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一仕事終えてシュバルツがほっと一息、ハーブティーを飲んでいるとコンコン、と扉が叩かれた。スーザンが走っていく。
「シュバルツ!長が来た!」
「…あぁ、わかったよ。」
よっこらせ、と立ち上がる。
―――そろそろ来ると思っていた所だ。
「イリドは無事か?!」
シュバルツが玄関に行くと噛み付くように長が尋ねてくる。隣には妻のラリサ様、そして一軍隊長のフード男が立っていた。勢ぞろいかよ、と内心シュバルツは舌打ちし部屋に入るよう勧める。
「では、お言葉に甘えて。」
ラリサが真っ先に中に入る。
「お座りください。今紅茶をお出しします。味は何がよろしいですか?」
「グラレス」
「カミノナ」
「ギャラン」
即答で三人から高価なお茶を注文される。シュバルツの心の中はブーイングの嵐だ。せっかく週末にのんびり楽しもうと思って取っておいたお茶が全部飲まれるとはな。
「イリド様もジョルジョ殿も救世主殿もアイーダ様も幸いなことに一命を取り留めました。少し前に、捕らえたバージュラスから毒を搾り出してクモの毒と混ぜ合わせる実験をしていましたから解毒剤もありましたし。毒の摘出も上手くいきました。」
三人の険しかった顔が緩む。
「そうか…それは良かった。」
長はあからさまに脱力してソファの背にぐったりともたれかかった。反対にラリサは身を乗り出した。
「救世主とはどんな御方なのじゃ。」
ラリサが尋ねる。
「そうですねぇ、まだ意識を取り戻していないのでわからない所が多いですが、一言でいうなら予想以上に若い少女です。」
シュバルツの言葉にラリサも長も目が点になった。
「少女…少女だと?」
「16歳ぐらいだと思います。」
三人の客人の前にティーポットを並べる。そして自分は飲みかけの冷え切った紅茶を啜った。
「大丈夫なのか?」
長の問にシュバルツは首を傾げる。
「どうでしょうねぇ。美しいというより可愛らしい、強そうというより儚そうな方です。」
「そんな小娘では話にならぬわ!」
ラリサが怒鳴った。立ち上がってシュバルツを見下ろし、睨みつける。彼はその視線を涼しい表情で受け止めて答える。
「私に言われましても。率直な感想を言っただけです。それに、意識を取り戻したらこんな心配は杞憂に終わるかもしれませんよ。」
「ラリサ、落ち着け。シュバルツの責任じゃないだろう。…悪いな。」
長はいきり立つラリサを暴れ馬でも宥めるようにして再び席に座らせる。
「いえいえ、お構いなく。」
シュバルツはにっこり営業スマイルを貼り付けた。
「さすがはミランダ。まともな救世主を選ぶこともできぬとはな。」
押し殺すようにしてフードの男が呟き、笑った。
「…ザイザック様、室内ですのでフードを取られては如何でしょう。」
不快感を露にはせず、あくまで微笑のままシュバルツは指摘する。
「そうだぞ、ザイザック。それにミランダを悪く言うのはやめろ。」
「かしこまりました。」
ザイザックと呼ばれた男はフードを外す。中から現れた顔は青白く、髪も真っ白だった。
「シュバルツー目覚ましたよ。救世主さん。」
姿が見えなくなっていたスーザンが突然現れて傍まで走りより、にっこり笑う。どうやら、病室を見に行っていたようだ。
「顔色はまだ悪いけど、もう大丈夫そう。今ティトリが診てる。」
「そうか。話が終わったら行く。」
「わかった。」
少女は踵を返して再び走っていった。
「相変わらずスーザンはずっと走ってるのね。」
「…シュバルツ、スーザンは歩けるんだよな?」
長とラリサが尋ねる。
「ええ。歩くのが嫌いなようで。院内では走るなと言ってるんですけどね。」
「なら良いんだけどな。」
長が意味ありげにスーザンの走っていった場所を眺め、腰を上げた。
「直に会った方が早いだろう。」
「そうね。」
「会うのは良いですけど、くれぐれも怒鳴ったりしないで下さいね。相手は怪我人ですから。」
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―――体が動かない。
目を開けて起き上がろうとし、啓は異常に気付いた。頭の先は辛うじて浮くがそこから下はピクリとも動かない。
「…どうなってるんだ…?」
かすれた声が咽から漏れ出る。辺りを見回しても見慣れたものは一つも無い。丸太が重ねて作ってある家だからか、樹の良い香りがする。
「そう言えば、目が…」
見えるようになっている。
「そうか、ここはたぶんトリジュの里…。」
そう考えれば樹で作られた家にも合点がいく。
―――体が重いのは毒のせいか…?
一箇所に全力を注げば少し動くことを発見し、啓は腹部の刺された傷を探る。
「包帯が巻いてある。…良かった、病院に着いたんだ。」
啓はその事実に安心し、同時に他の人々はどうなったのか気になり始める。ナースコールとか無いのかな。重たい首を動かし、目を必至に巡らして周りを見るがそれらしき物は無かった
啓の中の焦燥感がいっそう高まる。
―――私が皆を危険にさらしたのに、その自分だけがのこのこ生き延びるなんてことになったらどうしよう。申し訳なくて、おかしくなってしまいそうだ。
込み上げてくる涙を堪えて、唇をかみ締めた。悪い想像ばかりが頭を支配する。
必死でこみ上げてくるものを堪えているとコンコン、とノック音がした。
「どうぞ。」
扉が開いて優しく微笑む女性が中に入ってきた。
「あ、目を覚まされたんですね。体調はどうですか?」
「アイ―ダは大丈夫ですか?!生きてますか?イリドとかジョルジョも!!」
いきなり大声を出したので上手く息ができず啓は咳き込んだ。医者と思われる女性は駆け寄ってきて啓の上半身を起こし、背中をさすった。お陰で幾分息がしやすくなったように思う。
「皆さんは無事ですよ。2、3日は救世主様も含めて入院してもらわなければいけませんが…。」
優しい声が耳に心地よく聞こえる。それを聞いた途端啓の目から涙が溢れ出た。
「…良かっ…たっ」
涙が後から後から流れ出る。
「う゛――――…」
必死で涙を止めようとする。
「本当に良かったですね。」
啓は激しく頷いた。そして、深く深呼吸する。
「すいません…突然。」
嗚咽は止まらなかったが涙の流れるのはなんとか止められた。
「いえいえ、ずっと緊張した状態だったんですからホッとしたんでしょう。泣くのは悪いことではありません。」
「…ありがとうございます。」
「救世主さん、あなたの体でおかしい所はありませんか?大丈夫ですか?
「え・・と、体が動かせないです。今も、すいません、ずっと支えてもらっちゃってて…。」
女性がそっと啓を寝かせる。そして「触らせてもらいますね」と断ってから啓の体に触れた。首、肩、腕、腹部、足。
「ちゃんと触られてるのがわかりますか?」
「あ、はい。それはちゃんとわかります。」
女性は頷き「大丈夫です。」と断言した。
「解毒剤の副作用が少し出てしまったようですね。心配いりません。半日もすれば治ります。」
「そ、ですか。…良かった。」
「他に何か心配なことはありませんか?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
女性に微笑みかけると彼女も笑顔を返してくれた。
「あー、救世主さん、大丈夫ですか?」
まだあどけない声が啓を呼ぶ。
振り返ると声に見合う年齢の小さな少女だった。見ている側まで釣られそうな笑顔で啓の元に駆けよる。
「もうすぐシュバルツと長達が来るよ!」
しかしその口から飛び出たのは爆弾発言だった。
―――長も来るのか?!
「ど、どうしよ…、あの、私の目赤くないですか?」
傍の女性に尋ねると「そんなことないですよ。」と言われ、ひとまず安心する。
「いきなり…困る…。」
啓は溜め息を吐いた。
「心配いりません。救世主様は怪我人ですから本来ならば面会謝絶の状態です。無理なさらなくて結構です。急な話ですから。」
「でも、」
女性が顔をぐっと近づけて啓と見詰め合う。
「面倒なことを言われたら頭が痛くてよくわからない、と言えば良いんです。」
にっこり。
「わ、わかりました。」
啓の返事に女性は満足そうに微笑む。そのいたずらっぽい笑みに啓も思わず微笑んだ。
「なんてお呼びしたら良いですか?」
啓が改まって尋ねる。
「私はティトリです。そのまま呼んでください。」
「じゃあ、ティトリさん、私はケイって言います。私も救世主じゃなくてそっちで呼んでください。」
「ケイさん、と呼ばせてもらいますね。」
「はい。」
久しぶりに他の人から自分の名前を呼んでもらい、啓は少し感動した。
「スーザンも!スーザンもケイって呼ぶ!」
おとなしくしていた少女が片手を上げてその場で飛び跳ねる。
「スーザンです。よろしく、ケイ。」
「よろしく。」
差し伸べられた小さな手を渾身の力をこめて握リ返した。かすかに手が震える。へへへ、と照れる少女がなんとも可愛らしかった。
「ではケイさん、私はこれで失礼しますね。アイーダさんを診て来ますので。」
ティトリはそう言って部屋を出て行った。
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