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揺らめく都へ(4)




 「…ケイ、起きて。」
 また、夢だろう?今度はなんだ?あんな危険な目に遭うのはこりごりだぞ。目覚めてなんか、やるもんか!

 「起きるんだ。」

 「い゛っ」
 痛い、痛い!耳引っ張んないでよ!!
 啓は相手の手を振り払った。
 「敵だよ。」
 「…は、い?」
 ぴゅうっとこの地には珍しく冷たい風が啓の頬を撫でた。いつの間にか消された焚き火の傍でガーティが身を起こしている。
 「なんなんだろうなぁ、もう。」
 ラクダの後ろに身を潜め、遠くを見やってガーティは心底嫌そうにつぶやいた。やっとこさ目の覚めてきた啓は身をかがめて彼の傍まで移動する。
 「敵って?」
 「あそこ。」
 啓がそちらに視線をやると、確かにうごめく何かがある。松明の光がある時点で、人が居ることは確定なのだが。
 「…え、なんか数が…」
 「多いね。人だけでも15、6人。」
 あっさりとガーティも同意してまた溜め息を吐いた。
 「しかもなんか、犬みたいなものが見えるんですが。」
 「…犬?」
 「犬というか、だいぶ大きすぎるなとは思うけど。」
 啓のおっかなびっくりな言葉に、ガーティは呆れたように首を振った。
 「何、言ってんの。寝ぼけるのもそのくらいにしときなよ。」
 「す、すいません。」
 だって、知らないんだから仕方ないじゃないか!じゃあ何?恐竜とでも呼べってか?!
 遠くてよく見えないが、体の大きさは人間の肩ほど。体つきは二足歩行で、小さな腕が二つ付いている。毛は生えていないからきっと蛇のような体の表面なのだと思う。爬虫類系の。あまり、見たくない。想像したくも無い。変なうなり声も聞こえる。
 「フリゴが8体。2人乗りで来たかな、貧乏人め。」
 「でも、私達には関係ないかもだよね?」
 上等そうな皮製の黒い手袋をはめながらガーティが首を振る。
 「十中八九、俺たちへの襲撃だよ。」
 どうしてそう言いきれるのか。
 納得いかない表情の啓にガーティが丸い筒を投げてよこした。
 ―――…望遠鏡だ。
 さっそく使わせてもらって覗き込んだ。焦点を合わせて、様子を伺う。
 「うわっ…」
 一瞬、声を上げて啓は仰け反った。
 「フリゴって、あれ…」
 怖い!顔つきがもう、犬なんかとは比べ物にならないくらい怖い!全然似てない!もうホント、小型恐竜じゃない!!牙が!牙と爪が!
 「フリゴは良いから、他を見なよ。」
 「そんなこと言ったって…あ?」
 見慣れた、いや、見覚えのある顔が混ざっている。
 ―――あれは、確か…
 記憶をめまぐるしく遡り、やはり、その人物であると確信する。
 「ニコラちゃんの汲んできた水を奪った男だ。」
 あの、無礼千万な、か弱い女の子が苦労して汲んだ水を奪い取って我が物顔で飲み干した、あの男。
 施しは受けない、と訳のわからないことを言って立ち去っていった、あのプライドだけは高そうな男だ。
 「まさか…」
 あのときの報復のために?こんな所までわざわざ?
 「ちょっと常軌を逸してるけど、そのまさかだろうね。でなければ、ただの偶然。彼はたまたま盗賊だった、それでたまたま夜出かけて、たまたま俺たちの傍まで来た。あり得ないことじゃあないね。」
 でも確率は低い、と暗に言われた。
 「でもまぁ、どちらにせよ、逃げ切れないよ。」
 「やってみなきゃわからないじゃない。」
 「ラクダがフリゴに勝てるかな、足で。」
 幼い子供に言い聞かせるように、笑顔で、優しく、嫌みったらしく、ガーティが教えてくれた。
 「剣、持ってるみたいだし、向こうはやる気満々だよ。どうしてそう血気盛んなのか…。けど、ここでじっとしててもそのうち見つかるし、奇襲かけるよ。良いね?」
 どの道、戦うことになるならば、その方が良いだろう。数でもその他のあらゆる面でこちらの方が不利なのだから。
 啓も深くうなずいた。
 ―――本当に、嫌なのだ。剣の柄を握って、それを相手に向けたときの感覚が。
 啓の隣でガーティがゴーグルを取り出した。
 「何、それ。」
 戦いに備え、冷えていく気持ちの中、啓は尋ねる。
 「暗視スコープ。」
 冗談はよせ。ここは地球か?
 でも細かく問いただす余裕は無い。そろり、そろり、と身をかがめて相手に近付く。
 「ごめんね、啓の分は無いんだ。」
 「…そう。」
 「音が鳴ったら突撃だよ。」
 返事をする間もなかった。
 轟音が、夜の砂漠にこだました。

 □□□

 啓は反射的に飛び出した。
 背後で連続して鳴り響く音はもしや拳銃の音ではないか、という考えがよぎったりはしたが、構っていられない。
 背後から一気に切り付けた。
 腹部や、足、致命傷に至らぬよう、それでいて身動きはできないように、狙い定めて、剣戟を繰り出す。なぜか、フリゴは気にならなかった。知らぬ間に足元に転がっている。
 ―――なぜ?
 そんなこと考えている余裕は無い。精々考えて「邪魔だ。」くらいまでだ。
 とにかく、必死だった。
 大きな男達。体格は啓の倍はあるのではないかとすら思う。実際はそんなことも無いのだろうが、面と向かって剣を交えるなど、自殺行為だ。
 動き回って横から、後ろから斜めから、けれど数では圧倒的に相手のほうが有利。数人はガーティが引き受けてくれているようだが、それでも啓にとっては絶望的に思えた。焦燥感ばかりが、増してくる。
 おまけに、足元がおぼつかない。
 砂だ。こんな柔らかな地面の上で戦ったことは無かった。踏ん張ることができない。足が沈み込んでしまうのだ。もっと早く動けるはずなのに、もっと強く切り込めるはずなのに、との思いばかりが募る。
 「…くそっ」
 予想外だ。こんなに、一人倒すのにこんなに時間がかかるなんて。
 汗をぬぐうことすらままならない。頭痛がしてきた。
 「ハハッ」
 笑い声がした。
 それが無性に腹立たしくて気をとられた。その瞬間鋭い痛みが肩を襲う。
 「…っ!!」
 声すら出せない。剣を取り落とし、溢れる血を見て眩暈がした。
 ―――私、こんなに弱かったっけ?
 情けなくて、悔やしくて、猛烈な怒りが全身を覆った。頭がガンガンする。
 かろうじて相手の剣をかわし、腕に噛み付いて相手の剣を奪い取った。力任せに突き刺して、引き抜く力が無かったのでそのまま蹴り倒す。
 荒い呼吸。いつも、鬱陶しいのよね。…そう思ってるんでしょう?
 どこかでもう一人の自分が投げやりにそう言った。
 そうやって、自分一人で戦えないことにいつも不満を覚えるのに、結局頼っちゃうのよね。弱いから。
 ―――うるさい。
 今だって、誰かがきっと助けてくれる、なーんて甘い考え、捨て切れてないのよ。
 ―――うるさい。
 やれ服が鬱陶しいだの、髪が鬱陶しいだの、顔の汗が鬱陶しいだの、みんなただの言い訳じゃない。
 ―――うるさいよ。
 服が鬱陶しいなら着なけりゃ良いじゃない。髪が鬱陶しいなら切れば良いでしょう。汗が鬱陶しいなら顔に布を貼っとけば良い。足が短いならずっと竹馬に乗ってりゃ良いのよ。
 ―――黙れ。
 それができないから、我慢するんじゃない。砂が柔らかいからうまく戦えないって、そりゃそうでしょうよ。ならあなた、砂を固くできるわけ?できないんでしょう?だったらこれで我慢して戦うしかないじゃない。
 余計なこと、考えてる暇ないでしょう。そんな余裕、無いはずでしょう。
 私はあなたの、そういう何かにつけて現実逃避するやり方が気に食わないのよ。何かのせいにして、だから仕方ないんだ、っていう考え方嫌いなの。
 「わかってる…!」
 飛び掛ってきた相手を受け流し、足を切りつける。
 「わかってる!わかってる!」
 涙が溢れてきた。理由はわからない。
 ―――斬っても、斬っても斬っても、切りが無い。こんなに、斬りたくないのに!
 うまく戦えない自分が恨めしい。きっと自分がもっと強くて、うまく戦えたなら、こんなに人を斬らなくても良くなるはずなんだ。もっとうまい戦い方が、あるはずなんだ。
 涙で視界が歪み、頭痛も先ほどよりずっとひどくなり、吐き気がした。
 「あ、ヤバッ…」
 ぐらりと体が傾いた。

 「よく頑張ったな、あとは、任せとけ。」

 遠のきつつある意識の中で、最後に優しい声が聞こえた。



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