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ティッシ(1)




 啓は歩いていた。

 あの後ミランダのあまりにもあっさりした別れ方にひとしきり腹を立て、服屋へ行き、奇人でも見るかのような視線に耐えながら服を選んだ。どうやら着ている制服が注目の的のようだ。
 ―――私に言わせれば周りに居るお前達の方がよほど珍妙だ。
 と思いながら服を見て回ったが、服、と一言でいっても種類は多種多様でヒラヒラのドレスから武人の鎧兜まで置いてあり、自分のこれからの旅のことを考えると、どれにしたら良いのか見当がつかない。
 迷っていると店員らしき人物と目が合った。
 その女性は慌てて目をそらしたが、啓は構わず彼女に近づき、図々しくも服を選べと命令を下した。
 自分が今から旅に出ること、だから動きやすい方が良い事、武器を挿せるような帯も欲しいこと、その他にも色々と条件を言うと店員はシドロモドロしながらも頑張って探してくれた。結果、膝上ほどの丈のチャイナドレスにレギンスということになった。この服に着替えると周りから怪訝な目で見られることはなくなった。
 靴もローファーではいけないと思い「長距離を歩いても疲れない靴を持ってこい。」と店員に指示し、運ばれてきた中で一番ぴったりだった物を選んだ。荷物を入れる鞄も必要だったので軽くてたくさん入りそうな斜めがけ鞄を付け足した。
 そして会計をしているとき、壁に貼り付けられた地図が目に入った。売り物かと尋ねるとそうだと答えたので、それも買った。どこの地図だと尋ねると、「ティッシの物です。」という返事が返ってきたが、その目つきは完全に「どこの地図かも分からない変な奴」を見る目であった。

 そして今に至る。
 ―――さすがの私も傷ついたなぁ。地球では普通の女の子なのに。
 はぁ、と溜息をついた。そして鞄から地図を取り出す。
 どうやらこの地図は世界地図ではないようだ。色々細かに書き記されているし。この辺りの地域の地図らしい。
 「言葉が通じるのと、文字が読めるのには感謝、よね。」
 さて、レヴィオスという空間師を探さなければ。……でもどうやって?
 「情報を集めないと。」


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 「とりあえずパブに行ってみようかな。」
 何かを探すとき、まずは飲み屋。ゲームなどでお馴染みのコースだ。
 地図を片手にしばらく歩くとパブらしき建物を発見した。啓がしばらく傍で様子を見ていると中から酔っ払った男が飛び出してきた。両手には短剣を握っている。
 「真昼間から泥酔……」
 続いて体中に葉っぱをくっつけ、緑色の肌をしたこれまた奇怪な青年がニコニコしながら出てきた。
 「普通、飲み屋とかって昼は喫茶店で夜はアルコールも飲むみたいな感じなんじゃないの?」
 先ほどから地球では考えられない奇怪な人々と何度もすれ違ってきた啓だ。今さら緑色の肌ごときでは動じない。
 ――――この店は危ない店なのかな。
 出てきた二人が対照的過ぎて判断がつかない。その店にはその店の特色があるだろうと啓は思い、客を見てどんな雰囲気の店か判断しようとしたのだが、どうしたものか。
 「決闘らぁ!!」
 呂律の回らない怒鳴り声で酔っ払った男が叫んだ。緑色の青年は首を振る。
しかしその男の怒鳴り声を聞いて通行人達がわらわらと野次馬になり、やっちまえー、とはやし立てた。その人波に運悪く啓はすっぽりと飲み込まれる。息苦しく、必至で人込みを掻き分けて自分の安全を確保すると啓は自分がいつのまにか最前列に居ることに気がついた。
 酔った男の顔は真っ赤で目は血走り、体がフラフラと揺れている。短剣を握る手もどこか危なげだった。
 ―――この場所は、危険だ。
 啓の本能が警告を発している。もしあの男がナイフを投げたら手元が狂って自分に飛んでくるかもしれない。そのナイフを避ける自信は無くもなかったが、危険と分かっていてその場に留まるのは阿呆のすることだ。
 啓は再び人込みを掻き分けようと踵を返した。
 「おい!そこの女ぁ!!」
 まさか自分のことではあるまい、と怒鳴り声を無視して啓は目の前の男を押しのける。
 そのときだった。
 「……へ?」
 啓の体が宙に浮いた。
 「わっ……ちょっと!なに、なに?!」
 手足をばたつかせ、必死に首を巡らして背後を見る。
 「良さそうな剣持ってるじゃねぇか。」
 酒臭い息。
 片手で軽々と啓の服を鷲掴みにし、背後から持ち上げるその腕はあの酔っ払い男のものであった。

 『此処は決して安全な場所じゃない。』

 ミランダの声が啓の頭に甦った。
 ―――息が、苦しい。
 ちょうど肩甲骨の間を男が掴んでいるため、重力の関係で自然と服が首に食い込んでくる。頭がガンガンした。足をばたつかせることしかできない。
 「決闘者にケツを向けるたぁ、なめたガキだ。」
 全身から冷や汗が噴出する。
 ブン、と風を切る音がした。体が揺さぶられる。そして、その直後右肩に予想外の痛みが生じた。
 「っ……!」
 自分が地面に叩きつけられたのだと啓が気付いたのは数秒経ってからだった。激しく咳き込みながら痛みに体を丸める。
 ―――どうしてこんな事されなくてはならないのか理解できない。でも、立たないと。
 理不尽な仕打ちに怒りを感じながらも啓は上体を起こした。転がっていたら良いように蹴飛ばされて相手を調子付かせるだけだとわかっていたからだった。
 肩がズキズキと痛む。それに加えて、額も切れたようだ。熱を持っていた。
 啓は手のひらで頬を伝った血を拭う。
 衝撃の割には軽症で済んだ、と冷静に判断し、立とうと足を動かしたが力が入らない。
 ―――まぁ、当然よね。こんなこと生まれて初めての経験だし。
 地球に片手で自分を持ち上げる人は居なかったし、ましてや地面に叩きつけられたことなど有る筈もなかった。こんなことが自分の身に起こるなんて考えたこともなかった。そのショックで足に力が入らない。
 「俺にケツ向けた罪は重いぜ。」
 ナイフをちらつかせながら男が近寄ってきた。
 「……どうしてこんな事されてるのか意味がわからない。」
 情けない声だったが時間稼ぎも兼ねて元々あまり無い勇気を掻き集めて尋ねた。

 「この村では決闘者に背を向けることはその者を否定することになるんだよ。」

 穏やかな声が突然降って湧いた。
 啓と男の間に先程ニコニコ笑っていた青年がふらり、と割り込む。そしてにこっと啓に微笑みかけた。
 しかし、そう言う彼も思い切り男に背を向けている。
 「あ……危ないっ!」
 群集から声があがった。男が青年の後頭部目掛けて短剣を投げつけたのだ。しかし青年は危なげなくその刃をかわし、振り向き様に抜刀して男を切りつける。青年の延長線上に居た啓は危ない所で飛来してきた短剣を這いずってを避けた。
 ―――あたしが危なかった……!避けるなら言ってよね!!
 酔っ払い男は絶叫して地面をのた打ち回っている。
 「酔い、覚めました?」
 青年が冷たく男に問い掛けた。
 男は答えられるわけも無く、ただ傷口を抑えて「医者!」と連呼している。
 「この子はまだこの村に来たばかりみたいだよ。ルールなんか知らなくて当然。君は一応投げ飛ばしたことで制裁は与えてるし、彼女の分も僕が戦ったってことで良いでしょ?」
 男は首を縦に振った。青年は満足そうに微笑むと啓の所に駆けてくる。酔っ払いは傷口に手荒く布を当てられ、数人の村人に担がれていった。
 「大丈夫だった?」
 青年はそう言って、啓の額にできた傷口を布で優しく拭いた。
 「痛かったでしょ。この程度で済んでよかったね。骨が折れたかと思ったよ。」
 啓は込み上げてくる涙を見られないように俯いた。
 ―――熱い。額が・・・。
 さっき切れたと思った額が火が点いているかのように熱を持っている。
 「デコが焼ける。」
 ぼそりと呟いたが、青年には聞こえなかったようだ。
 「怖かったね。」
 青年は見当違いなことを言って啓の頭を優しく撫でた。
 「いっ……!」
 あまりの熱さに青年の手を弾き、叫びたいのを必至で啓は堪えた。野次馬だった人々も集まってきて口々に大丈夫か、と声をかけてくれる。
 「もう心配すんな、大丈夫さ。泣くなよ、お嬢ちゃん。」
 そんな言葉も、聞こえた。
 ―――畜生、完全に勘違いされている。
 私が泣いているのはさっきのが怖かったからじゃない。ほっとして泣いているんじゃない。
 熱いんだ。
 あ・つ・い・ん・だ・!おデコが熱くて熱くて仕方がないんだ!!
 そんな啓の思いは当然村人には伝わらない。
 「何か様子がおかしい。パブに連れて行こう。」
 青年が啓を抱き上げた。
 啓は顔面に火炎放射を受けたかのような熱に反射的に体がびくりと反応する。逃れようと青年の肩を押した。
 「……大丈夫。投げたりしないよ。手当てをしたいからパブに入ろう。良い?」
 彼の表情にはまるで邪気がなかった。優しい微笑み。
 啓はその顔を無性に殴りたくなった。
 ―――この、勘違い野郎どもめっ!!
 しかし彼女は遂に力尽き、意識を手放して青年にもたれかかった。



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