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「うるせぇよ!!」
突然別の声が外から聞こえた。
「お前、ここがどこだか分かってんのか!!病院だぞ!!」
「分かってらぁ、百も承知だ!」
「だったら静かにしやがれ!」
「ウルセーのはお前だろ!二重人格野郎!」
「七重人格野朗に言われたくねーよ!」
どうやら、話し相手は先程、長達と部屋に入ってきたシュバルツとかいう医者の物のようだ。
―――それにしても、七重人格ってなに?多すぎじゃない?
あのクライドとか言う男はティッシのメシャルとは全然違うけれど、確かにあいつの言う通り、額の印は彼がメシャルだと証明しているようなものだ。だから、きっとメシャルなんだろう。癪だけれど。
しかし、七重人格?
「ねえ!七重人格ってどういうこと?!」
疑問に思ったので啓はさっそく尋ねてみた。
「そのまんまだ!!ちょっと違うけどな!!」
「どっちよ!!」
「救世主!あんたもうるさい!!安静にしてろよ!クライド、お前見回り中だろ!」
「他のやつに任せた!」
「誰だよ。」
「僕だよー。今、見回り終わった、今日も一日実に平和だったなぁ。」
「馬鹿言え!タランチュラが爆走してただろうが!どこが平和だ!」
「ああ、そうだね。今日は一日大変だったー。もう、疲れたよ、任務完了。」
「おい!逃げんな!」
「バイバーイ。」
どうやら、啓の知らないやたらとテキト―な男が見回りから戻ってきて、またどこかへ行ったようだ。
啓は外に居る男に聞きたいことが山ほどあったのだが、医者に安静を命じられたのでおとなしく黙っていた。
「あー…どいつもこいつも…クライド、とにかくお前は帰れよ。」
先程の男に怒る気力を削がれたらしい、声のボリュームが落ちたシュバルツはそう言った。
「やなこった。俺、まだケイと話しあるし。」
「…なら、部屋の中で静かに話せば良いだろうが。どうして外で怒鳴り合うという展開になるんだ。」
「いやぁ、それは訳アリでさ。至近距離で会話は出来ね―のよ。」
「…はぁ?」
シュバルツが顔をしかめる。
「話し始めると長く面倒で、ややこしく、疲れるんだよな。」
「…シャルの印のことと何か関係あるのか?」
シュバルツの言葉にピクリ、とクライドが反応した。
「毒が体を回っている間、救世主の体にシャルの花びらの印が浮かび上がった。毒を除去したら消えたが…。それに救世主は俺のところに運び込まれてきた時、同じ時期に毒をもらったタランチュラに比べて毒の血中濃度がかなり薄かったんだよな。イリドが少し解毒したと言ってもあれはおかしい。自分で解毒したとしか考えられん。なんなんだ、あれは。メシャルのお前なら何か知ってるんじゃないのか?」
「…俺は何も知らね―よ。」
そう呟くと、クライドは踵を返してその場を立ち去った。
□□□
「んー…、全回復!!」
啓はベッドから下りて伸びをする。
「今日はいよいよアイーダ達のお見舞いに行けるなぁ。」
乱れた髪に指を通して整えながら啓は一人、呟いた。
あれから2日が立っている。啓は昨日の時点で既に回復していたのだが、大事を取ってもう一日安静にしておくように、という医者の指示だった。
手馴れた仕草で髪をまとめ、高い位置で一つに縛る。
病院で着る服として手渡された葉っぱでできた服を脱ぎ、昨夜ティトリが準備してくれた布製の服に身を包んだ。
「改めて考えてみると、トリジュ族の人達ってみんなちゃんと布製の服を着てるよなぁ…ティッシではメシャル葉っぱ姿だったと思うんだけど。」
首を傾げて先程脱ぎ捨てた服を見つめる。
地球では病院で着る服ってパジャマとかジャージとか病院がくれる着物みたいな服、だよね。服を手にとってじっと眺めた。もしも同じだとしたら、これはパジャマ…?
「なハズ無いよね。まさかパジャマのまま人前に出るなんて…」
人の良さそうな青年を思い浮かべて首を振った。
―――ないない、あのメシャルに限ってそれは無い。
「ケーイ、朝ご飯だよー。」
扉の外からスーザンの明るい声が聞こえてくる。
「はいはーい。」
啓は自分で扉を開いてスーザンを招き入れる。
「おはよう、スーザン。」
「おはよー。それ食べ終わったら一緒にイリド達のお見舞いに行こうね。シュバルツが行っても良いよ、って言ってた。」
「うん。」
啓は頷いて食事に手をつける。しかし、緊張の為なのか、食が進まない。結局ろくに食べないまま啓はフォークを置いた。
「どうしたの?食べなきゃダメだよ。」
「…ごめん、食欲が無いんだ。」
「そっかぁ。…仕方ないなぁ。スーザンが食べてあげる。」
少女は啓の隣にちょこんと座ると先程置かれたフォークを手にとって次々に平らげていく。
「ケイは…緊張してるんだね。」
口にまだ食べ物を頬張りながらスーザンが呟いた言葉があまりにも的を得ていたので啓は思考が止まった。返事をしようとしても咄嗟に何か思いつくほど器用な頭ではない。
「…不安なんだ…皆怒ってるだろうし、許してもらえるようなことじゃないから…。」
結局、ありのままの心情を口から出した。
「立ち向かわなきゃ。」
啓には目もくれず、ガツガツと朝食を食べながらスーザンは答えた。
「そうだね。…スーザンは偉いね。私は諭されてばかりだ。」
一瞬スーザンの手が止まる。食べ物を見ていた顔が真っ直ぐに啓を見つめた。そして視線を再び食べ物に戻す。
「スーザンは偉いんじゃないよ。」
ぼそり、と呟いた。
「…え?」
「スーザンがケイに言ってることは全部受け売りだよ。皆が言ってくれた言葉。スーザンに掛けてくれた言葉だよ。どれもちゃんとスーザンの心に届いた。だからスーザンは立ち直れた。だからケイも元気になれると思った。だから言ったの。」
「…。」
「逃げてても何も解決しないよ。ちゃんと会って、話して、それで怒って泣いて、笑うの。」
スーザンはフォークをトレイの上に置くと立ち上がった。
「ケイ、行こう。」
啓は幼い少女に導かれるようにして立ち上がり、病室を後にした。
□□□
啓は今、イリドの病室の前に立っている。ノックをしようと持ち上げた右手は一度も扉を叩くことなく固まっている。
「ケイ、怖い?」
隣に居るスーザンが問い掛ける。
「…怖いよ。でも、それ以上に謝りたい。お礼も言いたい。」
コン、と右手の拳が扉に触れて音をたてた。コンコン、と今度はしっかりノックをする。
「はい、誰だい?」
中から懐かしい声が聞こえる。数日前まで一緒に居たはずなのだが、それが何年も前のことのように感じる。
「け…け、啓です。」
「入りなよ。」
ごくっ、と唾を飲み込んでから一気に扉を開けた。
「なんだか、久しぶり、って感じだねぇ。」
少し広めの部屋の端に設置されているベッドの上にイリドが体を起こして座っていた。啓はその姿を見つめたまま入り口付近で固まっている。
「スーザンまで居るじゃないか。おいで。」
隣に立っていたスーザンが駆けていく。そしてベッドにダイブした。
「埃が立つだろう。」
「ふかふかだぁ…。やっぱりイリドは特別扱いだね。なんたってシュバルツの恋…」
「コラコラ。」
スーザンの言葉をイリドが遮った。そして、口の前で人差し指を立てる。スーザンも心得たのか、同じ仕草をしてニコッと笑った。
す、とイリドの視線が啓を捕らえる。
「あんたも何じっとしてんの、さっさとこっち来なよ。」
促されて啓はおずおずと歩を進める。顔を上げることもできず、視線は常に足元だ。一歩、前に進むたびに足が重くなるような錯覚に陥る。心臓の辺りがもやもやとしてひどく息苦しかった。
「で、何のよう?」
「あ…の、」
口が固まってしまったようで上手く動かない。用意していたセリフも吹き飛んだ。
「ごめ…なさい…、あたし」
ぎゅっと拳を握り締めて震える声でそう呟いた。声が小さすぎたかもしれない。聞こえなかったかもしれない。
啓がもう一度言おうと口を開きかけた時「顔、上げなよ。」とイリドが言った。目を潤ませながら顔を上げるとニコッと笑ったイリド。啓が安心してほっと力を抜いた時、左頬に鋭い痛みが走った。
「あんたはどうしようもない馬鹿だよ!!」
啓は叩かれた頬を手で押さえて俯く。怒鳴り声が病室に響いた。
「そりゃあ、ろくに説明もしなかったあたしにも落ち度はあったさ!だけどねぇ、それを差し引いてもあんたは大馬鹿だ!!あんたは考えなしにうろちょろできる人間じゃないんだよ!たった一人しか居ない救世主なんだ!」
「……。」
「あんたが死んだら、世界中の人が死ぬんだ!あんたの世界の人も!この世界の人も!他の世界に住んでるたくさんの人も死ぬんだよ!今回の事だってそうだ!あんたの身勝手な行動で何人のヤツが死んだ?どれだけの者が生死を彷徨ったと思ってる?!」
「…ごめんなさい…。」
「あんたが自分の立場をきちんと理解していればこんなことは起きなかった。大体あんたは自分のことしか考えてない!自分の身を守るために行動することはあっても誰かを守るために何かをしたことはあるか?!無いだろう!いつも守られてばかり!」
「ごめんなさっ…い。」
「おいおいおい、イリド、そりゃ言い過ぎじゃね―か?」
「…クライド、お前、なんの用だ。見ての通り、今取り込み中だ。後にしてくれ。」
「そりゃ無理ってもんだ。俺はお前じゃなくてケイに用があるんだからな。」
「一昨日といい、今日といい、お前、この馬鹿娘となんの関係があるんだ?」
「…お前には関係ね―よ。いつか話すさ。」
クライドが啓に近づき、座り込んでいた彼女をそっと立ち上がらせる。
「まだ話は終わってない!」
なおもイリドは食い下がった。
「もう充分だって言ってんだ!!」
彼に支えられている啓自信もビクリとする程の怒声だった。
「コイツはちゃんと分かってる。前は分かっていなかったとしても今回のことで充分分かったはずだ。一々お前に怒鳴られて、分かりきったことを確認されなくても良いんだよ!!それをなんだぁ?お前、コイツを虐めたいだけかよ!大体コイツはこっちに来てからまだ一ヶ月も経ってないんだぞ!生まれたばっかの赤ん坊並にこっちの世界については何も知らねーんだよ!自分の身を守ろうとして何が悪い?!人を助ける余裕なんかあるかよ!俺に言わせればなぁ、今回のことは全部お前の落ち度だろうが!」
「…なんだって?」
「わけわかんねー所に急に放り込まれて頑張ってるケイを説明なしに強制連行して、怖がらないわけ無いだろ!しかも戦争中でドンパチやってる所に連れて行かれようとしてると思ったら普通逃げるだろうが!その場できちんと説明しなかった、逃げた時引き止められなかった、あっさりバージュラス一体に負傷させられて、お前、ケイを助けに行くならまだしも、そのまま放置して里に帰ろうとしてたんだろうが!アイーダに任せりゃ大丈夫だとでも思ったか?怪我した自分が行っても殺されるだけだから命が惜しくなったか?」
「そんなことは…」
「ケイはお前に頭下げたんだろうが!本来ならお前がこいつに謝るべきだ!自分のこと棚に上げて説教たぁ良いご身分だな!」
イリドは俯き、握った拳はガタガタと振るえている。怒りを堪えているのだろうか。
「ケイ、行くぞ。」
クライドはつかんだ啓の腕を引っ張る。啓は振り返った。
「イ…リド、私は何もわからないよ。こうだって言われたらそうだと思うし、違うって言われたら違うのかなって思う。自分の身の安全のことしか考えられないのは自分の身も自分で守れないから。人のこと考えてたらすぐ死んじゃう。それだけは、ダメだって思って。でも、私は今まで何もしなかった。」
「……。」
「する暇が無かったからもあるのかもしれないけど、これからは変わるから。自分の身くらい自分で守れるようになる。だから、イリドがもし良かったら強くなる方法を教えて欲しい。」
顔を上げたイリドは何とも言えないような微妙な顔をしていた。
「さっき、言われたこともほとんど本当だから別に良い。間違ったこと言われたらそりゃ腹立つけど、合ってたから。ちゃんと受け止めてこれから頑張る。イリド、解毒してくれてありがとう。」
啓はクライドに引きずられながらイリドの病室を退出した。
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