光、やっぱり太陽は違う…。
自分の影をこんなにはっきりと見たのは久しぶりだった。
「うわ―…。」
アデライーデが感嘆の声を上げた。
「アデライーデ、興奮すんなよ。」
「ええ、わかってる。」
クライドの指摘にそう答えた彼女だったがその声は少し弾んでいた。

□□□

「首、絞まるだろ!普通に掴まれ!」
「わかってるー!」
―――これ、この速さと振動と浮遊感は嫌いだ!
啓の最も苦手とするものだった。しっかりと目を瞑ってクライドにしがみ付く。
額の熱は相変わらずだが、ここで落とされたら熱とは比べ物にならない激痛と共に昇天してしまうだろう。
「足巻きつけるな!動きにくい!」
「ご、ごめん!」
―――う゛ぇ、気分悪い…。
「…着くぞ。入り口だ。」
ひときわ強い衝撃と共に地上に降りる。啓はアデライーデにふらついた所を支えられた。
「ご、ごめん。」
「良いんですよ、あの大木の穴の中が入り口です。」
アデライーデの指の示す先には巨大な木がそびえ立っていた。その根元にぽっかりと穴が空いている。
「…でもこの木。」
「枯れていますね。」
啓の呟きをアデライーデが引き継ぐ。
「可哀想に…。」
「行くぞ。」
クライドの言葉に啓は深く頷いて穴をくぐった。



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