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「おはようさーん!」
激しい音と共に啓の部屋の扉が勢い良く開けられる。
「昨晩はー、アドとしっかり話し合いできました?」
目を開いた啓の視界にイリドの顔が突然現れる。
「…あれ?なんで、ここ私の部屋…?」
「昨日ぶっ倒れたアンタをアドが担いできたんだよ。真夜中にさぁ。よりにもよって私の部屋に!」
ニッコリと笑うその顔からは怒りのオーラが滲み出ている。
「いい気持ちで寝てたのに…叩き起こされて、挙句アンタの部屋まで案内させられて?」
「すいません…。」
「それから延々と続く夕飯の時の謝罪のオンパレード!」
よくよく見ると少し目の下に隈ができているように見える。
「もう良いってアタシは言ったのに!」
「…はぁ。でも、アドはよっぽど後悔して反省してたんだと思います。」
「そんなことは、剣を突きつけられた時からわかってたんだよ。」
意外なイリドの言葉に啓は少し目を瞠る。
「あぁ、コイツ後で後悔するんだろうなー、ってわかってたんだよ。何年の付き合いだと思ってんだ!」
「す、すいません…。」
なぜ自分が謝っているのだろう、と啓は自問する。
「だから、一発殴ってやったよ。あれで帳消しだ。…だから、良いね?」
ビシッと指差される。
「今日、アイツがどんな顔であろうとあんたは一切何も言うな。自業自得なんだ。わかったね?」
「あ、え、はぁ。わかりました。」
なんだ、結局はそれが言いたかったのか。というのが素直な感想であった。
それからいつも通りの特訓場に行ったのだが、そこにいた青年の顔を見て啓は息を飲んだ。
「あ、アド、だよね?」
額の熱に耐えられるくらいの距離から話し掛ける。
左頬をパンパンに腫らして、顔の原型がちょっとわからなくなっている青年は苦笑するように顔を歪ませて頷いた。
「おはよう。」
「お、おはよう。大丈夫?だいぶ腫れてるね。」
「平気だよ。僕は啓の特訓に支障が無いように遠くから見てるからね。」
じゃ、と爽やかとは程遠い笑顔のような表情で手を振って、頬に氷を当てながら去っていった。
「ふん、これでアンタの教師は3人だ。今日からはアイーダも参加してくるそうだからね。」
『お手柔らかにね、救世主。』
それはこっちのセリフです。
訓練の厳しさが増したのは言うまでも無い。
□□□
「やっぱり、行こうかしら…。」
「どこにですかー?」
「それは内緒。」
「ちぇ、秘密なら口に出さないで下さいよ、アデライーデ様。」
女性はふふ、と笑った。それから立ち上がる。
「お出かけですかー?」
「ええ。でも、1人で行きたいの。」
「じゃ、その間、俺は自由時間てことで良いですか?」
アンブローズは自分が休むことしか考えていないようである。自由時間に何をしようか、と目をきらめかせている。
「構わないわ。」
アデライーデは喜んで部屋を飛び出していった青年を見送って、少し溜め息をついた。
「どうやって切り出せば良いのかしら…。」
彼女の中には長い長い間、人には言えない葛藤がぐるぐると渦巻いていた。
―――重い。つらい。苦しい。
早く吐き出してしまいたい。それをずっと抱えて生きてきた。
「あの人なら、なんとかしてくれる、きっと。」
そんな希望を抱いてトリジュ1の美女と言われる女性は病院へ向かった。
□□□
「アデライーデ様?」
頭上から声がかかった。見上げると顔面を異常に腫らした二番隊隊長が手を振っている。そして身軽な動作で飛び降りると、自分の傍に着地した。
「こんな所まで来るなんて珍しいですね。アンブローズは居ないんですか?」
「ええ。自由時間中なの。私が少し1人になりたくて。」
「騒がしいヤツですからね。気持ちはわかります。」
いつもだったらここでのんびりとした空気が漂うのだが、今日はそうもいかない。アドの顔面の腫れが気になって仕方が無かった。
アデライーデの気持ちに気付いたのか、青年は自分の頬を指差して「自業自得なんです。」と呟いた。
「…そう、なの。」
しかし、それ以上その話題には触れてはいけないような気がして、アデライーデは深く尋ねなかった。
「救世主様を探しているんだけど、知ってるかしら?」
「ケイですか?あそこに居ますよ。」
指差された先で、イリドと少女が剣を交えていた。
「危ないわ…」
咄嗟に口をついて出た言葉だった。
「大丈夫ですよ。イリドもアイーダも手加減してますし、ケイも弱くないですから。」
「そう…。」
しかし、内心はらはらして目が離せない。
「いつ頃、休憩を取るのかしら?話したいことが、あるの。」
アドリアーノがチラリ、と自分を見てまた啓に視線を戻したのがわかった。
鋭い男だ。気付かれたかもしれない。自分が厄介ごとを持ち込もうとしていることに。
「話したいこと?」
予想通り聞き返された。
「ええ。」
「ええ、って…それだけですか?一応、僕ケイの護衛なんですけど。聞かせてもらえないですか?」
「ダメ。これは女同士にしか、わからないわ。」
「…はぁ。女同士、ですか。…今日はもう随分とやってますからね。夕方頃には終わると思いますけど。」
「構わないわ。救世主様の部屋で待たせてもらっても良いかしら?」
「良いんじゃないですか?」
案外あっさりと折れた。アデライーデは微笑んでお礼を言うと、啓の病室に向かった。
□□□
「ケイ。」
今日の特訓が無事終わり、その場に仰向けに転がっている啓に声がかかる。
「アデライーデ様がケイに話があるって言って、部屋で待ってるよ。」
「…えぇ?」
本当は叫びたいほど驚いたのだが、そんな体力は残っていない。
「どうして私に…。」
それほど親しくも無いのに。
「さぁ、僕もよくわからないけどね。じゃあ、僕はもう帰る。クライドから呼ばれてるんだ。」
「アド、ありがとう。腫れが早く引くと良いね。」
「うん。ケイも無理しないように。」
彼の気配が消えたのが分かった。
「それにしても、話ってなんだろう?」
体を起こして立ち上がった。
「お疲れ様です、救世主様。」
「すいません、汗びっしょりで…随分待たせてしまったんじゃないですか?」
啓が部屋に入ると、窓のそばの椅子に座って外を眺めていた女性が立ち上がってお辞儀をした。
「良いんです、私が突然お邪魔したのですから。」
啓はとりあえず顔と髪の汗を拭くと、アデライーデの傍の椅子に座った。
「それで、あの、お話って?」
「ええ。とても、重要なお話なの。今まで誰にも話せなかった。確信が無かったのもあったけれど、理解してもらえないんじゃないかと思って…。」
―――もしやシリアス?
俯いて、言い辛そうにしているアデライーデを見ながら、啓は内心困った。
誰にも言えないようなことを、どうして私に?
「聞いてくださいますか?」
「…私で良ければ…。」
―――断れる空気じゃないではないですか。
啓はこの話を聞いたことで逃れられない戦争の渦の真ん中に立たされることとなったのだ。
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