[]

ミドリの一族 上(11)




 「おお、来たか。」
 ジョルジョに案内された部屋に入ると一段高い位置にデジレとラリサが座っていた。脇にはザイザックが控えている。
 「ケイ殿、その後の体調はいかがかな?ザイザックがすぐに帰ってきたので心配していたんだが…。」
 デジレが苦笑して隣の一軍隊長を見やる。その視線を受けたザイザックは少し眉間にしわを寄せた。
 「お陰さまで体調は万全です。傷もきれいに塞がって…すごい医療技術ですね。」
 啓の言葉を聞いてデジレは破顔する。
 「それは良かった。だが、傷が早く塞がったのはケイ殿自身の力が大きいだろうな。」
 「…私の、ですか?」
 「シャルの守護がついているだろう。そのお陰だ。」
 はるか昔のことに思えるミランダとの場面を思い起こす。

 ―――『体も少し強くしといたから。』

 仏頂面の花の精霊。ぶん殴ってやろうと思っていたけど、感謝しないといけないな。
 「…ありがたいことです。」
 そう答えて啓は微笑んだ。そんな彼女を見ながら長が再び口を開く。
 「そういえば、ザイザックの代わりにクライドが護衛に就いたと聞いていたんだが、姿が見えないな。」
 「どうせ、また逃げたんでしょう。」
 ザイザックが口を挟んだ。その声はどこか棘が含まれているように感じる。
 「彼は、あの、事情があってこの部屋の外で待機しています。」
 「外で待機?なんでまた…」
 「それはこれからするお話の中で説明させていただくと言うことでよろしいでしょうか?」
 「…アイツが何か関係しているのか?」
 長は目を細めて啓を見つめる。啓は深く頷いた。
 「関係しているどころの話ではありません。むしろ、ある意味で当事者です。」
 「…話を聞こう。」
 啓は息を吸って、ゆっくりと吐いた。そして語り始める。
 自分のこの世界に来るまでの経緯、ミランダとの出会い、ティッシでのアドとの出会い、そして能力のこと。それは数週間の出来事とは思えないほど長い長い話になった。
 長、ラリサ、ザイザック、後ろに控えているジョルジョまでもが口を挟むこともなく、じっとその話に耳を傾けていた。
 「…そして、今はこういうことになっております。」
 啓はそう結び、ほっと息を吐いた。そして、話漏らしたことはないか反芻する。
 ―――うん、我ながら上手く話せたほうだ。
 実際、啓の話は簡潔でわかりやすいものだった。
 バージュラスの襲撃の所で少し言葉を詰まらせたものの、事実をありのままに話した。全てを聞き終えた長は考え込むように黙り込んでいる。ジョルジョが水を運んできて啓に手渡した。ありがたく受け取って口に含む。冷たい水が乾いた咽を潤していくのが心地良い。
 「ザイザック、パズルは今どうなっているんだ?まさかブラックホールをそのまま放置している訳ではあるまい。」
 口を開いたかと思うとデジレはザイザックにそう尋ねた。
 「…最近パズルには行っていないので事情は詳しくはわかりませんが、おそらく空間保持の能力者がブラックホールの拡大を防いでいるものと思われます。」
 「そうか。しかしそれにも限度があるのだろうしな…。分身を集めるのは早いに越したことはないだろう。」
 「それはもちろんです。」
 「…そして、その分身の1人がクライドなのか…。」
 デジレは眉間にしわを寄せ、次の瞬間大きな溜め息を吐いた。
 「ジョルジョ、クライドを呼んで来い。ケイ殿、できるだけ離れていて構わないからな。」
 「あ、はい。ありがとうございます。」
 ジョルジョがいそいそと部屋を出て行き、しばらくしてクライドを連れて戻ってきた。長とクライドはお互いに見つめあう。長の顔が奇妙に歪んだ。そして堪えきれなくなったように笑いを爆発させる。
 「お前が分身だってよ!これから救世主と協力して世界を救う?柄じゃねー!!」
 クライドを指差しながら腹を抱えて笑い転げている。長の豹変振りに啓は口をあんぐりと開けた。思慮深そうな男から飛び出してくる言葉はその辺のチンピラと同様のものである。ふとクライドに目をやると拳を震わせて長を睨みつけている。
 「まーいーけど!まーいーけど!良いけどさぁ!」
 バンバンと敷布を叩いている。ツボに入ったようだ。ラリサがその背中を撫でて、たしなめている。ジョルジョは脇腹の辺りに手をやって顔をしかめていた。
 「…はぁ。腸が痛い…。」
 消え入るように聞こえてきた声に啓は納得した。胃が痛くなるようなものだろう。ようするに、このパターンはいつもの事だということだ。
 やっと笑いが止まった長はニヤニヤと笑いながら質問した。
 「で、どうすんだ?行くのか?」
 「ったりめーだろ!!」
 プッと長は噴出し、慌てて口元を手で覆った。
 しかし今度はすぐに笑いは収まったようで、少しの間沈黙が流れる。そしてパンッと自分の膝を叩いた。
 「良いだろう。拒否権は無いようなものだしな。ミランダからの頼みもある。行って来いよ。」
 「言われねぇでもな。ただ…」
 珍しくクライドが何とも言えないような表情で押し黙った。
 「こっちのことなら心配すんなよ。お前1人欠けたくらいでぶっ潰れるようなやわな里じゃないぜ?」
 「…バージュラスのことがあるだろうが。戦争が大きくなったらどうするんだ?」
 「なんとかするさ。」
 「ヴェノスが関係してるんだぞ!なんとかするってどうするつもりだ?どうにもなんねぇだろうが!操られてる、話は通じねぇ、血まみれでも向かってくる、言っちゃ悪いが勝てると思えねーよ。」
 長はさっきとは違った笑い声を発した。
 「なんだ、言い返してこねぇなぁ、と思ってたらそういう訳か。」
 「…。」
 「実際、もう緊張は限界まで高まってきてる。里の者は極力外に出さないようにしているが仕事柄出なくちゃ仕方がない奴も居てな。そいつらが片っ端から殺られてってる。黙ってるわけにはいかねぇよ。」
 「兵を出すのか。」
 「近いうちにな。そのことも今日話そうと思ってたんだが、お前は外さなきゃなんねーな。」
 ―――クライドが居なくなったら戦力はどれぐらい減るんだろう?
 啓は疑問に思った。
 メシャルであるクライドは7人に分身できる。しかもすごく強いのだろう。隊長各が7人居るのと居ないのでは全然違うに決まっている。
 「おいクライド、お前なに迷ってんだ?」
 ボリボリと頭を書きながらデジレがけだるそうに呟いた。
 「迷う余地は無ぇだろ。さっさとアドリアーノ達を呼び戻せ。7人集まり次第すぐに出発しろ。良いな?」
 「…わかったよ。」
 「あぁ、それからケイ殿、イリドが先程ここに来てな、ケイ殿を特訓したいそうだ。クライドが全員揃うまでになるだろうから短期間しかできないだろうが、精一杯やると良い。きっと怖いぞ。だが、絶対に役に立つ。」
 啓は思わず立ち上がってお辞儀をする。
 「はい。頑張ります!」
 長は笑って頷くとクライドと啓、ジョルジョを退出させた。残された3人に深い沈黙が訪れる。
 「よろしかったのですか?救世主様にも協力して頂いてバージュラスを討つという話でしたのに。」
 重い口を開いてラリサが尋ねる。
 「…仕方ない。」
 デジレはそう呟いて立ち上がると奥の部屋に入っていった。

 □□□

 次の日、啓はまだ朝日も昇らぬうちに叩き起こされた。
 重たい瞼をこじ開けて見ると、三番隊長様が堂々と啓の病室に仁王立ちになっていらっしゃった。
 「よーし、準備は良いか?」
 「…準備?」
 その言葉に首を傾げる。
 昨日、あのような気まずい別れ方をしたというのに、このいつも通りの態度はなんだ?啓にとってはありがたいことだったが、疑問に思えてならなかった。
 「アンタの所持品を見せてもらったけどね、地図と変な衣服と少しのお金。武器になるものといったら短剣のみ。」
 「…はぁ。」
 「そんなんで生き延びられるとでも思ってた?」
 「え、いや…」
 この段階になってやっと啓は頭が回り出した。
 「短剣で戦うなんてよっぽどの使い手じゃなきゃ考えられないよ。ましてやズブの素人のアンタが短剣で戦うなんて自殺願望があるとしか思えないよ。でもまぁ、その細腕じゃあ、大振りの剣は使えないから、ホラこれ。」
 ベッドに一振りの剣が放り投げられる。啓はそれを手にとった。
 ―――う…結構重い…。
 「細剣だよ。手始めはそれぐらいがちょうど良いだろうよ。斬れないように刃はちゃんと鋳つぶしてあるから。」
 「う、うん。」
 「外に出な。始めるよ。」
 「…っえぇ!今から?!」
 「あったりまえ。時間は限られてるんだからね。この病院の裏庭を借りる。先に行ってるからさっさと着替えて来なよ。」
 啓は頷いてベッドから飛び出す。着替えながら不安と好奇心から心臓はドキドキと脈打っていた。

 キィン、と金属のぶつかる音が辺りに響く。
 「遅いね、目で見てから動くと遅れる。体で感じるんだよ。どんなヤツでも殺気は放つ。それをどれだけ押し留められるかが、勝負の分かれ目だよ。」
 荒い呼吸を繰り返しながら啓は頷く。既に衣服は汗でびっしょりと濡れている。前髪の先から汗が流れ落ちた。イリドは助言しながらも技を繰り出してくる。啓はギリギリの所でそれをかわした。
 「そこでどうして剣を出さないんだ!」
 「はい!」
 瞬く間にイリドは啓の背後にまわる。
 ―――足が動かない…!
 よろけた啓の体は容赦の無い一撃を喰らった。ビリビリと衝撃が体中を駆け巡り、啓は尻餅をつく。
 そのときスーザンの明るい声が聞こえた。
 「お昼ご飯できてるよー!」
 その声に気を取られた瞬間、首にひやりとした物が触れた。イリドの剣だった。
 「気を抜くな。…しっかし、もう昼か。早いねぇ。午前中はこの辺にしよう。」
 イリドは剣を引いて鞘に収める。
 「ありがとうございました!」
 「うん。」
 満足そうに頷くと颯爽とその場を去った。
 啓はというと、早朝から昼まで、休憩は朝ご飯の時の1回、という脅威の練習で体はガタガタだった。
 腕はもちろん、足も重たい。そのまま力を抜いて、緑の芝生の上に仰向けに寝転がった。
 「あー…部活を思い出すなぁ。」
 ―――風が気持ち良い。
 啓は地球に居た頃、空手道部でしごかれていた日々を思い出した。
 「…何倍もきついけど。」
 「ケーイー!冷めちゃうよ!早く食べにおいでよ!」
 窓から顔を出してスーザンが啓を呼んだ。
 「はーい。」
 答えて重たい体を無理やり起こす。放り出された剣を鞘に収めた。



 BACK TOP NEXT

[]