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ミドリの一族 下(1)




 タロタスの意見は可決された。その為に啓は特訓の時間ではない今も腰に剣を差している。
 「はぁ…。」
 啓は深い溜め息をついた。
 「隙あり!」
 突然背後に現れたイリドが剣で斬りつけてくる。
 「うわっ!」
 啓は寸でのところで避けた。
 ―――あっぶなー。
 「違うでしょうが!剣を抜いて受ける!そのための練習だろう!」
 「…すいません。」
 要するに、そういうことなのだ。
 イリド、アイーダ、タロタス、シュバルツまでもが加わって、啓に不意打ちをかけてくるのだ。啓はそれを剣で受ける。そして反撃。反射神経と、気を感じ取る訓練だそうだ。お互いに繰り出せるのは一撃のみ。
 戦場ごっこ、とタロタスは言っていた。どうやらタランチュラの間ではお馴染みの遊びらしい。
 「これからはちゃんとするんだよ。…ところで、今までに誰か仕掛けてきた奴は居る?」
 「イリドが最初だけど…?」
 啓の返事にイリドは頷いて去っていった。
 「―――!」
 その姿を見送っていた啓は背後に感じた殺気に反応し、振り向きながら抜刀した。
 「今度は成功ですね、救世主様。」
 ギリギリ、とタロタスと力比べをする。
 「反撃ですよ!」
 「…わかってる、けどっ!」
 完全に啓は押し負けている。この距離じゃ、剣を弾くこともできない。しかしタロタスは次の瞬間剣を引いた。
 「ダメじゃないですか。」
 啓は項垂れる。
 「救世主様は、思い切りが足りないんですよ。力が無くても、振り向きながら抜刀したならその勢いで力は増加しているはずです。その勢いを利用して反撃してみてください。今のように組み合っちゃダメです。」
 しかも仮にもここは病院だろう。
 案の定、先程の光景を見ていた入院患者は恐れおののき、急ぎ足で立ち去っていた。

 やっと自分の病室に帰ってきた啓は扉を開いた。
 「まだ気を抜くには早い。」
 目の前にシュバルツが立っていた。咄嗟にしゃがんで攻撃を避け、剣の柄に手をかけて一気に抜いた。
 頭上でピュウと口笛の音がする。
 「やるじゃないですか。」
 驚いたようなシュバルツの言葉を聞きながら啓は思う。
 ―――驚いたのはこっちだ。
 ただの医者だと思っていたこの男、啓の攻撃を素手で止めていた。しかも器用に指先で。利き手ではない左手の中指と人差し指で剣の刃を挟んでいる。
 「…まぁ、今のは合格だと思いますよ。」
 医者は笑うと部屋を出て行った。
 啓はやっと気を抜けて、どさっとベッドに倒れこむ。
 「…疲れた…。」
 そのまま啓は眠りに落ちていった。

 □□□

 「ケイ!ケイ!」
 「…んー?」
 耳元で名前を呼ばれる。啓は筋肉痛の首を回して横を見た。
 「…スーザン…?」
 「もう、夜だよ。長が一緒に食事しようって言ってる。」
 「はい?」
 そんなに寝てしまったのか、と1日を無駄にしたような気になった啓だが、驚きの申し出に思わず声を上げた。
 「イリドはもう支度して待ってるよ。長のところで食べるんだって。」
 「…わかった。すぐ行く。」
 何でよりにもよって今なんだ、と思いつつ重たい体を持ち上げて乱れた髪を整えた。冷たい水で顔を洗って頭をスッキリさせる。

 「遅い!」
 怒鳴り声と共に剣が降ってきた。
 ―――勢いを利用して、
 ぐんと一歩前に出る。
 ―――そのまま反撃。
 イリドの首に剣先を突きつけた。パチパチ、と拍手が起こる。タロタスが感動していた。
 「調子良いね。」
 「…体がちょっと楽になったから。」
 イリドは「やっぱり休みも必要かー。」と呟き歩き出した。シュバルツやスーザン、アイーダ達までも一緒に歩き出す。啓もそれに続いた。長の家に近づくにつれて、額の熱が疼いてくる。イリドは何も言うことなく、長いはしごを登り始めた。
 「これ登るの?!」
 この筋肉痛で?!
 「訓練だ。」
 鬼コーチだった。
 『イリド様、そりゃ、あんまりですよ。せっかく体休めたのに。救世主様、こっちにいらして下さい。』
 タロタスが助け舟を出す。啓が促されるまま近づくと、タロタスは指先から糸を飛ばした。頭上にある長の家の外塀に絡みつく。
 『先に私が見本を見せますからその通りにやって下さいね。』
 タロタスはその糸を手に巻きつけ、その場にしゃがんだかと思うと飛び上がった。
 ゴム製の糸なのだろうか、わからないが上手い具合にタロタスを運び、一瞬で彼女は目的地に到着した。
 そこから糸を垂らす。
 『さあ、どうぞ救世主様!』
 啓は手に糸を巻きつける。訓練の時とは違った緊張感だった。
 ―――えぇい、挑戦あるのみ、だ!
 一気に糸を引き寄せて飛び上がる。
 「う・・・わっ」
 『勢いつけ過ぎですよ、救世主様!』
 慌てたようにタロタスが叫んだ。啓は外塀へ一直線、だ。
 「ぶつかる!」
 啓の体に別の糸が巻きつき、逆の方向に引っ張られた。更に上を飛んでいたアイーダが彼女を引き寄せる。
 「あっぶないねぇ。加減を知らないのかい?」
 そう言いながら声を上げてタランチュラの女王は笑った。こうしてなんとか無事に長の家に到着したのである。

 □□□

 入り口にかけてある垂れ幕を上げて中に入ると意外な人物が座っていた。
 「あ、ケイだ。久しぶりー。」
 啓は驚きのあまりその場で縫い付けられたように動けなくなった。
 「メ…シャル。」
 「うん。元気?」
 緑の青年は相変わらずの笑みを顔に浮かべている。啓は額の熱を堪えながら近づいた。
 「なんだか、元気じゃなさそうだね。怪我だらけだし。」
 どうかしたの?と言って少し啓の額の布に触れた。
 「血がにじんでるよ。」
 すぐに手を引いてじっと啓を見つめる。
 「あ、これは特訓で…」
 「特訓?」
 怪訝そうに眉をひそめた。
 「アドリアーノ、久しぶりだね。相変わらず変な格好だ。しかもなんだい?その肌と髪の色は。」
 イリドが変態でも見るような目つきでじろじろとアドを眺める。
 「あぁ、これはティッシが乾燥地帯だから潤いを保つための塗料だよ。強い日差しを防ぐ効果もあるんだ。僕、君と違って直射日光苦手だからさ。それより、特訓って?」
 「アタシが直々に戦い方を教えてるんだよ。」
 イリドは笑って言ったがアドの顔に笑みは無い。
 ―――?
 なんか場の温度が一気に下がったような気がする。啓は朦朧としてきた頭でそう感じた。
 いつも微笑んでいるアドが冷ややかな表情でイリドを見つめた。それから視線を移して啓を見る。
 「あ、」
 ―――怖い。この、表情、は、

 一瞬だった。
 鈍い金属音が響いた。
 イリドの顔ギリギリの所で2本の剣がぶつかった。
 「……。」
 イリドは珍しく、少し青ざめて立ちすくんでいた。
 「シュバルツか…。」
 聞いたことも無いような低い声でアドがぽつりと言った。アドの剣を防いだシュバルツの剣がボキリと折れ、音を立てて地面に落ちる。
 啓は慌ててアドの腕を掴んだ。アイーダの糸がアドの体に巻きつく。
 「何してるの?!剣をしまって!」
 「…ケイ、どうして止めるの?痛くないの、それ。」
 「特訓は私がイリドに頼んだの!私が下手だから怪我するの!だから痛くたって我慢できる!」
 アドリアーノは納得してはいないようだが、とりあえず剣を納めた。
 「それに、シュバルツさんがちゃんと治療してくれてる。私は何も悪いことなんかされてないよ。それに、早く強くなりたいの…。」
 ―――どうして、どうして!
 驚きと額の熱とで啓は大混乱状態だった。そして、何故か何度も駆け巡るバージュラスの表情。
 ――― 一緒だった、あの表情、だ。人を殺す時の顔だ。
 気がつくと両手でアドの体を叩きながら啓は叫んでいた。
 「ばか!ばか!ばかばかばかばか!イリドに謝って!」
 「…ケイ」
 「謝って!謝って謝って、謝ってよ!」
 「ごめん。」
 あっさりとアドは頭を下げる。
 ―――違う、あんなの、違う違う、嫌だ
 啓はその場から駆け去った。



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