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旅立ち(3)




 「パズルってのは世界のことだ。全世界。ピースによって細かく分類されている世界。まだ空間師である俺たちにもわからないことが多いけどな。お前の居た地球もその一つ。」
 「なるほど。さっきの私の名前が書いてあったピースが私なのね。それが穴に呑み込まれて移動して、だから私は今ここに居る、と。」
 「その通り。」
 「私はどうすれば元の世界に戻れるの?」
 啓のこの質問には簡潔かつ明瞭な答えが返ってきた。
 「空間師長に会ってパズルに連れて行ってもらう。それでピースを元の場所に戻すんだ。ピースは本人じゃないと動かせない。―――他人が故意に動かすとピースも動かした本人も消滅 する。本人以外でピースを移動させられるのはブラックホールだけだ。今回はわざとじゃねぇから大丈夫だったみたいだが。俺はあの時自分が消えるかと思ったな。」
 そう言ってミランダは遠い目をした。思い出しているらしい。
 「うん。」
 「空間師長は空間師以外の人物をパズルに連れて行ける唯一の人物だ。会いにくいのが難点だけどな。」
 会いにくい、とはどういうことだ。
 「北の大氷山の頂上に住んでる。あそこまでの道のりは厳しい。」
 大氷山。名前を聞いただけでどんな場所か大方の想像はつく。
 「ミランダはさっき私しか世界を元に戻せる人が居ないって言ってたよね?」
 彼はしたり顔で頷いた。
 「調べるのかなり大変だったんだぞ。まず、ブラックホールに飲み込まれたのはお前を含めて8人だ。」
 得意げな彼を無視して続けて質問した。
 「他の吸い込まれた人はどうなってるの?」
 「ブラックホールは何がどこに繋がってるのか全く予想がつかない。お前の場合海だった。だがな、他の奴らは違った。ハリケーンの中とか訳のわからない滝に突然打たれたり、散々だ。」
 「……うん。」
 ―――私は一応ラッキーだったんだな……。
 ハリケーンの中に放り込まれることを想像して身震いした。
 「ピースが木っ端微塵になったり裂けちまったりしてあっちこっちに飛び散った。お陰でその人間の分身みたいなのが大量に現れた。どのピースもまともな状況じゃねぇ。その中でお前のピースだけ幸いなんとか形が崩れずに生き残ったんだ。そんで、パズルには完全なピースの形をした者しか入れない。だからお前だけしかパズルに入れるやつが居ない。」
 ―――……それはかなり重要な役割ということなんじゃないだろうか。正義のヒーローになれという訳だな。
 「問題はあるべき場所にピースが無いことでパズルに隙間ができてしまったことだ。そこからまたブラックホールが生まれる。生まれるだけじゃ今の所はたいして影響は無いが、空間師が移動する時に間違えてブラックホールの中に自分のピースを放り込んだり、うっかり落としたらブラックホールに飲み込まれた、とか事件がおきることは必然だ。」
 そんなマヌケな空間師が居るのか、と思いながら啓は頷いた。
 「それに、ブラックホールは成長する。おそらくこのまま放っておけばどんどん巨大化して最終的には正しい場所にあるピースを飲み込み始める。それでまたブラックホールは成長する。負の連鎖だ。本来交わってはいけない世界がごちゃ混ぜになる。そうしたらもう収拾がつかない。最終的には全世界が消滅する。そうなる前にあるべき場所にピースを収める。そうすりゃブラックホールは居場所が無くなって消滅する。」
 「でも、私は他の人のピースに触れないんでしょ?」
 ミランダがにやりと笑った。
 「幸いなことにそれは俺が解決してやれる。」
 どういう意味だ。
 「空間師の仕事内容は今みたいなことにならないように管理することだ。そして、世界を守ること。一つの世界が滅べばでかい穴が空くことになる。ブラックホールができて他の世界にまで影響が出てくる。それを防ぐのが空間師の役目だ。だから、各自がそれなりの力を持っている。むやみやたらと使うことは禁じられているが今回は大丈夫だろう。」
だからなんだ。まどろっこしい。簡潔に明確に要点だけで良いからさっさと結論を言え。
 「俺の力は人に力を与えられることだ。」

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   「どんな力でも?」
 「空間を移動することと関係なけりゃ大丈夫だ。」
 良い考えがあるんだ、と目の前の青年はにこにこして言った。
 「お前の体に他の7人の分身達を取り込むことができるようにしよう。」
 良い考えだろう、と青年は満面の笑みだ。しかし、啓はいまいち理解しきれない。
 「なんですって?」
 聞き返した彼女に上機嫌だったミランダの顔が呆れたような表情になった。素早い切り替えが腹立たしい。
 「頭、悪いのな。」
 彼はそう呟いた。啓は震える拳をなんとか押さえ込んだ。
 「つまりはさ、こういうこった。ブラックホールを消滅させるということは全てのピースを元通りにするということだ。」
 そんなことは十分良く分かっている。
 「だけど、ピースに触れるのはそのピースに名前が書かれている本人だけ。だから、たとえお前が悪戦苦闘して大氷山を登りきり、空間師長にパズルまで連れて行ってもらえたとしても自分のピースしか元に戻すことができない。それじゃあ、意味がねぇ。」
 啓は頷いた。
 「まぁ、仮にお前だけ元の世界に戻れたとしても、ブラックホールが成長した時にまっさきに餌食になるのはお前だ。わかるな?ましてや、今この瞬間も強くなっていっているブラックホールだ。お前のピースを戻した途端また穴に吸い込まれてドロン、何てこともあり得る。」
 確かに。啓は深く頷いた。
 「今、ピースが原形をとどめていること事態が奇跡なんだ。次は粉々になる可能性が高い。そしたらもう、誰も世界を戻せやしねぇ。はいオシマイ、だ。」
 うんうん、と何度も頷く。ミランダの話も続く。
 「だーかーら、だ。お前の体の中に7人の分身達を取り込む。たとえ分身といえども元を辿ればピース本体だ。自分のピースに触れるに違いない。だけど分身のままじゃあパズルに入れない。パズルが受け付けないんだよな。だからお前の中に取り込んで全員まとめてパズルに連れて行く。分身達はお前の体を借りてピースに触るわけ。」
 なるほど。それは確かに良いアイデアかもしれない。
 「とにかくお前は大氷山へ行け。そこで空間師長に会ってパズルに連れて行ってもらう。そんで、自分のピースを動かして世界を飛び回って、あちこちに散らばった分身を探せ。」
 言われていることの意味はわかる。要するに自分は大氷山へ向かえば良いんだろう。しかし……。
 「幾ら本人を連れて行けても肝心のピ―スは粉々なんでしょう?隙間を埋めることなんかできないんじゃない?」
 ミランダは微笑んで首を振った。
 「それは心配ない。パズルに入って自分の名前を唱えればピースが手元まで飛んでくる。たぶん粉々になっていても飛んでくるだろう。自動的に形を為すはずだ。」
 「便利なのね。」
 しみじみと啓は呟いた。
 あのだだっ広く、薄暗いパズルの中でピースを探せといわれても難しいだろう。探しているうちに寿命を迎えるに違いない、と先程見た映像を思い浮かべ啓は危惧したのだが、とりあえずその心配は無いようだ。
 ――正直、理解できてない所の方が多いんだけど。大氷山に着けば空間師長とかいう人が教えてくれるだろう。
 「大氷山までの道のりは険しい。残念ながら俺は裏切り者を追いかけなきゃいけねぇからついて行けない。お前は一人でやっていくことになる。その途中で死んじまうかもしれねぇ。それでもやってくれるか?」
 頭上からミランダの不安そうな問いかけが降って来る。

 怖いに決まっている。このままブラックホールに飲み込まれて消滅する方が楽かもしれない。この変な世界も慣れてしまえば楽しいかもしれない。
 それでも、助かる手立てがあるのに放っておくなんてこと、私の性格上できない。
 元の世界に会いたい人もたくさん居る。皆心配してくれているだろう。地震で怪我した人は居なかっただろうか。皆、無事なのか。
 それに、やりたいこともまだまだたくさんある。消滅すると知っていて、いつ来るかも分からない物に脅かされながら生きるなんてまっぴら御免だ。それこそノイローゼになって死んでしまいそうだ。

 「やるやらないの問題じゃなくて、やるしかないじゃない。放っておいたらどの道私は消滅しちゃうんでしょ?だったらやれるだけやってやるわよ。」
 啓はそう言ってミランダを見上げるとニッと笑った。
 「私は元の世界に帰りたいわ。帰って寿命をまっとうするの。なにか悟ったようなお婆さんになって、息子や孫に囲まれて逝くのよ。それが夢なの。」
 決まりだな、と言ってミランダはにんまりと笑った。
 「そこに立て。今からお前に力を与えるから。」
 私は杖で示された場所に立つ。ミランダはその周りに二重の円を描いた。そして円を縁取るように何か訳のわからない記号を書き込んでいく。
 「俺だって本当は、お前について行きたいんだ。」
 俯いて記号を描きながらミランダが呟く。
 「俺があの時ヴェノスに勝っていればこんなことにはならなかった。」
 「でも、あれはミランダのせいじゃない。わざとやった訳じゃないんだから。」
 私の返事にミランダは肩をすくめた。
 「俺は何も手伝ってやれない。原因を作っておきながら事態の収拾は他人任せだ。空間に異常が無いように守るのが空間師の役目なのにこれじゃ逆だ。」
 啓はかける言葉が無くて黙ってただ首を振った。
 「しんどいことも辛いことも全部お前が背負うことになっちまった。」
 淡々と話しているがその表情はとても辛そうだった。
 ―――なんて、声をかければ良いんだろうか。
 啓は必至に考えるが語彙に乏しい彼女の頭は何も思いつかなかった。
 「ごめんな。」
 ミランダはそう言って顔を上げる。そんな彼を見て啓は何故だか無性に泣きたくなった。
 杖が円陣の中に叩きつけられる。
 まばゆい光が啓を包んだ。

   「・・・熱っ」

 体の中が熱い。何かが流れ込んでくるようだ。
 啓は目を瞑り、拳を握り締めて叫び出しそうになるのを堪えた。

 『目ぇ、開けんかい、コラ。』

 ―――今、何か聞こえただろうか。



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