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ミドリの一族(6)




 ティトリが出て行ってすぐ、再びノックの音がした。
 「あ!シュバルツ来た!」
 スーザンが動けない啓に変わって扉を開ける。
 「失礼するぞ。」
 男が三人に女が一人。
 真ん中の一番背の高い男性が長だろう。褐色の肌、深緑の髪、同じ色の意志の強そうな瞳。服もどこか高価なような気がした。左の女性も、長い髪の所々に小花が咲いていて綺麗だ。
 ―――こちらの人は肌の色、褐色なのね。メシャルは緑だったけど、少数派なのかな?
 「ケイはね副作用で今、体が動かない。」
 スーザンが気を利かせて三人に啓の現状を報告した。
 「すいません、こんな格好で…。」
 「なに、構わぬよ。無理を言っているのは承知済みだからな。」
 啓は失礼にならないように気を使いながら入ってきた四人を観察する。長と思しき男性が一歩前に進み出た。
 「俺がトリジュの里の長だ。デジレという。よろしくな、救世主殿。」
 「私は啓といいます。早速ご迷惑おかけしてしまって申し訳ありません…。」
 「いやいや、護衛をもっと付けなかったこちらの落ち度だ。ケイ殿が責任を感じる必要は無い。こっちに居るのが俺の妻のラリサだ。」
 傍に立っていた女性が少し頭を下げた。啓もつられて会釈する。
 「で、こっちがザイザック。」

 ―――ザイザック!

 「…あ、空間師の…」
 思わず口を突いて出た言葉にその場にいた全員が驚いたようだ。
 「ご存知とは、光栄ですな。」
 男はフードを外して素顔を晒した。微笑とも嘲笑ともいえない微妙な笑顔を浮かべる男。
 ―――なんて、顔色が悪いんだ。
 これが率直な啓の抱いた印象である。
 「…イリドが教えてくれました。」
 「でしょうな。ミランダが私の事を教えるはずが無い。」
 ふんと鼻で笑った。啓はその彼の反応に少し不快感を感じたものの、努めて気にしないようにした。そんなことよりも重要なことがある。
 「ミランダと知り合いなんですか?」
 自然と声が弾んだ。
 「知り合い?…そうですな。アイツのことを私は知っている。アイツも私を知っている。その程度の仲です。」
 啓はなんと答えて良いかわからなかった。ミランダとザイザックは仲が悪い。それだけはわかる。
 「旅は進んでおりますかな?」
 ザイザックが顔を歪めて啓に尋ねる。笑っているつもりなのかもしれなかった。
 「え、…まぁ。と言ってもこの世界にきたのが一週間ほど前で…まだ良くわかっていないというのが現状です。」
 「まぁ。随分最近なのですねぇ。」
 「…はい。」
 啓はラリサの射るような視線に戸惑った。
 ―――私が何かしたんだろうか?
 しかしまだ万全の状態ではない頭は上手く回らない。
 「もし良ければケイ殿の旅について詳しく聞かせてくれないか?力になれると思う。」
 「本当ですか!ありがとうございます。」
 啓は突然舞い込んだ天の助けに感謝の祈りでも捧げたい気持ちだった。
 「長、今は救世主様も体が疲れているでしょうから後日、話をお聞きになってはいかがでしょうか?」
 隣に立っていた医者が口を挟んだ。長は頷く。
 「そうだな。里に居れば安全ゆえ、ゆっくり休まれたら良い。…そうだ、ではザイザックをお付けしておこう。」
 長は名案だぞ、とでも言いたげにニコニコと笑ってポン、とザイザックの肩に手を置いた。
 「それは…いったい…?」
 ザイザックが戸惑って聞き返す。啓の頭の中にもはてなマークが浮かんだ。
 「何か必要なものが有ればこの者に言うと良い。シュバルツも何かと忙しいようだから常に傍にいるわけにはいかんだろうし…。この病院は看護婦も少ないからな。」
 「…申し訳ありません。」
 長の言葉にシュバルツが軽く頭を下げる。
 「あ、いやいや、そういうつもりで言ったんじゃない。悪い悪い。…ケイ殿は襲われたばかりで一人で居るのは怖いだろう?だから傍に誰かが居る方が良いと思ってな。」
 啓の返事を待たずに、「頼んだぞ」とザイザックに声をかけ、長とその奥方が病室を出て行った。
 「それじゃあ、僕も。」
 とかなんとか言って医者は啓の体を診もせずに部屋を出て行った。残されたのは、啓とスーザンとザイザックのみ。
 ―――どうしろってのよ。
 この人と残されることの方が怖いし疲れるんですけど、と思いながら顔色の悪い男に視線をやった。
 「ハハ、どうなってるんでしょう…ね…?」
 気まずい空気をなんとか打破するべく口を開いてみたが、突然のことに気の利いた話題が提供できない。おまけに起きたときは感じなかった頭痛にも似たものが度々思考の邪魔をした。
 「さてな。」
 さらり、と返事が返ってくるがそれは会話の続行を望んでいるとは思えないような淡白なものだった。
 ―――話題が、話題が!
 啓は溺れて水を求めるサルになったように話題を求めた。しかし思いつくはずもない。
 「あっ!ザイザック、クライドだよ!」
 啓の隣でじーっと窓の外を見ていたスーザンがザイザックの服を引っ張る。
 「見回りでしょう。今日は彼の当番ですからな。」
 「…見回り当番とかあるんですか?」
 啓の問いかけにザイザックが頷く。
 「軍の隊長に命じられた者の務めです。」
 「じゃあ、クライドって人も隊長さんなんですね。イリドが三軍の隊長でザイザックさんが一軍だから二軍の隊長さんですか?」
 「そうです。」
 窓の外の男を見やるザイザックの目つきからあまり好ましく思っていないことが伺えた。啓も興味をそそられて起き上がり、スーザンに支えてもらいながら窓の外を見る。
 「う…わぁ、地上とは全然造りが違うんですね。すごい…」
 窓越しに広がる光景は啓を圧倒した。切り株の中に入って「落ちてきた」わけだからトリジュの里は当然地下にある里だ。しかし、まったくの暗闇と言うわけでもなく、薄暗いものの周りはしっかりと見える。
 「木の…根ですか?あちこちで光っているのは・・・?」
 「そうだよ。太陽の光を里に持ってきてくれるの。」
 啓の問いにスーザンが答える。
 へぇー、と簡単の声を漏らしながら観察した。
 里の造りはとても単純、のように見える。生物が暮らせるように当然のことながら広く大きな空間だが、土を取り除いてあるのにも関らず、木の根は健在だ。根は無造作に無遠慮にそびえている。ざくざくと掘り進み、地上から地下空間に出て、再び土の中にもぐる。本当に遠慮ないので、まともに歩いてまっすぐ突っ切ることのできる道は大通り一つしかない。大通りは意図的に根を退けてあるようで、里を二分するように横切っている。大抵は2、3歩進んで根に突き当たり、方向を変えて2,3歩進むとまた根、という具合になる。
 見渡す限り、根、根、根、根。
 根といっても天井から地下まで貫通しているのだから、葉の無い木、と言っても良いだろう。
 その根が放つ淡い光に照らされてたくさんの人々が行き交っている。家屋は根と根の間に巧妙に設置され、固定されていた。それらは必ずしも地に隣接して立てられているわけでは無く、むしろ宙に浮いている家の方が多い。啓の病室も例外ではなく宙に浮いていた。
 そんな眼下の景色の中で行き交う人々の一人、腰に豪奢な長剣をぶら下げた青年。ひょいひょい、と根を避けながら歩を進めるその様子が啓の目に留まる。
 「―――?」
 少し身を乗り出した。目の錯覚かと疑う。
 「あれ、あれだよ!あの剣ぶら下げてしかめっ面してるのがクライド!」
 スーザンに満面の笑みで指差された青年がふと顔を上げた。
 目が、合った。
 啓が額の熱に顔をしかめ、二軍隊長は驚愕のあまり口を開いたまま立ちすくんでいる。
 ―――あれは間違いない。
 「…メシャル…?」
 ティッシで別れたはずの「メシャル」その人だった。



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